第38話 私の王子は大好きです

「……ちゃんと、可愛いかな」

 鏡の前で一回転して、ふわりとスカートを浮かせる。ついに、今日は初デートの日だ。




「……どうですか?」

「可愛い、すっごく可愛い……」

「あ、ありがとうございます……」

「ね、手、繋いでもいい?」

「はい……」

 流石に城下町では王子だとバレてしまうだろうと、馬車に乗って少し離れた町に来た。人々が行き交って、いつもの町とはまた違った賑わいを見せている。レンガで舗装された道に、カラフルなお店が立ち並んで、お洒落な雰囲気だ。

「行くところ、決めてあるんですか?」

「ふふ、調べておいたんだ」

手を引かれて、歩き出す。

「今日は俺がエスコートしたいから、ふふっ」

笑顔を向けられて、キュンとする。いつもと違うラフな服装が、王子によく似合っていた。

「……ありがとうございます」

「うん!」

気分が弾む。スキップしたいのを抑えて、王子の腕をギュッと抱きしめてみた。

「……!」

王子がびっくりして振り返る。

「す、すみません」

「えっ、あっ、違うよ、かわいすぎて、その……」

顔が赤い。私からしたはずなのに、私もつられて恥ずかしくなってきた。

「……やっぱり、恥ずかしいので」

「待って、そのままがいい、そのままにして」

「わ、わかりました……」

なんとなく照れてしまって、看板に目をやってしまう。

「……ふふ、今日の服、凄く可愛いよね」

「良かった、嬉しいです!」

「いつも可愛いけど、その髪飾りとも合ってるし」

「あ、これは王子に貰った……」

「ふふ、覚えてるよ、ちゃんと」

「これ、凄く気に入ってます」

「大切にしてくれてありがとう」

「いえ、こちらこそ……」

周りを見ていると、案外カップルが多い。栄えているとはいえ、こんな風に観光する人々が集中した都市は珍しい。そう考えていると、王子は同じことを考えていたのか、軽く話しだした。

