第34話 私の王子は綺麗です
「……だから、俺と、踊っていただけませんか」
「はい……」
月の光が差し込む城の大広間の中心で、王子に差し出された手を取る。
「良かった……俺、踊り苦手だし……もう本番も近いから……」
「いえ、私は踊り方を知らないので、まず練習になるかどうか……」
「君なら器用だし、すぐ覚えられるよ」
「そうですかね……?」
王子に手を引かれ、長い廊下を歩いて重厚な扉を開いた先には、ステンドグラスが月の光で煌めく美しい部屋があった。ステンドグラスから透けて、星空に浮かぶ月が見える。
「うん、多分、凄く上手に踊れると思う」
「その確信はどこから……?」
首を傾げる私を見て、王子がふふ、と笑う。
「ほら、まずは手を繋いで、こう、ステップをしながら……」
「……いい感じ、流石」
王子に褒められながら、くるくると回る。見えている視界が、お城の景色と王子を映しながら変わっていくのが、なんだか楽しい。
「ふふ、ここでターン」
「こ、こうですか」
「うん、上手……」
王子と手を繋いで、肩にもう片方の手を置く。何回か繰り返すだけで、不思議なほど簡単に踊れるようになった。王子が鼻歌で歌を歌い、それに合わせる。オーケストラの美しい演奏が、頭の中で流れ出す。
「ふん、ふーん、ふん、ちゃんちゃーん」
「ふふ……ご機嫌ですね」
「ふふふ、ふんふーん、ふーん……」
……見つめ合っていると、突然、王子が足を詰まらせてこけそうになった。ピッと真顔で立ち直して、何もなかったような顔をするが、思わず笑ってしまう。
「……ふふふ、王子、大丈夫ですか?」
「言ったろ? 俺、下手だから……つい、君に見入っちゃって……」
「もう一度やります?」
「うん、やろう」
動き自体はとてもシンプルで、順番さえ間違えなければ、相手を選ばず簡単に踊れるようになっている。
「こうで、ここの足が難しいんだよな……」
「そうなんですか?」
「うん、ここ、一度こっちに行ってから……こう?」
足を慎重に王子に合わせる。王子は少し足元を見つつ、真剣に踊っていた。
「ふふ、王子、踊り上手じゃないですか」
「でも、君の方が上手いからね、俺は慣れてきただけだし」
「そういうものですか?」
ふわりとスカートを浮かせる。王子の腕に体を任せて、ゆらゆらと体を揺らす。
「踊ってる君、凄く綺麗だよ」
「そう、ですかね……」
「うん。凄く、綺麗」
王子が目を細めて、私を熱っぽく見つめながら、くるくると二人しかいないホールで回る。恥ずかしくて目を逸らして、お姫様になったみたいだと、ふと思う。胸が熱くなって、頑張って王子の目線に応えた。
「……王子、楽しいです」
「俺も、ふふ」
ゆっくりと動きを止めて、暫く経ってから、王子が添えていた手を静かに下ろした。夜光に照らされた王子が、綺麗だと思った。
「……君と、踊ってみたかったから」
「ふふ、練習のためじゃないんですか?」
「ま、まぁ、練習もしたかったけど……」
照れたように笑う。王子は私の手を握った。
「外に行ってもいい?」
「外?」
「うん……」
月明かりが眩しい窓の方へ優しく手を引いて、外に出た。後ろでカーテンが風で揺らめく。王子が町の明かりを見ていて、その目が、何かを懐かしんでいるような気がした。
「この国のことでも、考えてるんですか?」
そう言うと、驚くように静かに振り返ってから、子供のように首を振って微笑んだ。でも、王子は何かを考えているような気がした。
「うーん、じゃあなんだろ……」
「当ててみる? ふふ」
そうやって冗談でも言うように笑ってから、王子は夜空の方へ目を向けた。
「……舞踏会では、花火もあげるんだよね」
「そうなんですか?」
「うん、凄く、綺麗で……」
王子が空を見る。星々の中に、月が眩しい。でも私には、花火は見られない。国王が主催する舞踏会には、貴族の独身の男女等が参加する。選ばれた彼らの高貴な身分を考えれば、王子のように、私が参加する事はできないからだ。
「……君と見られたらいいのに」
「でも、私は立場上、見られないですよ」
「まだ、今は見られないけど、いつか見よう」
そう言うと、私の両手を握って、私の目を見て真剣に言った。
「……君が俺のお嫁さんになってくれれば、一緒に見られる、でしょ?」
「ふふ、はい」
「一緒に、見ようね」
「はい、花火見たいです」
そう言って笑った私を見た王子は、急にため息をついてから、私を抱きしめた。
「はぁ……早く、結婚式の日になればいいのに」
「そうですね……」
見えない花火を想像する。目を閉じると、瞼の上で、赤や黄色の花が咲いた。唇に、キスの感触がしてゆっくりと目を開く。王子は私の目を見た。
「……君と見れば、きっと花火も好きになれる」
「あれ、花火、好きじゃなかったんですか?」
「……ふふ、」
笑って誤魔化して、王子は私の手を取った。
「もう一度、踊ってくれない? 練習に」
「……私の、ですかね」
「ふふ、いつかの為に、ね」
二人だけで、夜光の下で踊る。そう、いつか二人で、花火を見る為に。
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