第3話 解呪の儀式

「で、どうします?」


 宮城が帰ってすぐ、メアに問いを投げかける。


「うーん、律月くんはどう思う?」

「あの二人でくっつけば丸いんじゃないですか」


 律月はこれ以上ないほど適当に答えた。

 二人は幼馴染だという。完全なる宮城の片想いで止まっており、米田が他の先輩に恋をして恨みを募らせている時点で、あまり望みがある話とは思えなかった。


「アリじゃん?」


 完全に適当だったというのに、メアは手をポンと打った。律月は自分の発言が採用されてしまったことにギョッとする。


「本気で言ってます? 無理でしょ、あの感じ」

「いやね、何も二人を強引にくっつけようってことじゃないよ。要は米田ちゃんに『呪いなんて馬鹿なことはやめよう』って、思わせることが重要なの」


 律月は首を傾げたままだ。


「って言うか、さっき言おうとしたことだけど――米田ちゃん、すでに呪われてるよ」

「どういうことですか」


 メアの顔が翳る。伏せられた目には、憐憫と少しの怒りが映っていた。彼女のイメージに似つかわしくないものだった。


「多分彼女、私たちの元へ来る前に、自分で呪いを試したんじゃないかな。多分、彼女がつけてた指輪か何かを媒介にして」


 メアは大きなため息をつく。憂いを帯びた表情は、廊下ですっころんでいた時とは別人のようだった。


「解呪自体は難しくないの。でも問題は彼女の憎悪。それを断ち切らなければ、同じことの繰り返しになるだけ」

「よく分かりませんけど、解呪とやらのあと、米田にもう馬鹿なことをさせないために宮城を使おうって話ですか」

「その通り!」


 メアはおもむろに実験器具のようなものを準備しだす。携帯用カセットコンロに、ビーカー、試験管、フラスコ、ピペットなど。高校の備品ではないのか。律月の知ったことではないが、勝手に使って良いのだろうか。


「化学の実験でもするんですか」

「違うって! 彼女を救うんだよ――――魔女の力でね!」


 メアはそう言ってウィンクをした。ほぼ両目をつぶっているような、控えめに言っても下手くそなウィンク。その下手さ加減は感動的なほどだった。

 しかし律月はどこか、この先輩の動向にワクワクしている自分もいることに気づき始めていた。

 

「さぁ、彼女の呪いを解こうか」



 *


 

「それで、呪いを手伝ってくれるんですか?」


 部室に入って開口一番、米田志衣は聞いた。メアは首を横に振る。


「出来るとかの話じゃなく、しない。ハッキリ言って、呪いは人間の手には負えないよ!」


 まるで、自分は人間ではないかのような言い方だった。

 

「米田ちゃん」


 メアの低い声には、怒りが滲んでいた。察した米田も肩を振るわせる。


「その。この前もつけてたけど……どこで買ったの?」

「これは……貰ったもので」

「誰に?」

「み、道で……占い師みたいな人に」

「米田ちゃん」


 メアは再び彼女の名前を呼んだ。


「私のところに来る前に、呪いを試してるよね? 多分その指輪で」


 米田は見るからに動揺していた。その顔は真っ青だった。

 当たり。やはり米田は既に呪いをかけようとして、上手くいかずにメアのところに来たのだ。


「その指輪、質が悪かったみたいだね。今呪いは米田ちゃんに掛かってるんだ」

「志衣ちゃん、どういうこと!?」


 横の宮城も狼狽えた。

 呪いに手を出すのを止めようとしていたのに、当の彼女はすでに呪いを試していただけでなく、呪いが返ってきていたというのだから当然だろう。


「米田ちゃん、どうやったの?」

「……呪いたい人を想像しながら、自分の血を指輪に垂らして嵌めるだけだって言われて。でも、そうしたら指輪が外れなくなって……」


 米田は震えながら頷いた。目には涙が浮かんでいた。


「怖かったでしょう。でもそれ、典型的な詐欺。カモにされただけで、その指輪に別の人を呪う効果なんて無いと思うよ。このままだと米田ちゃんは、生気を全部吸われ、終いには魂まで取られてしまうかも」


 張り詰めたような空気が流れる中、メアはにっこり笑って言った。


「でも心配しないで。今から解呪の儀式をするからね!」


 じゃじゃーん!とメアは纏っていた黒い魔女のローブを脱ぎ捨てる。中に着ていたのは、黒を基調としたドレス。魔法少女アニメの敵キャラにでも出てきそうな出立ちだった。

 律月は(露出狂みたいな脱ぎ方で嫌だな)と思ったが、空気を読んで黙っていることにした。

 

「今から私が、米田ちゃんについている呪いを、魔女パワーで祓っちゃいます!」


 深刻な雰囲気に不釣り合いなほど明るく言い放ったメアは、黒い杖を取り出す。およそ三十センチほどの杖の頭には妖しく輝く赤い石が嵌め込まれていた。そして頭に、部室の隅にあったとんがり帽子を被った。


 律月は始めて彼女のことを魔女っぽいと思った。そしてメアは米田を手招きし、部室の中心に座らせる。


「これ飲んでね!」


 メアはビーカーを差し出す。中には、おどろおどろしい色をした液体。携帯用コンロを使って、薬草やら何やらを入れて先日メアが作ったものだった。


 

