第28話 私の王子は繊細です

「……王子、おはようございます」

「……おはよう」

 朝ごはんを食べに王子の部屋に入ろうとした瞬間、出てきた王子になぜか抱きしめられている。

「どうしたんですか、王子」

「……ごめん……怖い夢、見たんだ」

出来るだけ優しく声をかけて問いかけると、彼は耳元で小さく言った。

「……そうですか」

「うん……」

彼の背中に、手を回す。ぎゅっと自分からも抱きしめると、彼は目を閉じた。王子のゆっくりとした呼吸が聞こえる。

「……」

「……朝ごはん、冷めちゃいますから、そろそろ」

「……」

「ね、王子、美味しそうな匂いしますよ?」

「……そう、だね。うん」

まだ名残惜しそうにしながら、王子は離れた。彼は私の手を取ると、いつもの場所まで、手を引くようにして、部屋の中に入った。

「……」

「……美味しいですね、王子」

「……うん」

「……あ、王子、このお肉美味しいです、王子は食べましたか?」

「……まだ」

「……」

見ると、王子はもぐもぐとご飯を噛んではいるけれど、咀嚼が遅いし目が虚ろだ。

「……王子? おーい」

朝ごはんと王子の間に入って、手をブンブン振りがら呼びかけてみる。

「……ふふ、可愛い」

あ、良かった。やっと笑ってくれた。

「……」

「……」

けれど、すぐにまた、シュンとなった。なかなか手強い。どうすれば……

「……そうだ」

「……?」

……その時、絶対王子が喜ぶのではないかという案が浮かんだ。いやでも、これは……流石に無理かも知れない、私が恥ずかしいから……

「王子」

「うん……」

「今日一緒にまたオセロとかやりませんか? トランプとか……」

「……やる」

「でしたら、お昼にまたここに来ますね!」

「うん……」

……私がここに来るという約束をしても、この薄めのリアクション……いや、ほんの少しだけ声のトーンは上がったけど……いつもだったら「え、ほんと? やったー!」「ふふ、俺、楽しみにしてるね!」とか、なんかこう、もっと……別に、王子は私のこと好きなんだから、もっと喜べとか、そういうわけじゃない、断じて違う! け、けど……

私がなぜか地味にショックを受けていると、王子は首を傾げた。

「……?」

「い、いえ…なんでも……」

「うん…」


……やるしかない、たまには腹を括らねば! 王子を笑顔にするためだ! 私も昨日の夜あまり眠れてなくて、深夜テンションになってるのかもしれない……けど! でもこれは王子の為、そう、これは王子の為だから……私がやりたいとかじゃないし……!!