「この辺り、観光都市になったのは最近なんだよね」

「そうなんですか?」

「うん、前まではもっと地味な村だったんだけど、人々の懸命な町おこしがあって……何が売りだと思う?」

「え? えぇと……」

「正解は、これ」

そう言うと、気づけば私達は、景色のいい丘に出ていた。辺り一面が、白や黄色の花に包まれている。

「……凄い、これ、全部お花畑ですか?」

「うん、また君と、お花を見に行くのはどうかなと思ってたから」

「広いですね……綺麗……」

「クロッカスっていう名前なんだって」

「へぇ……」

二人でお花の間の通路を歩いていく。人通りも離れて、だんだんと二人だけになった。

「花言葉とか、気になりますね」

「あー……」

「調べたんですか?」

「うん、調べた」

反応的に、もしかして悪い意味なのだろうか? 聞かないほうが良かっただろうかと焦っていると、王子は私を見て言った。

「『あなたを待っています』」

「え?」

「ふふ、これがクロッカス全体の花言葉。で、黄色のクロッカスは『私を信じて』」

「よ、良かった……」

「良かった?」

「悪い意味じゃなくて良かったです……」

「ふふ、まぁ、紫はちょっとだけ暗いんだけど」

「えっ、そうなんですか?」

「うん、でも、俺は好きだなぁ、って思ったよ」

「意味は?」

「……『愛の後悔』」

「……どうして好きなんですか?」

頭にハテナを浮かべていると、思わずといったように王子が笑って、私の両手を握った。

「……青年クロッカスは、ある羊飼いの娘に一目惚れをして、幸せな恋人同士になりました」

「……」

「……でも」

「でも?」

「神々に結婚を許されず、絶望したクロッカスは命を絶ちました」

急に苦しくなる。王子が少し、目を伏せたのを見た。もし、そこに何か、意味があったら。途端に、不安が胸を覆った。

「羊飼いの娘は……」

「……だめ」

「え?」

王子が言い終わる前に、私は王子の手をギュッと握って遮った。

「……どんなに許されなくても、絶望したとしても、そうやって、いなくなっちゃったら、」

「……」

「大切な人がいなくなってしまったら……きっと、凄く……」

凄く、悲しい。ぐるぐると、頭に不安な気持ちが巡る。呆気に取られたように王子は目を丸くして、笑った。

「ふふ、大丈夫。ただの神話だよ」

「そ、そうですけど……」

「うん、ただの物語だから……」

そう言う王子の表情を見ても、なぜか落ち着かなかった。

「……あっ、もしかして」

「どうしたの?」

「王子! 私、わかっちゃいました!」

「ええっ?」

黄色い花畑の真ん中で、息を吸う。その時、小さく風が吹いて、花が揺れた。クロッカスの香りに包まれて、私は笑った。

「何か気づいたの?」

「はい!」

王子の手を取って、彼の目を見た。

「王子、私、王子のことが大好きです、たとえ、何があっても」

「……!」

王子の顔がぶわりと赤くなる。目を見開いたあと、眩しそうに私を見た。

「愛してます、王子」

「う、うん、俺も……」

照れて逸らした王子の目を追いかけて、また合わせる。王子がまた驚いたような顔をしたのを見て、私は笑った。

「だから、王子も、『私を信じて』!」





……デートなんだから、今日くらい、少し甘えたっていい、と思う。王子がさっきから顔が赤くて、それが面白い。

「……ふふ」

「ごめん、俺、照れちゃって……」

二人で暫く見つめ合ったあと、花畑から出た私達は、また町を歩いていた。

「いえ、ふふ」

「ご機嫌だね」

「だって、楽しくて」

そう言ってまた手をぎゅーっと握ると、王子がまた真っ赤になって反応する。凄く楽しい。

「君って、たまに大胆というか……」

「え、そ、そうですか……?」

「ふふ、そういう所も、大好き」

「……」

「すっごく可愛いし……」

なんて言ったらいいかわからない。言葉を選んで、打ち明けるように私は言った。