 ちなみに、多分衣装にも杖にもパフォーマンス以上の意味はない。

 この儀式のリハーサルを律月と二人で行った際、メアが着てきたのは巫女服であった。ホビーショップで三千円位で売っていそうな安っぽい巫女服。ご丁寧に、神主がお祓いの際に用いる大幣のようなものまで持参してきていたのだ。

 

『ねぇ、メア先輩。巫女コスプレってどういうこと? 魔女としてのプライドとかないんですか?』

『いいの! 米田ちゃんみたいな子はね、毎年三が日のうちに初詣に行くし、受験の前に合格祈願の絵馬を書くタイプだから!』

 

 自称魔界出身のくせに、人間界の慣例にやたら造詣が深い。


 メアは力説し階段の踊り場まで行ったかと思うと、壁にかけられた全身鏡の前でくるりと一回転し、ポーズを取り始める。

 ああでもない、こうでもないと言う彼女を見て(多分これ、巫女服を着てみたかっただけだな)と律月は理解した。


 とはいえ和洋折衷も甚だしい格好では、米田がどんなに信心深かろうが説得力に欠けるだろう。律月の冷静な制止、そしてメアも一回着て満足したことで、最終的には魔法少女風衣装になったのだった。


 深呼吸したメアは口を開く。そして、明らかに日本語ではない――――もっと言えば、地球上の言葉かも定かではない言葉で、何かを唱え始めた。メア以外の三人には、彼女何を言ってるか全く聞き取れない。


『偉大なる魔女、メア・ディ・クルスの名のもと、命令を下す――』


 唯一聞き取れたその名は、彼女曰く魔界での本名らしい。

 詠唱に合わせて空気が振動を始める。耳鳴りに顔を歪ませ、三人は耳を塞いだ。部屋の中は闇に呑まれる。

 

――バチッ。

 

 詠唱が響く中、弾けるような大きな音がしたかと思うと、メアのいるところだけがぼんやりと明るく光った。


 律月と宮城は耳を押さえているだけだったが、米田だけは違う。目を大きく見開いて、震えながら苦悶の表情を浮かべていた。先ほど飲んだ液体を吐き出そうとするかのようにえずき始める。

 メアは米田のもとまで歩き、額に杖を突きつけた。


『悪魔よ――――消え失せなさい』


 メアが一際強く唱えると、米田の身体は糸が切れたように倒れ、駆けつけた宮城がすんでで受け止めた。


「お……終わったんですか?」


 気づけば、部室の電気が付いていた。米田から指輪を抜き取ったメアに、宮城が尋ねた。

 

「ん、解呪はね。だけど、まだ大事なことが残ってるよ」

「大事なこと……?」

「彼女の憎悪が止まない限り、呪いの芽は摘まれない。また同じことをすれば、今度こそ完全に魂を取られるよ。だからキミが、彼女とこの安寧を結びつける鎖になるんだ」


 メアは真剣な目で語りかける。


「でも……そんなの、どうすれば」


 それまで黙っていた律月が口を挟んだ。

 

「簡単な話でしょ。あんたがこの子をどれだけ好きで心配してるのか、伝えればいい。気にかけてくれる人がいれば、それを裏切ることはしないと思うし」


 宮城は拳を握りしめる。何かを決意したような表情だった。


「本当に、ありがとうございました。とりあえず彼女を保健室へ連れて行って、起きたら……僕の気持ち、伝えようと思います」


 礼を述べた宮城は、痩せた見た目からは意外なほどしっかりと米田を抱え、部室を出て行った。


「丸く収まりそうじゃないですか?」

「いやー、良かった良かった!」


 メアが右手を腰に当て、左手で額を拭う仕草をする。ひと仕事終えたぜ、とでも言いたげだった。

 

 正直今までは魔女だの何だのを疑っていたが、さしもの律月もこれでは信じざるを得ない。

 メアは――本物の魔女だ。あれは明らかに人間業ではなかった。

 

「メア先輩、さっきの呪文みたいなやつは何?」

「あぁ、これだよ」

 

 メアは分厚そうな一冊の本を見せる。受け取った律月は中をパラパラと捲るが、そこに書かれていたのは見たこともない文字。何と書いてあるのかサッパリだった。


「何語ですか?」

「何語というか……魔界のルーン文字? これで呪文を唱えて魔法を使うんだよ」


 彼女は不敵に笑う。

 

「こんな呪いの魔道具じゃ、最強魔女のメア様には勝てないんだなぁ!」

「魔道具って、さっきの指輪のことですか?」

「そう。魔道具自体に魔力が注がれていれば、例え魔力が無い人間でも使えちゃうの」


 メアはあの指輪を蛍光灯に透かすように上にあげたり、くるりと回したりしながらじっくりと観察し始める。


「そんな適当に持って、また呪われたりしません?」

「大丈夫。もう悪魔の力は完全に吹っ飛ばしたし。何より私の方が力が強い時点で、私の意思なしで起動することはあり得ないからね」


 堂々とした口ぶりだ。

 彼女はもしかしたら魔女の中でも力が強い方なのかもしれない。指輪を見ながら首を傾げ、ぶつぶつと呟く彼女を眺めながら、律月は思った。

 

(――高校生活、思っていたほど悪くないかも)

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