たくさんの想い出

渋川伊香保

プロローグ

丘の上は風が強い。髪を靡かせながら、綾瀬は立つ。視線の先には街が見える。これからあそこへ向かうのだ。

振り返ると、残してきた村が見渡せる。通っていた学校、よく通っていた駄菓子屋、幼馴染と駆け回っていた路地、そして好きだったあの子。たくさんの想い出が詰まった村を出て行くのだ。

再び綾瀬は街に向き合う。

折り重なる山の裾野の先を見る。

あの街に、奴はいる。父を、母を、弟を殺したあいつ。

顔は覚えている。あの夜、幼い綾瀬は咄嗟にクローゼットに隠れて助かったのだ。扉の向こうから家族の断末魔が聞こえ、声を殺して泣いた。

あいつは中年の男だった。

父の取引相手で、自宅にもよく来ていた。お土産を持ってきたが、諂うような笑顔が綾瀬はどうにも好きにはなれなかった。

あいつを殺すために、綾瀬は厳しい訓練を重ね、やがては師匠をも凌駕した。最終試験はその師匠を倒すことだった。

風が頬を叩く。感傷はしまいだ。これまでの俺はもういない。

顔を引き締めて丘を下る。まずは麓の情報屋を目指す。

復讐への道が始まった。

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たくさんの想い出 渋川伊香保 @tanzakukaita

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