第2話 物騒な依頼
二人してドアに目を向けると、ゆっくりと引き戸から黒いボブヘアの少女が現れた。胸元に見える制服のリボンは青。律月と同じ一年生だ。
この高校は学年ごとに制服のリボンとネクタイの色が違い、ひと目で識別できるようになっている。今は三年が緑、二年が赤、一年が青だった。
「あの、魔女がいるって聞いて来たんですけど……ここで、合ってますか?」
まさか、本当に魔女に依頼しに来る変人がいるというのか。
律月の顔には(入る高校、間違えたかな)とはっきり書いてあったが、メアはその声を聞くやいなや瞳を輝かせ、勢い良く手を挙げた。
「ハイっ、私が魔女です! 二年の来栖メア、メア先輩って気軽に呼んでね!」
メアはいつの間にかとんがり帽子を被っていた。魔女のパブリックイメージに則している。そういえば部室の隅にそんなものが置いてあった気もした。
メアが溢れんばかりの笑顔で自己紹介を終えると、横にいる律月に『キミも自己紹介しろ』と無言の圧をかけ始める。
(居合わせただけで、部員でもないのに)と思ったが、メアの視線がうるさかったため口を開いた。
「一年の雨宮律月。あんたは?」
「
米田志衣と名乗った少女は、切れ長の目を訝しげに細め、外に跳ねたボブスタイルの黒髪の先端を指先で弄った。モード系というやつだろうか。
彼女は「久しぶりの依頼人!」とピョンピョン跳ねて喜ぶ謎の魔女(上級生)に、困惑している様子であった。
「ねぇ先輩、『この人に頼って大丈夫かな』って思われてますよ。戻って来てください」
メアが振り返って律月を睨むが、構わず律月は尋ねる。
「それで用件は? 依頼?」
米田は頷き、涼しげな瞳にかすかな不安をのせて言った。
「呪いたい相手が、いるんです」
「えぇ」
「いきなり物騒ですね」
初っ端から穏やかでない依頼に、二人は思わず顔を見合わせる。コホンッと小さな咳払いをし、気を取り直したメアは口を開く。
「えっと……まずはお話を聞いてもいいかな?」
流れとは言え、なぜ自分も魔女への相談の場にいるのだろう。そう思った律月だったが、(まぁ暇だったし良いか)と頭の後ろで両腕を組んだ。
米田は中指に嵌めている
「友達に、裏切られたんです」
*
――結論から言うと米田の話は、律月からすると大して面白いものではなかった。
恋愛相談していた友人に好きだった先輩を取られたから、その友人を呪ってやりたいのだと。落ち着かなそうな彼女は、しきりに指輪に触れていた。
(指輪って校則違反じゃないの)
そんなどうでもいいことを考えているうちに彼女の話は終わる。メアは米田と連絡先を交換し、一旦帰らせると律月に向き直った。
「律月くん、正直どう思う?」
「よくある泥沼、としか。恋愛でよくあんなに大袈裟になれますね」
興味なさそうな律月だが、メアは違った。先程までのふわふわした雰囲気に似つかぬ厳しい表情で顎に手をあてる。
「呪いってね、本当に危険なんだよ。魔界ではそんなの三歳でも分かってる常識なの」
「へぇ」
魔界。
律月は聞こえてきたファンタジーワードをスルーすることにした。
「下手な素人がやるとむしろ、さらに強力な呪いが返ってくるし」
「ふーん。でもあの感じ、止めたって強行しそうですよ。呪いが返ってきたらどうなるんですか」
「んー、というか、すでに――」
――ガラガラガラッ!
メアの言葉が遮られるほどの大きな音を立てて、引き戸が開いた。そこに立っていたのは、黒縁眼鏡をかけた小柄な巻毛の見知らぬ男子生徒だった。ネクタイは赤。二年生だ。
「あのっ! 呪いって……志衣ちゃんは、大丈夫なんですか!」
「あんた誰、聞き耳立ててたの? まずは名乗ったらどう」
乱入者に取り乱すこともなく、律月は部室の机に肘をつき、脚を組み替える。この場における最年少の割に、誰よりも偉そうな格好である。
メアは(この子も大概変では?)と思った。
「す、すみません! 二年の
宮城と名乗った彼は不遜な下級生に素直に謝罪し、襟を正した。性根の良さが伺える。
「私は魔女の、来栖メア」
先程より少し低い、気取った声。先程、下級生の依頼人にはしゃぎすぎたことを反省しているのか。あるいは、ただ格好つけたいだけかもしれないが。
「魔女のメアさん! 二年の間では有名ですよ。志衣ちゃんが『呪ってやる!』だなんて言っていたから……もしかしてと思ったら、ここから出て来るのを見てしまって」
「ふーん。知り合いとは言え、依頼内容を簡単に明かすとでも? 舐められたもん……いたっ」
「もう、喧嘩売らないの!」
無駄に挑発的な発言をする律月の頭をはたく。先程たまたま出会ったばかりとは思えない気やすさが、二人の中には形成されていた。
メアは宮城に向かって核心に迫る。
「ずばりキミ……米田志衣ちゃんのことが、好きなんだね!」
「なっ、何を! 僕は別に――」
宮城は顔を真っ赤に染め、わたわたと慌てる。びっくりするくらい分かりやすい反応だった。メアはニヤニヤと笑い、律月は肩をすくめる。ずり落ちた黒縁眼鏡をくいっと元に戻した彼は観念したように頷いた。
「そ、その通りです。……どうして分かったんですか?」
「魔女だからね!」
「すごい……!」
宮城は感動したように、キラキラとした視線を向けていた。ドヤ顔で胸を張るメアを、律月はジト目で見つめる。
(誰だって分かるでしょ)と思ったが、結局何も言わないことにした。
「米田ちゃんの依頼内容を明かすことは、守秘義務があるからできないよ。ただ……別件として”宮城くんの依頼”なら、受けられる」
「ほ、本当ですか!?」
「そんな簡単に受けまくって良いんですか?」
「まぁ、大丈夫でしょ!」
メアは暗に「恋愛相談乗るよ」と仄めかした。
「今の彼女は見てられない、呪いだなんて……。どうか、志衣ちゃんを止めてください」
そう言った宮城の眼差しは、魔女ではなく神に救いを求めるかのようだった。
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