第16話

 そもそも僕には母のごめんの意味が理解できていない。どう生まれたところで僕が僕(雄吉だとしても)であることには変わりないのになぜ母は医師が出した数値にそんなにも悲嘆するのだろう。それが僕の娑婆に出た時の何を意味するのだろう。医師の云った可能性が僕のこれからの生活にどう影響するのだろう。自分の未来のことだから関心がないわけでもないが、所詮そんなのは仮の入れ物のことだと僕は思っている。僕にはまだ胎児故の前後を遠望できる力の片鱗が残っているから、授けられた生命には見えざる神の意図があることを理解している。だから僕の娑婆での命には果たさなければならない定めがある。父と叔母が母を裏切ったことにも、母が僕を堕としかけたことにも、僕が人間によって蘇生されたことにも、そして堕胎が許されないいまとなっても、僕の漂流にはそうあらねばならなかった理由がしっかりとある。どんな風に生まれたって、生まれて間もなく命を絶つんだとしても、全部意味がある。だから僕には母の悲嘆がわからぬとは云わぬが、その意を全て理解してあげることはできない。それもさることながら、母がどうしてこうまで人間の幸福から突き離されていくのかもわからなかった。この優しい母が今生では何故にこれほど見放されるのか。母には娑婆での試練がまだ足りないのか。僕は母の輪廻のどこに神が穴ぼこを仕掛けているのかわからなかった。また一方僕も前世での自決では苦行が足りなかったのかと此度(こたび)の命に待たされている試練を思う時、流転の思い通りにならぬ不確かさに違う思いを馳せた。またもミヤマクワガタへの未練が頭を出していた。結局のところ、遠望できても胎児にもわからないことだらけなのだった。

 気がかりなのは、このままではまた母の身体が僕を堕(おろ)そうとするのではないかということ、堕(おろ)さなくても栄養が行き届かず僕は死産に至るか、或いは生まれても早世するかもしれないということ。しかしそれは僕の生きようとする原始的な倫理が許さない。不確かなことはあれど僕は生まれて魂を継がれなければならないから。母にも僕を無事に産む義務がある。すると僕には自然母を鼓舞する使命が附帯する。母を助けたい、畢竟(ひっきょう)僕も助かりたい。僕は脚を蹴った。腕を伸ばした。狭いところで精一杯伸びをした。胎動にはもう慣れているはずの母は、

「雄(ゆう)ちゃん、怒らないでよ」

 励ましのつもりの僕のダンスを正反対の意味に取っていた。

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