第32話 私の王子は料理上手?です

「ふふ、美味しい〜」

「良かったです、お口に合いましたか」

「うん! 君が作った料理が食べられるの、最高に幸せ〜……」

 王子がスプーンをくわえてうっとりとした顔をする。簡単なプリンアラモードだから、大袈裟といえば、大袈裟だけど。そうやって褒められると、素直に嬉しい。

「もしかして、本当は料理の天才なんじゃない?」

「いえ、じいに教わっているからかと……」

「ふふ、坊っちゃん。お嬢様は坊っちゃんの為に頑張って作ってらっしゃるのですよ」

「ゃぁぁあっ」

じいの名前を出した瞬間、突然横に立たれて、思わず変な声で叫んでしまった。

「なに今の声、可愛い、ふふ」

「お嬢様、驚かせてしまってすみません」

恥ずかしくて俯くと、じいはニコッと笑ってから、王子にコソコソと言った。

「ココだけの話、お嬢様は、坊っちゃんの為によく出来たものを選んでらっしゃるのですよ」

「えっ、そうなの?」

「ンッフフフ、毎回、大変健気でございますよ、『こっちの方が見た目が綺麗ですかね?』『じい、どっちの方がいいと思いますか?』と……フフフフ」

「へぇ、そうなんだ、ふふ」

王子がプリンを一口取って、また嬉しそうに笑ってから食べた。

「じい!! 恥ずかしいので言わないでください……!」

「ふふふ、これはこれは、失礼しました、つい口が滑りました」

「ありがとう、凄く嬉しいな、そっか、俺のために……」

王子が照れながらプリンを頬張る。すると突然、何か思いついたような顔をした。

「ね、俺もお菓子、作ってみてもいい?」

「えっ、王子もですか?」

「君とやってみたいなって、いいかな?」

「いいですよ、楽しそうですし……」

そう言いながら横を見ると、なぜかじいが滝汗をかいている。

「……じい?」

「ねえ、じい、二人で出来そうな料理とか知ってる?」

「……坊っちゃん、食べるのも立派なことですし、坊っちゃんは食べる専門のプロになられるのはいかがですか?」

「食べる専門のプロ? そんなものあるの?」

「ええ、大変坊っちゃんに向いておられるかと」

「そっかぁ、それもいいけど、俺も作ってみたいんだ。楽しそうだし」

「そ、そうでございますか……アハハ……」

なんとなく、嫌な予感がする。





「王子、薄力粉を量ってもらえますか?」

「まかせて!」

 何度か作ったことがあるスコーンを作ることにした。王子が薄力粉を量っている間に、オーブンを予熱する。かなり慣れてきてからは、オーブンの温度の見方もじいに教わって、自分で焼けるようになった。