意を決して、王子に向き合う。

「……お、おうじ……」

「……? どうしたの…?」

「……こ、これ……あーん」

「……」

フォークを持ち上げた『あーん』の体勢のまま、恥ずかしくて死にそうになる。

……暫く経っても王子が黙ったままなので、目を開けて王子の顔を見ると、王子は顔を真っ赤にして固まっていた。たぶん私もなっている。

「……お、王子…? あーん……」

流れる沈黙がつらい。

「……いい加減固まってないで食べてください!!!」

「わ、えっ、あっ、ごめん!!」

王子が慌ててチキンを口に入れた。

「……あ、ありがとう」

「いえ……」

もぐもぐしながら王子が照れて言う。私も照れながら返す。あれ、笑わせようとしたのに、なんか思ってたのと違うような……

「……美味しい」

「お、美味しいですか!?」

「うん……食べさせてくれたから、かも」

いや、たぶん厨房にいらっしゃる素晴らしいシェフのおかげだと思う……だが、いつものように少し喋ってくれたのが嬉しくて、私のテンションがあがる。

「……もっとやってくんないの」

「えっ…?」

「……あーん」

上目遣いで、王子が呟く。

「……」

「……」

「恥ずかしいので、これ以上は……」

「……そっか」

顔が熱くて、どうにかなりそうだ。私は手で顔をパタパタ仰いだ。




「王子、チェス凄く強くなってますよ!」

「……そうかな」

「そうですよ!!」

 大きなチェス盤を挟んで、二人で向き合う。王子は相変わらず、あまり元気がないままだ。

「そうだ、このお城でトーナメント制でやるとか……楽しいかもしれません」

「……うん」

「じいってどれくらい強いんでしょうか……今度じいとも一緒にやってみたいです」

「うん……」

その時、扉の方からノック音がした。

「失礼します、坊っちゃん」

「あ、じい、どうなされたんですか?」

「……兄上がいらっしゃっております」

「……」

「……」

私は覚悟を決めて立ち上がった。

「ちょっと失礼します!!」

「え、あ、お嬢様!?」

「え、待って…!」



 部屋を飛び出してお兄様を見つけると、誰も来なそうな部屋に引っ張って押し込んだ。

「ちょ、お前なんだよ急に!!」

「……王子いびりは今日は禁止してください」

「は?」

「今日はダメ! ダメな日です!!」

「なんだよ急に……」

「絶対、ダメ!」

「お、おう……」

私の気迫にお兄様がビビっている。

「……私のせいなんです、」

「……はぁ?」

「私が、心配させたから……!」

急に涙が出そうになる。

「……何があったんだよ」

「……実は、」

事情を話すうちに、自分のしたことに泣けてきた。お兄様は私の涙を指で拭って、戸惑いながらも聴いてくれた。

「私が、襲われなんかしたせいで、王子が、ずっと元気なくて……」

「……ハァ。お前、王子に情けないとこ移されたんじゃねえのか……?」

「だ、だって……」

「……別に、お前は悪くねえだろ」

「……だって」

涙が溢れてくる。

「おい泣くなって……どうしたらいいか、俺がわかんねえだろ……」

「す、すみません……」

お兄様は困ったように頭を掻いた。

「はぁ、どうすっかな……まずお前、俺に会いに飛び出して来てよかったのかよ?」

「そ、それは……王子を守らなきゃって思って……」

「お前が俺といるの、あいつ地雷だろ」

「た、確かに!?」

それは確かにまずい、王子からしたら、私が急にお兄様に会いに飛び出して行ってしまったわけで……

「俺から元気出せって言ってみるけどよ……俺の言葉じゃ、あんま届かねえ気もするし……」

「えっ!?」

「は? 何?」

「そ、そんな、王子のこと励ますなんてするんですか、貴方が」

「おい、お前やっぱ喧嘩売ってんだろ」

「売ってないです……!」

お兄様は首に手を当てて、はぁ、とまた大きくため息をついた。

「全く、二人揃って俺のこと悪人扱いして……お前も、いびりやめさせるって飛び出してくるとか……」

「日頃の行い……」

「あ? なんか言ったか」

「言ってないです、すみません……」

「……」

お兄様は突然無言になると、私の涙をとって、ニヤリと笑った。

「……泣かせたあいつが悪いよな」

「へ……?」

「……」

急に顔が近づいてきて、思わず目を瞑る。

「……ちょっ、」

すぐ近くまで、熱を感じた。

「……」

「……」

「……」

「……やっぱやーめた」

突然、熱が離れていく。

「……え? え…?」

「まぁともかく、俺から言ってみるから。お前はあんま気にすんな」

そう言いながら、頭をポンポンされる。仲は悪めなのに、兄弟揃って、キスをやめる時のセリフが一緒じゃないか。内心感動していると、お兄様が変な顔をした。

「どうしたお前」

「い、いえ……お兄様が優しかったので……」

「……そうかよ」

お兄様は顔にはあまり出ないけれど、それでも少し照れているのがわかった。

「じゃ、じゃあ、お願いしますね、王子のこと……」

「……」

振り返り、立ち去ろうとすると、去り際にお兄様は私の腕を掴んだ。

「な、なんですか」

「いや……」

「……?」

何故か急に、雰囲気がしおらしくなった。

「どうしたんですか、急に」

「……なんとなく、最後な気がした」

「え? 何がですか…?」

「うるせえよ、黙れ」

「理不尽……!」

彼は、私を見て笑った。

「……なんで、あいつなんだろな」

「えっ……?」

「……ふは、間抜け面かお前」

「だって……」

「……じゃあな」

「……? はい……」

掴まれていた手を離される。振り返って一瞬だけ見えた彼の表情は、どこか切なげで、その時だけ、なぜか胸が苦しくなった。





「……あの子と何話したんですか」

「別に? というか、まだ会ってないよ」

 影に隠れて、王子とお兄様の会話を盗み聞いている。いつにもまして、王子の声は棘々していた。

「嘘だよ、あの子……兄さんが来たって聞いたら、急に……飛び出して行って……」

心底辛そうに王子が言う。案の定、かなりショックを受けてしまったようだ、本当にやらかした……

「お嬢さんなら、自室にでもいるんじゃないか? そんなことより、また話そう。今日はお土産に焼き菓子も……」

「……」

「そう睨むなって、今日はいつにも増して怒ってるな。どうした?」

「いや、別に……」

「まぁいい、ほら、部屋に連れてけよ」

「……」

え、待って、中に入られたら会話が聞けなくなる! 近くまで追いかけようとすると、じいが紅茶のセットを持って部屋に入ろうと来てしまったので、慌てて引き返す。このままだと話が聞けない、どうしよう……



結局、話を盗み聞きしようと扉の近くに行くと、じいやメイド達に話しかけられ、す、すみません王子が心配になって……と誤魔化しているうちに、二人が部屋から出てきてしまった。

「あ、先ほどはすみません、王子……ちょ、ちょっとお手洗いに行きたくて……」

「……そうなんだ」

「はい、急に飛び出してすみませんでした……」

「……ううん、いいよ、別に」

王子の様子はあまり変わらず、元気がないままだ。

(え、いじめました……?)

(してねえよ!)

お兄様と目だけでアイコンタクトをしていると、王子が抱きついてきた。

「え、ちょっ、王子、今は……」

「……うるさい」

「え?」

「俺の……」

「……」

「……」

お兄様が呆気にとられている。抱きしめるのはいいけど、恥ずかしいから人前ではちょっと……!

「王子、ここではちょっと……」

「やだ」

「え、ええ?」

「やだ……」

「……おいおい、俺の前だぞ。可哀想に、お嬢さんが恥ずかしがってるじゃないか」

お兄様が王子の顔を覗き込むように見た。私からは二人の顔が見えず、振り向こうとするが、王子の抱きしめる力が強くてできない。

「……」

「……そういうことするか?」

「……」

「全く……」

え、何? 私の見えないところで何が起きているの……!? わからないうちに、お兄様はどこか寂しげに笑った。

「はいはい、邪魔者は帰るよ。じゃあね、お嬢さん」

「はい……」

王子に抱きしめられたまま動けないので、見送りもできないままに、お兄様は帰ってしまった。


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