第14話

 胎児期もそろそろ後半に差し掛かろうとしている。母に生気が戻った。彼女の胎内にいる僕にも美味しい栄養が絶えずゆるゆると流れていた。双六(すごろく)で云えばどのあたりまで引き戻されたのだろう。しかし確かに母と僕は小休止の後、再び生きる道程に戻されていた。

 戻された位置がもっと初期だったならば、母も僕も素直に受け入れたかもしれないが、どうやら降ろされた場所はそれほど遡ってはいなかったようだ。現れた父への不快感がそれを物語っている。


 突然母の実家を訪れた父に接した祖父は意もなく目を剥(む)いたが、直ちに渋面に変わりそして鬼面となり面会を断った。父は懸命に母への取り次ぎを強請(ねだ)ったが祖父は鬼面を崩さなかった。父が持ってきた包みに手も触れず祖父は骨張った背を向けた。代わって祖母が、「うちの子にも責任あるけどあなたわからなかったの?」と批難で膨らみきった双眼を言葉に添えた。父は玄関先で額と肩と消沈の影を落としたまま押し黙った。祖父が放った捨て台詞(せりふ)、「そんな馬鹿者に構うな、うちの敷居跨(また)がせるな」は法律上まだ義子である父を縁者から振り払うものだった。祖父母の小さな背を追って父は最後に、

「ふたりに会わせてください」と力なく泣訴(きゅうそ)したが、その意も虚しく扉は義父母と義子を分け断っていた。

 祖父母の要塞に立てこもり漏れ聞こえる夫の声に接していた母はあの時の呪わしい感情は持てなかった。しかし夫を許せる開いた感情にもならなかった。不快感はあったけれども祖父母と同じ寄せ付けない拒絶ではなかった。逢って糾弾し尽くしたいというわけでもなかった。どこかに自分たち家族が立ち戻る場所があるのか、ないのか、そのことを探っていた。母の迷う感情を引き出していたのは僕かもしれない。せっかく生まれ往くのだから母も父も揃っていて欲しいと願う胎児、静生(しずお)の切なる希望を汲んでくれているのかもしれなかった。

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