第8話 本間間 2
バルルルルン…
建山の愛車、フィアット NUOVA(ヌォーヴァ)500が一瞬全身を震わせると、心地よく下っ腹に響く低音の排気音がマフラーから吐き出される。
『建山さん、まだこのフィアット乗ってたんですね、いい音ですね』
『ええ、愛着ってヤツですかね、大事にしてますから』
『車好きでしたっけ?』
『全然』
『…』
喫茶『ひろみ』の向かって右隣へ移動する2人。隣と言っても売地である空き地を挟んでの隣、空き地の少し外れに路上駐車をして礒志田の購入した家に向かう。最初に降りた礒志田が自宅の玄関に向かおうとしたところに、早歩きで追いついた建山が声をかける。
『礒志田さん、まず電気メーターが動いているが確認しましょう』
『あ、そうですね』
そう言うと2人は建物の横へと歩を進めるが、半年も足を踏み入れていないので、雑草が気分が良い程に伸びていた。その多くは「ヨモギ」で、避けて通る事が出来ない程に密集している。
『参りましたね建山さん、お餅屋さんが喜びそうですわ』
『私はそんなにヨモギ餅は食べませんけどね、えっと、ちょっとまってくださいね』
建山がそう言うと車に戻り、直径2cmほどで長さ1mくらいの棒を2本持ってきた。その1本を礒志田に手渡すと『素手よりましでしょう』と言いながらヨモギを横振りでなぎ倒し始めた。
『なるほど、いいですね』
『資材の見本ですよ』
礒志田もブンブン棒を振り回し始めた。
ヨモギを叩き、折れたところを足で踏みつけて礒志田が先へ進む道を作る。建山は礒志田の刈り残しをなぎ倒し、更に道を広げていった。
なぎ倒すと独特のヨモギの匂いが熱さと交じり合って咽るほど、より一層強くなった。
『ギャァ!!!!』
『どうしました!大丈夫ですか建山さん!』
『ううううううわわわわ・・くくくくくクモが』
礒志田が建山を見ると、腕に黄色と黒の雷模様の大きな蜘蛛がしがみついているのが見えた。
『電気蜘蛛じゃないですか、動くと電気出すから危ないですよ』
『ええええ!嘘でしょう!?早く取ってくれませんか礒志田さん!私は蜘蛛が苦手なんですよ!』
『いつも冷静な建山さんが蜘蛛で取り乱すなんて、はははは、電気なんか出しませんよ』
礒志田が笑いながら蜘蛛を指で弾き飛ばすと、建山はドッと疲れた様に肩を落としてため息をついて『クソッ』と呟くと舌打ちをした。
『ムカつきのデパートみたいにしないで下さいよ建山さん、あ、見えましたよ電気メーター』
『動いてますか?』
全く歩を進める気が無い建山は、ゆっくり下がりながらそう言った。
『ええ、動いてますね・・・って建山さん一人で帰らないで下さいよ』
『確認できれば用はないんですよ』
『蜘蛛が嫌なだけでしょ!』
『さ、中入りましょうか』
『全く・・・クールにかわすよね~』
2人は車に棒を戻すと玄関に向かい、礒志田が前に立って玄関の鍵を開けた。割と新しいこの家、外壁は白で礒志田の腰の高さ辺りまで下からランダムな大きさの暖色系の色の石が貼り付けられた西洋の香りがする作り、玄関の扉は縦に細く切った木を張り合わせたような扉で、木目をそのまま生かしており、打ち込んだビスがむき出しになった、おとぎ話で良く見る少し厳つい感じのするデザイン。呼び鈴はなく、金属で塗ったライオンが加えた輪を叩きつけるようなモノが付いている。建山は設計士として気になるようで、玄関に入る前にその輪をトントンと何度か叩いたりしていた。
床板もきっちりとしたフローリングではなく、ちょっと雑さを感じるような厚みのある板をガシガシとつなぎ合わせた床だった。それでいてソックスから感じる床の感覚は暖かくて柔らかさを感じた。艶出しの処理がされていない床板だが、ヤスリはかかっているのでとても温もりを感じる感触に建山は『ふむ』とひとつ頷いた。
『礒志田さん、事務所みたいなちゃんとした部屋は構えるんですか?』
『いえいえ、居間兼事務所ですわ』
『探偵業ってそんな感じなんです?』
『ぶっちゃけ依頼者と話すのは喫茶店でもいいんですけどね、まぁ浮気調査とかになれば依頼者が周りの目を気にしてしまいますしね、ここに看板掲げても出入りするところを見られるのも気まずいでしょうからね、要は椅子とテーブルあればいいんですにょ。』
『大事なところで噛みますね、言われてみればそうか、そうだよなぁ』と言いながらも建山は上を見たり右を見たりと建築物への興味が先行して質問したくせに上の空なのが見て取れる。
『これまでに面白い依頼とかありました?』
『ありますけど建山さんさぁ、聞く気ないでしょ?』
『いやぁあるある、あるよ、あるって』
『ないでしょうよ、タメグチになってるじゃないですか』
『えぇ?そんなことねーから』
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2人は家の中をくまなく回ったが、何も見つけることが出来ず、外を回ってみることにした。
『ふぅ~・・・』
煙草を吸う建山に汗だくになった礒志田が近づいてきた。その礒志田に向かって下からすくい上げるように缶珈琲を投げ渡した建山。
パシッ
『サンキューでーす』
建山が蜘蛛嫌いなので、家の周りの伸び伸びの雑草をなぎ倒していた礒志田は建山の隣に並び、NUOVAに寄りかかって建山の差し出した煙草を1本貰い、火をつけてもらうとフーっと一息つき、冷たい珈琲をグビッと音を立てて飲んだ。マルボロメンソールと冷たい珈琲がクールダウンを強めてとても心地よかった。
『ふぅ!雑草の生命力って凄いですね・・・』
『放置してた事を正当化しようとしないでくださいよ』
『いやいや、仕事で来れなかったんですから仕方がないでしょうよ』
『ははは、まぁ休んでて下さい、私が周囲を見て回りますから』
『ええ、すみませんね、私は少し休憩取ります、でも久しぶりに汗かいたんで気持ちいいですよ、ははは。』
見た目は乱雑ではあるが、格段に歩きやすくなった家の周りを舐めるように見つめながら歩く建山。一歩進んでは上から下へ、下から上へ、首を傾げたり、2歩下がっては家を眺める。家の丁度真裏、そこには畳一畳ちょっとの小さな物置があり、予備電気と書かれていた、厳重に鍵で閉じられており、建山は何度かトントンとその小屋も叩いてみた。その様子を見つめる礒志田は、建山が本当に建物が好きなんだなぁと心の中で呟いた。
30分も見て歩いたころ、ふと立ち止まって礒志田に目線を飛ばした建山。それに気づいた礒志田と目が合う。
『礒志田さん、わかりましたよ』
『え?なんて?』
戻ってきた建山がもう一度言った。
『わかったんですよ』
『何がわかったんです?』
『はぁ~・・・チッ・・・』
『建山さん、ムカつき方がわかりやすいですね』
『勘の鈍い探偵さんですね・・・』
そう言うと、ズボンの汚れを叩きながら建山が顔をあげる。
『隠し部屋があります』
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