「……ほんとは」

「……うん」

「嬉しいです、飛び跳ねたいくらい」

「えっ、ふふ、飛び跳ねたいくらい?」

「これ以上可愛いと言われると、本当に飛び跳ねちゃいそうです」

「ふふ、可愛い」

「あ、飛び跳ねますよ!? いいんですか!?」

「いいよ、別に誰も見てないし」

「え、ええ!?」

ちょっとふざけて言っただけだったのに、本当に飛び跳ねていいと言われて慌てる。

「こ、こう…?」

控えめにぴょんぴょんしてみると、王子がツボに入ったように笑った。

「ふふっ、可愛すぎるよ、ほんとにやるんだ、ふふっ、あはは」

「お、王子が言うから飛んだのに!」

「ごめんごめん、ふふ、」

王子が楽しそうに笑っているのを見て、私もまた楽しくなってくる。

「そろそろ、着くはず」

「何のお店ですか?」

「ふふん、甘いものだよ」

「甘いもの……」




 カランカラン、と扉を開けると、フルーツの甘い匂いがする。看板を見ると、季節の限定!と大きな字があった。

「……パフェのお店ですか?」

「ふふ、ご名答。パフェ以外にもあるけど、ここの名物はフルーツパフェ!」

席を案内されて、二人で座る。

「そ、そういえば意外とバレませんね……」

「俺?」

コソコソ声で話してみる。

「はい、バレそうなのに」

「ここ結構遠いし、まず俺のことを知らないんじゃないかな」

「そ、そんなにここって遠いんですか? すみません、馬車の間、寝てたからわかんなくて……」

もう酔わないように、なんなら自ら寝てしまおうという、今までの経験から得た私の作戦だ。

「ふふ、だから心配しなくても大丈夫。服装も正装じゃないし、バレないバレない」

「そうですか……」

「お忍びデートだね、ふふ」

看板にかかれているメニューを見る。

「どれも美味しそうですね……どれにしようかな……」

「一口交換する?」

「します!」

「ふふ、どれ食べたい?」

「えぇと……」

私の中で、食べたいメニューが二つ。一つはイチゴが沢山のったパフェ、もう一つは期間限定ぶどうとマスカット……

「ちょっと悩んでるんですよね……」

「いっぱい悩んでいいよ」

「はい、ありがとうございます!」

二つのメニューで視線が泳いでいると、王子は笑って言った。

「……俺、これにしようかな」

「期間限定のやつですか?」

「うん、美味しそうじゃない?」

な、ならイチゴの方にしようかな……イチゴ好きだし……

「イチゴだよね?」

「え?」

「ふふ、すみませーん」

「はーい」

驚いている間に、流れるように王子が二つパフェを注文した。

「……なんでわかったんですか…?」

「あは、だって視線がこれとこれって言ってたから」

「え、王子、ぶどうってまさか……」

「ん〜?」

「い、いえ……」

王子はニコニコと笑っている。

「ぶどう、食べたかったんだよね」

「……ほんとに?」

「ほんとほんと、」

なにか、うまく誤魔化されたような気がする。

「ふふ、パフェ好き?」

「好きです! 甘いものは結構好きです!」

「朝ごはんとかも、デザート嬉しそうに食べてるもんね」

「え、そうですか……?」

「うん、前もジェラートを食べてる時、目がキラキラ〜ってしてた」

「キラキラ……」

無自覚だったので驚く。

「……王子は、よく見てるんですね」

「君はずっと見てても飽きないから、ふふ」

「私ですか……?」

「うん、そうだよ。あれ? よく見てるって、」

「周りのことを、というか……そう思って言ったんですけど」

「うーん、君のことはよく見てるけど、どうなんだろ?」

「えぇ……?」

恥ずかしくなって俯くと、王子にニコッと微笑まれて、なぜか目を正面から見つめられる。ドキドキして、目が合うとバチッと電気が流れるみたいで、ソワソワして落ち着かない。どんどん熱が上がってくるみたいだ。

