第4話 顧問

 解呪の儀式の翌日、米田と宮城がお礼のために再び園芸部を訪ねてきた。米田は後悔を顔に滲ませながら、ボブヘアを下げた。

 

「本当にありがとうございました。もう呪いなんて、絶対しません」

「僕からもお礼を言わせてください。志衣ちゃんを助けてくださって、ありがとうございました」


 米田の肩を抱く宮城は、以前よりも堂々とした姿勢だった。


「良いってことよ! あ、そういえば……あの後聞けなかったけどさ、指輪は何処で貰ったの? 相手はどんな人だった?」

「それが、覚えてなくて。性別も歳の頃も、記憶にもやがかかっているみたいで」

「うーん、そっかぁ。思い出したら教えてね。 とにかくこれからは、清く正しく生きていくんだよ!」


 魔女が「清く正しく」と諭すのも変な話に見えるが、米田は憑き物がすっかり落ちたような顔だった。

 

 メアはポンと手を叩く。何か思いついたらしい。(ろくでもないことじゃないといいけど)と律月は思った。


「そうだ! もし感謝してるならさ、この書類にサインしてくれない?」

「入部届……?」

「そう。園芸部、実は廃部の危機なんだよね。うちの高校兼部可だし、名前だけ良いから貸してくれない? たまに遊び来てくれたらお茶とか出すし!」


 メアはひらひらと入部届の紙を見せつけ、米田の手に押し付けた。そして悪びれもせずに「あ、ハンコなかったら、その欄に苗字に丸つけて書いてくれれば良いから」などとのたまう。正式書類がそんな扱いで良いのだろうか。

 

 有無を言わせず米田にボールペンを握らせ、その辺の机を指差して書かせる。


 その間二人は宮城を部室の外に引っ張っていき、結局どうなったのか小声で尋問した。あの後告白し、返事は保留にされているが、今は自分を好きになってもらえるように頑張っている最中なのだと。

 

 米田と宮城の雰囲気は側から見ても良さそうだった。収まるところに収まるのも時間の問題ではないか、というのがメアと律月の見解だった。

 宮城にも入部届を(無理矢理)書かせ、彼ら二人を見送る。


「そういえば、入部届は書いてもらいましたけど、顧問とか居なくて大丈夫なんですか」

「え? 顧問、いるよ?」


 メアが榛色の瞳をぱちくりとさせる。言ってなかったっけ、と頰を掻いた。聞いていない。


「一度も顔見てないですけど。誰ですか?」

「一年生に言っても分かるかなぁ、今井先生って人」

「……今井先生・・・・?」


 律月の声色が変わる。不思議に思ったメアが問おうとした瞬間、ノックも無しに部室の扉が開いた。煙草の臭いが漂う。


「おう、呼んだか?」


 元気の良い声と共に、二十代半ばと思われる男が部室に入ってきた。短い髪に太くて直線的な眉、焦茶色の瞳。精悍な顔つきをしている。あまりにタイミングの良すぎる登場に、メアが声を上げた。

 

「今井先生! 聞き耳立ててたの?」

「立ててないって! 来栖がたまたま俺の話をしてたんだろ」

 

 彼はドアの正面に立っていたメアにそう返したあと、横の律月に視線を移す。今井と呼ばれたその男は律月と目が合うと、口の端を面白そうに歪めた。律月は呟く。

 

「知らなかった。こんな変な部の顧問してるなんてね。――すばる

「えっ、知り合い?」

「来栖。律月はなぁ、俺の弟なんだよ」

「なっ、エッ?!」


 目を丸くしたメアは、律月と今井昴いまい すばるを見比べるように、顔を何度も左右させた。

 

「まさかお前が園芸部に入るなんてな」

「まだ入るって決めたわけじゃないけど」

「ここまで来て入らないとかある!?」


 律月がつんと言い放つと、メアの絶叫が部室に響きわたった。かと思うと次の瞬間には、律月の右手にはボールペンが握らされていた。早技である。


「メア先輩」

「良いから! 今ここで! 書いて!」

「分かりましたから……」


 昴がこちらを見てニヤついているのは気に食わなかったが、この高校は兼部自由である。入ったところで減るものもない。

 律月からも記入済みの入部届を受け取り、正式に(書類上は)部員を集めることができたメアは、晴々とした表情を浮かべた。


「いやぁ〜、まさか二人が兄弟だなんてね」

「血は繋がってないですけどね」


 メアが固まった。

 もしや、複雑な家庭環境なのか。触れてはいけないところに触れてしまったのだろうか。メアのこめかみからは、滝のように汗が吹き出し始める。


「おい律月、あんま来栖を揶揄ってやるなよ。俺ら仲良し兄弟だろ?」

「さぁね。そんなことより、何しに来たの?」

「部員が集まったか確認しに来たんだよ」


 だらだらと汗を流していたメアが昴を見上げると、彼はくしゃりと笑った。軽快なやり取りを見てほっと胸を撫で下ろすと、彼女は遠慮なく尋ねる。

  

「血の繋がってない兄弟ってどういうことですか? 苗字も違うし……兄弟の盃を交わした仲とか?」


 自称魔界出身とは思えない質問だった。兄弟の盃。どうしてそんなワードを知っているのだろう。任侠映画が好きなのだろうか。

 

「あー、コイツがガキの頃、俺の母さんとコイツの父さんが再婚してな。連れ子同士って訳だ」

「へぇ、苗字が違うのは?」

「養子縁組してないからな」


 メアは「人間界の法律って難しい」と呟いたが、昴も律月も突っ込まなかった。メアの方は気にした様子もないが、魔界にも法律があるんだろうか。


「で、来栖。部員は三人集まったか?」

「ふっふっふ〜、舐めてもらっちゃ困りますよ先生。余裕でしたって!」

「無理矢理名前書かせといて、よくそんなに調子乗れますね」


 メアがドヤ顔で突き出す三枚の入部届のうち、一枚は今ほんの数分前に律月が書いたものだ。呆れたように肩をすくめたが、そんな二人のやりとりに昴が頬を緩めていたことには気づかなかった。


「何にせよ集まったなら良かった。俺は仕事に戻るわ」


 そうして今井は去っていった。残された煙草の臭いに、律月が顔を顰める。


「あのヤニカス……」

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