第27話 私の王子は怖がりです
「……そろそろ寒くなってきたから、マフラーでも編もうかな」
風の乾いた冷たさが、肌に刺さる。上着をまた着込んで、私は買い物に出かけた。
「……ふふ、そろそろお菓子作りとか、またやってみようかな、王子も喜んでくれるだろうし」
どんなに美味しくなさそうにできたお菓子でも、嬉しそうに笑顔で食べる王子の顔が思い浮かんで、思わず笑いがこぼれる。
「編み物も、今度、王子に手袋とか……」
私はとりあえず、昔通っていた雑貨屋に入った。
「ふう、買いすぎたかな……?」
結局本屋にも寄って、紙袋に荷物が沢山入っている。
「ちょっと重いな、まぁ、これくらいなら……」
「すみません、少しいいですか」
「えっ、あっ、はい!?」
「……」
後ろを振り向いた途端、その男は紙袋を奪って走り出した。
「あ、ま、待って!!」
「……!!」
必死に足を動かして、男が通る狭い道を追いかける。
「まって、お願い……!」
「そう言われて待つ強盗が、いるかってのっ……!」
もう少しで届きそうなのに、ギリギリうまく障害物を越えていく彼に追いつけない。
「はぁ、はぁ、いい加減にしつこいんだよ女!!!」
向こうの息は切れているから、そのうち取り返せるんじゃないか、そう思いながら路地を曲がると、3人ほど仲間らしき強盗がいた。私を見て彼らは動揺する。
「は、はぁ!? お前、こんな変な女連れてきやがって!! 告げ口されたらどうすんだよ!!」
「すいやせん、こいつ、足が速くて……うまく、まけなくて……」
「……どうする?」
男たちは、私を睨みつけた。
「……塞げ」
ボスらしき男が、3人に指図する。
「やるんすか!?」
「仕方ねえだろ、顔も悪くねえ」
「は、え……?」
全員が同時に近づいてくる。恐怖で足がすくみそうになる。
「……ッ」
「おら女!!待て!!!!」
翻してまたさっき来た道の方へ入って走る。その瞬間に叫んだ男の声が、心臓を急に強く握った。
「……どこ、これ、どこから出るの…!?」
走っても走っても、袋小路のような所に出て引き返したり、変な塞がれ方をされていたりして、うまく元の街の方に戻れない。ずっと走っているせいで、流石に息も上がってくる。
「……ッ、痛っ」
走ってるうちに、足がその辺に置いてある尖った板に掠れて、切れた。
「……痛い、どうしよう……」
走る度にズキズキ痛む。まずい、と思いながらも気合で走りながら曲がると、小さな抜け穴を見つけた。覗くと、奥にお城が見える。
「あ、ここなら、ギリギリ通れる……!?」
振り返れば、後ろにはもう男たちがすぐそこまで追いかけてきている。もうどうにでもなれと、そこから無理やり這い出ようとする。
「いっっ、」
通る途中、地面に痛めた足を擦ってしまい、激痛が走る。
「おい!!待て!!!!」
「ひっ、」
なんとかそこから出ると、見慣れた通りに来られた。周りが足から出ている血に驚いているが、怖くて私はまだ走り続けた。
「……はぁ、はぁっ、あれ?」
後ろを振り返ると、気づけばもう男達の声は聞こえない。そのまま歩いて城の前まで戻り、城の門番に事情を話して、私はなんとか自室に戻った。
「痛っ、どうしよ、でもそこまでの怪我じゃないか……」
まずは洗って、消毒やガーゼを貰って……そう考えていると、扉が急に開いた。
「王子……?」
私と目を合わせた後、足の血に気がつくと、彼の目から涙が溢れた。その光景に呆然としていると、突然引き寄せられて、そのまま強く抱きしめられた。
「王子、大丈夫ですよ、軽い……」
だが、私の言葉を遮って王子は叫んだ。
「大丈夫なわけない……!」
彼の怒った声を聞くのは初めてだと、他人事みたいに思った。
「……王子」
「ごめん、俺……涙、とまらなくて……怖くて」
「……王子、」
「もう君を、失いたくないのに……」
肩が彼の涙で濡れている。苦しいくらいに強く抱きしめられる。こんなに近くに感じるのに、言葉が届かないようで、それが怖い。
「王子、私はここにいますから……」
「…はっ、はぁっ、あっ、」