「……王子?」

「できたよ、これどうするの?」

周りにかなり粉が散ってしまっている。でも、確かに重量はあってる……と思いきや、中を覗いて、違和感に気づく。

「王子、これ薄力粉じゃないです……」

「えっ!?」

「これ、砂糖ですね……すみません、私が薄力粉を渡せばよかったですね」

「ううん、ごめん……」

「だ、大丈夫! また戻せばいいんですから」

せっかく王子が量ってくれた器にある砂糖を、もう一度袋に戻す。少し心が痛む。

「薄力粉はこっちです、お願いします」

「うん、まかせて」

その間に、私はバターミルクを量る。暫く経つと、王子はふぅ、と息をついた。

「よし、今度は大丈夫」

「そしたら、さっきの砂糖も60g、量っておいてください」

「60g……」

王子は秤をじっと眺めると、違う容器に置き変えて、恐る恐る砂糖を量っていく。

「……あっ、まずい、一気に出ちゃった」

「大丈夫ですか?」

振り返ると、王子はまた砂糖を戻して、最初からやり直している。

「……あれ、何グラムだっけ」

「60gです」

「60gね……」

「王子、頑張ってください」

「うん……」

慎重に王子が秤と向き合う姿に、思わず笑いが零れる。もうすでに、王子のエプロンには沢山の薄力粉がついてしまっていた。

「出来ました?」

「うん、出来た」

「そしたら、このバターと混ぜましょう」

「わかった!」

王子が冷えたバターを粉に入れる。

「……こんなに、粉々してるやつでいいの?」

「はい、ほんのちょっと、ギュッギュッてして混ぜるだけで大丈夫ですから」

「ギュッギュッ……」

「ふふ、そうです、いい感じですよ」

「ふふふ……」

王子が笑う。褒められて嬉しいのかもしれない。

「そのくらいで大丈夫です、ちょっと待ってくださいね」

王子の前のボールに、横から砂糖、ベーキングパウダー、塩を入れる。

「サラサラ~、て混ぜてください」

「サラサラ~……?」

首を傾げながら、王子が優しく撫でるように混ぜる。

「ふふ、そうですよ」

「えっ、次はそれ入れるの」

「はい、入れますね」

「ええっ」

横からバターミルクを注ぐ。

「まとまるまでは、捏ねるというより優しく合わせる感じで……」

「こ、こう……?」

王子が動揺しながら混ぜる。

「まとまったので、こっちに出して……」

生地をまな板の上に出して、薄力粉をまぶす。

「本当に優しくでいいですよ、折って重ねる感じでこねてください」

「わかった……」

王子の横から先生のように言ってはいるものの、全部、これらはじいに教わったことだ。初めて作った時は、かなり固いスコーンになってしまったのを思い出す。

「ちょっと、力を入れすぎてるかもしれません。ふわふわにしたいので…‥」

王子に近づいて、横から体を添わせ、狭いまな板の上でお手本を見せるように片手で捏ねる。

「こんな感じです、優しく……」

「う、うん……」

王子の顔を見ると、かなり耳が赤くなっていた。

「……ふふ」

「え、合ってる……?」

「そんな感じですよ、いい感じです」

「そ、そっか……」

少し近づいただけだったのに。ちょっとだけ、イタズラをしてみたくなる。

「王子、可愛い……」

「……! ちょ、ちょっと待って」

捏ねている王子の手に、自分の手を重ねてみると、その瞬間、王子は生地をギュッと握った。

「あ、ぐしゃってなっちゃった……! ごめん……!」

「このくらい大丈夫ですよ、最後は丸くしますし」

「う、うん、なら、良かった……」

明らかに王子は動揺していた。

「そしたら、この型で上からグッと押します、そしたらもうほぼ完成です」

「そ、そっかぁ……」

だんだんと王子が小声になる。生地の方を見て耳を赤くさせたまま、振り返らずに私に言った。

「……ね、ねえ」

「はい……」

「……さっき、俺のこと、可愛いって言った?」

「……すみません、言いました」

「……」

沈黙のあと、頬を赤くしたまま、少し恨めしそうな顔で振り返った。

「……わざとだよね」

「……なっ、何のこと、デスカネ」

「あっ、とぼけてる!」

「とぼけてないですよー」

「棒読み!」

「っふふ、ほら、王子、型抜きやりましょう」

「もう、そうやって誤魔化して!」




 焼きあがったスコーンをテーブルに乗せる。王子は「おおお!」と言いながら軽く拍手をした。

「アツアツですから、もう少し待ってから食べましょう、クリームとか、ジャムを挟むと美味しいですよ」

「ふふ、いい匂いがするね」

「そうですね、王子が頑張って作ってくれたので、美味しく焼けました」

そう言うと、王子はまた拗ねたような顔をした。

「また俺のこと、子供扱いして……」

「ふふ、そんなことないですよ」

「あるよ……! さっきも可愛いとか言って」

「してないですよ、それよりジャム、どれがいいですか?」

「えっ、ジャム? どれにしようかな……」

簡単に誤魔化せるので、やっぱりちょっと可愛い。将来、変な人に騙されないといいけど。お兄様とか……

「……あ、また可愛いって思ったろ」

「お、思ってないですよー……」

「今、顔隠した!」

そう言って、二人で吹き出して笑い合う。

「俺、こんなに上手く料理できたの初めてかも」

「え、そうなんですか?」

「うん、一回、キッチン借りたら爆発しちゃって……」

「……え? バクハツ?」

「どれくらい焼けばいいのかわかんなくて、ずっと焼いてたらじいが飛んできたり」

「……」

「あと、お湯こぼしちゃって、危うく火傷するところだってなってからは、じいに火は禁止されててさ……」

それでじいが、王子に火を使わせるなと言ってきたのか……

「でも、すっごく楽しかった! 君がいるからかな、こんなに上手にできたし」

「楽しかったなら、良かったです」

「また休みの時、やらない?」

「ふふ、いいですよ」



 お皿に盛り付けられたスコーンを前に、じいが目を輝かせる。

「坊っちゃん!? これ、坊っちゃんが作ったのですか!?」

「ふふん、まぁね!」

「捏ねるのも量るのも、王子がやってくれたんですよ」

「なんと……! 坊っちゃん、ご立派になられて……じい、大感激です……!!」

「食べていいよ、ふふ、いつも作ってくれるから、そのお礼!」

「はい、食べてみてください」

じいはクリームとイチゴジャムを挟んだスコーンを一つ頬張ると、満面の笑みで笑った。

「じい、泣きそうでございます、人生一の味です」

「ええっ、そうかな? やった!」

「はい、とっても美味しいですよ、坊っちゃん……!」

「ふふ、愛情たっぷりだもんね!」

とっておきの隠し味を元々知っている王子は、実は料理に向いている……?のかもしれない。

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