「でも私、そんなに表情柔らかくないですよね……」

「え、そんなことないよ? 確かに最初は、緊張とか、距離感もあったかもしれないけど……今は……」

「えっ?」

「表情に出るから、むしろ分かりやすい」

「え、そう、ですか……!?」

「うん、今もすっごくびっくりしてる、ふふ」

「え、えっと、分かりやすいなんて、言われたことなかったので……」

「これからも俺の前では、気を張らなくていいよ」

「はい……」

言われてみれば、いつの間にか、王子と自然に話せるようになったのかもしれない。

「あ、パフェ来たみたいだよ」

見ると、店員さんが二つ、お盆に乗せてパフェを持ってきていた。



「ん、ほっぺにクリームついてる」

「え、どこですか」

「こっち、」

王子が少し手を伸ばして、口の端についたクリームを取った。そのままペロ、と指を舐めたので、思わず王子の指を見つめてしまう。

「……」

「ん? どうしたの?」

「いえ……なんでも……」

「顔赤いけど……あ、」

王子が指に気がついた。……本当に私の考えていることがバレているみたいだ。もう少し表情筋を鍛えないと……それとも自然に視線を逸らせたほうがいいのかな……

「ごめんごめん」

「いえ、あの……取ってくれてありがとうございます……」

「ううん、あ、一口、はい」

「あ、はい」

王子のスプーンを差し出されて、食べようとするが、寸前で間接キスという言葉が脳裏をよぎる。王子の口を思わず見てしまう。

「……ちょ、ちょっと待ってください」

「え?」

「……いけます、お願いします」

「うん……?」

首を傾げながら、王子がもう一度スプーンを差し出す。前もあーんは何度かしたことがあるのに、なぜか意識してしまって、あまり味に集中できない。

「……美味しいです」

「うん、良かった」

「お、王子、はい……」

一口とってスプーンを差し出す。今、絶対、私の顔は赤くなっている。

「ふふ、意識しちゃってるの?」

「え、そ、そんなことは……」

言い終わる前に、王子が私のスプーンで食べる。思わず口が離れる瞬間まで見てしまって、自分で恥ずかしくなって俯く。顔が火照って熱い。

「……」

「……ふふ、えっち」

「へっ!?」

小声で聞こえてきた言葉に顔を上げると、王子はニヤニヤと笑っていた。

「……」

「……今、ちょっと見ないでください」

「やだ、真っ赤で可愛いから」

「……」

恥ずかしさで目が潤んできてしまう、私は泣きそうになりながら、赤いイチゴを食べた。




「パフェ、美味しかったね」

「はい……」

 なんでこんなに意識してしまうのか……前までのような余裕がなくなっているのを、強く自分に感じる。手を繋ぎながら、夕焼けが眩しい町を歩く。手の熱が伝わってきて、心臓が高鳴る。

「……凄く、嬉しいんだ」

「へ、へ?」

「君が俺を意識してくれることが、愛おしくて」

「……意識、そう、ですね……」

「今、俺すごく幸せ……」

チラリと私を見た王子の視線に、熱がこもっている気がした。

「……沢山、君といろんなことがしたい、ちょっぴり、恥ずかしいんだけど……その……」

「はい……」

「キス、とか、ハグとか……いっぱいしたい」

「……」

王子に秘密のように囁かれて、頭が真っ白になる。

「恋人繋ぎも、今してるけど、ずっとしてみたいって思ってたんだ、俺……」

「……そう、なんですか」

「……俺、君とやりたいこと、いっぱいある、ありすぎて、どうしようって、思ってる……」

「……」

「……俺、情けないやつだけど、君のことを、世界中の誰よりも大切にしたいって思ってる。その気持ちだけは、誰にも負けないから」

「……」

「だから、俺と一緒にいて、ずっと」

「はい……」

「……やっぱり、ちょっと恥ずかしいね」

また照れて、王子は顔を逸らした。

「私も、王子のことが好きで、なんだか不思議な感じです……」

「そう、なの?」

「はい……どこか、ずっと夢みたいで」

「……俺も」

「……」

「……でも、夢じゃないんだよね」

「そうですね」

二人の影が、伸びるのが見えた。

「まだ、帰りたくないね」

「……はい」

王子が振り返って夕焼けを見た瞬間、彼の目が輝いて、強く視線が引き込まれた。その時、今まであったことが、鮮明に思い出された。

「今まで、いろんなことがありましたね」

「うん……」

思い返せば、私は沢山の王子を見てきた。王子の笑顔も、悲しい顔も、笑った顔も、振り返れば、そのどれもが愛おしくて、かけがえのない。

「……私、王子が大好きです、どんな王子も、どんな表情も、全部全部、引っくるめて、大好きです」

貴方がいる、すべての光景が美しく見える。目を閉じれば、色を持って蘇る。夕陽に包まれた町、風に吹かれて舞う花びら、朝の穏やかな温もり、夕日に輝く海辺、一面の白い雪の光、月明かりが照らす星空。

「胸が苦しくなるくらい、泣きたくなるくらい、全部、心から、好きで、大好きで……」

こんなに人を好きになるまで、分からなかった。人を愛することの意味なんて。

「……愛しています、心から、全部の貴方を」

涙が溢れてくる。どうか、私の想いを受けとめてほしいと強く願う。見上げると、王子は笑って言った。

「……俺も、君を愛してる」

王子に優しく抱きしめられて、私は泣きながら、腕の中の確かな暖かさを感じていた。

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