「……えっ? 王子、大丈夫ですか」
「……だめだ、俺、っ……」
呼吸がしゃくりあげてきてしまって、苦しそうになり始めた王子を抱きしめ返し、彼の背中に手を当てて撫でた。
「王子、落ち着いて」
「…っは…はっ、はぁっ、」
「呼吸、ゆっくり」
「ふ、はぁ、あ、っふ、」
彼の荒い呼吸がなかなか止まらない。王子が泣きながら私の目を見つめる。それはあまりにも、痛々しい光景だった。酷く焦った気持ちを隠して、彼の背中をさすった。
「……はぁ、はぁ…」
少しずつだが、息が落ち着いてくる。強張っていた王子の背中が、だんだんと緩んでいった。
「すみません……私が注意していれば……」
「……」
「……王子、?」
返事がない王子に声をかけると、彼は私を抱きしめていた腕を離して、涙を拭って無理に笑った。
「……ごめんね、俺、焦って……怪我、見せて」
「えっ、あぁ、はい……」
ベッドに座って、怪我したところを王子に向ける。彼はしゃがむと、スカートを優しく除けて、その傷の横に震えた手で触れた。
「……痛そう」
傷を見て、また泣きそうになる。
「これくらいなら、大丈夫です」
「だめ、お城に在中してる医者に、来てもらうから……」
廊下に一度出た王子は、誰かに頼むと、また戻ってきて隣に座った。また抱きしめたいのを堪えるように腕を擦ったあと、私の方を見た。
「……お医者さんが来るまで、手、繋いでもいい?」
「……いいですよ」
「……ありがとう」
するりと指を絡められ、思わず王子の横顔を見る。いつも笑っているはずの彼は、真剣な顔で扉を見つめていた。
治療を終えたあと、暫くすると、王子が私の肩にもたれて寝てしまった。あれだけ泣いたあとだったから、疲れてしまったのかもしれない。手を繋いだまま、王子の寝息だけが聞こえる部屋に、静かにノック音が響いた。
「どうぞ」
「……失礼致します」
「……じい、」
王子が寝ているので、小声で、と軽く自分の口に指を当てる。じいはひそひそ声で話しだした。
「門番の者から事情をお聞きしまして……お嬢様が、強盗に遭われたと……」
「ああ、いえ、私は大丈夫です。買った物が取られちゃったのが残念ですけど……」
「……いえ、また買い直せばいいのですから。お嬢様がご無事なら、それでいいのですよ……本当に……」
「……すみません」
「……無事に帰ってきてくださって、ありがとうございます。私から、坊っちゃんの代わりにお礼をさせてください」
そう言うと、静かにじいは頭を下げた。
「え、あの、私が不注意だったのが悪いので……」
頭を上げてほしいと必死に伝えると、じいは少しだけ微笑んだ。
「ごめんなさい、王子も泣かせてしまって、本当に、申し訳ないのは私です……」
なんだか、自分も泣きそうになって、声が震えた。握った手の温もりを感じながら、先ほどの王子が、普段とは全く違っていたのを思い出す。彼の縋るように私を抱きしめた腕も、あの涙も、震えた声も、もう忘れられない、頭から離れない。
「こんなに、悲しませてしまうなんて、思わなくて……」
……あの時、すぐに戻れば良かった。怪我をして、泣かせて、心配させたことに、後悔の念でいっぱいになる。
「それは……坊っちゃんは、昔のことを……」
「え……?」
すると、じいは話を切り替えるように優しく微笑んだ。
「お嬢様、今日起きたことについて、もう少し、細かい事情もお伺いできればと思いまして……いずれお時間をいただいてもよろしいですか?」
「……はい」
「あまり、気に負いすぎないでくださいね」
じいはウインクをした。
「……じい、何から何までありがとうございます」
「いえ、では、じいは失礼しますね……」
じいが部屋を出たあと、また二人並んで残される。王子の顔を見ると、少し眉を顰めていて、不安気な表情で、見ていて胸が苦しくなった。彼と握っている手を、もう片方の手で優しく包む。体をより近づけると、安心したのか顔の力が抜けて、王子は安らかな寝息を立て始めた。
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