第9話 本間間 3
建山がマルボロメンソールに火をつけて礒志田の横に並んで愛車に寄りかかった。ふぅっと煙を空に向けて吐き出すとゆっくりと話し出した。
『ぱっと見は違和感がないのですが、中と外を見ると、私のような建築に携わる人間には違和感を感じるんですよ、その構造に。』
『その隠し部屋に電気を使う何かがある…と言う事でしょうか』
礒志田が恐る恐る、そして冗談であってくれと言う面持ちで建山の顔を覗き込む。
『そもそもまだ住む予定がないのにブレイカーを落していないのもおかしな話なのですが…』
『いや、それなんですけどね、思い起こすと止めるように話したはずなんですよね~当分住めないのは契約の時点でわかっていたので。』
『当然ハウスクリーニングは入ってますよね?』
『ええ、間違いないです、ハウスクリーニングの会社から清掃終了の書類をいただいていますので。』
『ではもう一度内部の確認をしましょう、ハウスクリーニングスタッフがブレイカーを落し忘れた可能性もありますし。』
『そうですね…あの…なんか気味が悪いですね建山さん』
『ええ、私も薄気味悪いです。』
携帯灰皿に吸い殻を入れると、パチンとその蓋の音を立てて、あたかもその音を出発の合図にしたかのように、建山は歩き出した。後をついて礒志田も玄関へと入り込む。隠し部屋があるかもしれないと言う思いもよらぬ建山の言葉により、その恐怖感が何倍にも膨れ上がった2人は、互いの呼吸音が聞こえる程息が荒くなっていた。時間も経過し、家の中が薄暗くなってきたので、建山がポケットからペンライトを出してブレイカーを照らす。
『オフですね』『ええ、オフですね』
2人は数秒沈黙した。
『外の電気メーターは動いてましたよね』
建山の問いに少し黙って考えた礒志田は、記憶が一致したタイミングで『確かに動いてました』と答えた。
『だとすれば・・・考えられるのはブレイカーがもう一つあって単独で何かに使われていると言う事になりますね。』
『なんのでするか!』
『活舌活舌!落ち着いて』と言いながら4畳ほどの納戸の扉を開け、壁をコツコツとノックし始めた。
コツコツ
コツコツ
トントン
『ここか・・・』音に変化のあった壁に耳を当てて、何度もノックする建山。トントン…トントン…トントン…半歩後ろに下がってその壁を隅々まで見回す。左上の隅を見上げては数秒考え、壁のつなぎ目を指でなぞってはそのまま止まって数秒首を傾げて考える。その様子を右斜め後ろで両手の拳を握りしめながら奥歯を噛みしめて見つめる礒志田。
おもむろに建山がスマホを取り出し、電話を始めた。
『あ、栞奈(かんな)姉さん?親父いる?』
『あぁ斗偉志(といし)、親父ってあれだろ?味噌や醤油などで味付けして煮込んだご飯料理のことで、煮込む音の「じや」や「じやじや」と時間をかけて煮込んだことからそう呼ばれるようになったやつだろ?』
『それオジヤだろ、いいから親父出してくれよ』
「おーーいおやじぃ!コイシから電話!」
「あぁ?俺は石ころに知り合いなんかいねぇぞ!小石って誰だコノヤロウ!」
『もしもし?あんた誰?』
『親父、俺だよ』
『なんだ、斗偉志(といし)じゃねぇか!どうした!』
この家族はなんで一度で聴き取らず、聞こえてるくせにボケるんだ…と少々イラつきながらも、娘たちのボケを全て本気に捉える親父にはそれ以上にイラついていた。
『あのさぁ親父』
ひと言文句を言いかけたが建山は呑み込んだ、それどころではないからだ。電話の向こうで父親が「なんだ?どうした?」と言っているのが聞こえたが、しばし目を閉じ落ち着いてから本題に入ることにした。
『あのさぁ親父、〇〇町の喫茶ひろみの隣の空き地の…』
『あぁ、あそこはウチの仕事だ』
『やっぱり』
『あそこは三浦邸だったかな、仲のイイ夫婦だったけれど、そんなに住む事なく売りに出したんじゃなかったかな?』
『半年前くらいかい?売りに出したの』
『あー売りに出すからって玄関だけちょっと補修工事したのが…いち、に、さん…そうだな、そんくらい前だな』
『不動産はどこだっけ?』
『この街でウチと付き合いがあるのは工藤不動産だけだわ』
『わかった、ありがとう、あ、そうだ、親父、その家に隠し部屋造ったり、元からある部屋を壁で埋める仕事なんかしたかい?』
『あれだ、壁を埋めたりはしてないけど変な造りではあったな』
『変?』
『納戸が縦長過ぎるんだよ、わかりやすく言うと4畳の部屋と本間間をくっつけたような指示だったよ、変だろ?』
『本間間…か…191cmの95.5cm程度の寸法だよな』
『さすが設計士だな、で?それがどうかしたか?』
『いや、ありがとう助かったよ。』
『おう』
スマホをポケットにしまうと、建山は礒志田の方に顔を向け、ペンライトを顔に当てた。
『なんなんですか建山さん、なにかわかったんですか?』
顔にライトを当てられたまま、八の字にした眉毛で建山を悲し気に見つめる。しかし建山は何も言わずじっと礒志田を見つめたままペンライトを当て続ける。
『ねぇ!建山さん!なんです?なんなんです?建山シゃんっ!』
『ははははは、冗談ですよ、続きは明日にしましょう』
『明日ですか』
『もう不動産屋さんが閉店の時間ですからね』
『次は不動産屋さんですか、大事になって来ましたね』
『礒志田さん、徹底的に調べるとなると…壁を壊すことになりますが、やりますか?てゆーのは、この家を建てたのは私の父親なんですよ、聞いた話だと納戸の向こう側に1つ部屋があるそうなんですよ、ここからは私の仮説ですが、この壁の向こうに電気を使用して動いている何かがあるんです。』
『気持ち悪い事言わないで下さいよ建山さん、壁の向こうに?何かが?いやだなぁ~いやだなぁ~でも開けなきゃ怖いしなぁ~開けなきゃもっと怖いしなぁ~とんでもない家買っちゃったなぁ~』
『いや、家自体は最高なんですよ、プロ中のプロの職人が造ってますからね。』
『プロの職人って何ですか!プロって職人でしょ?職人がプロでしょ?』
『うるせぇな!細かい事つっこむんじゃねぇよ』
『ちょっと建山さんっ!!!』
『あ、すみませんついイライラしちゃって』
『イライラって言わないで下さいよ、折角買った家がなんだかヤヴァいことになってるかもしれないんだから正気で居られないじゃないですか、もう何がなんだか頭がごっちゃごちゃなんですから』
頭を掻きむしりながら泣きそうな顔をしている礒志田を見て建山は少し可哀想になった。自分の後ろ頭をパンと右手の平で叩くと、口元に笑みを浮かべた。
『すみませんでした礒志田さん、これ以上動くのは明日からにしましょう、御馳走しますので美味い珈琲飲みに行きましょうよ。』
『隣の喫茶なんとかですか?』
『いえ、本当に美味しい珈琲は簡単に人には教えないものですよ。』
午後18時、2人はフィアット NUOVA(ヌォーヴァ)500に乗り込むと、心地よい排気音を堪能しながら建山おすすめの珈琲店に向かった。
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