第24話 私の王子は寒がりです

「へっくしっ」

 朝、王子の部屋に行こうとすると、中から王子のくしゃみが聞こえた。

「……失礼します、王子」

「あっ、おはよう。来てくれたの?」

王子は書斎机で書類を見ていた。

「おはようございます……寒いようだったら、じいに頼んでブランケットでも……」

「大丈夫、それより、朝ごは……へっくしゅっ」

「……朝は冷えますね」

「うん、そうだね……」

「待っててください、今持ってくるので」

「うん、ありがとう……」




「ありがとう、君は寒くない……?」

「いえ、私は大丈夫です」

「ふふ、そっか」

 並んで座って、また朝ごはんを食べる。王子の膝には、さっき私が貰ってきたブランケットがかかっている。コーンスープに息を吹きかけて冷ましていると、外からノック音がした。

「坊っちゃん、お嬢様、失礼致します」

「あ、じい? 入って」

王子が返事をすると、何か手紙のようなものを持ったじいが入ってきた。

「王子、例の北国の件なのですが……」







「……寒いですね」

「うん、凄く寒いね」

 気づけば、私たちは今、馬車に揺られている。窓を開けて景色を見ると、この時期にもう雪が降り出していた。

「もう雪……」

「こっちは寒いからね」

王子が北国に泊まりで行かなくてはならず、一緒に行ってみないかと誘われて今に至る。黒い木が垣間見える雪が積もった山々が見えて、吐いた息はすぐに白くなった。

「俺のわがままなのに、来てくれてありがとう」

「いえ、たまにはいいかなと」

「長いし、寝ててもいいからね。俺は慣れてるけど、前みたいに君は酔っちゃうかもしれないし……」

「いえ、大丈夫です、たぶん……」

「無理しないで、気持ち悪くなったらすぐ言ってね」

「ありがとうございます」

王子と一緒にかけている毛布を握って、外の景色を見る。

「ふふ、すぐ用事済ませるからさ、こっちの美味しいものとか食べようよ」

「そうですね」

「海鮮とかが美味しいらしいよ?」

「こっちの方にも海があるんですか?」

「そうそう。寒いから、魚に脂がのって美味しいんだって」

「へえ……」

「あと、今は雪が降ってるけど、やんだら遊びに行ってもいいし……あ、宿でトランプとかする?」

王子の目がワクワクして煌めく。

「ふふ、仕事終わるの、楽しみに待ってますね」

「うん、俺、早く終わるよう頑張るから!」

まだここから馬車に乗ったまま、目的地まで長いらしい。馬車酔いしないか少し不安だけれど、王子と一緒に、こうして長い間過ごせるのは楽しいと思う。最近は忙しかったし。

「寒いし、行くのに時間かかるし、こっちに来るの、あんまり好きじゃなかったんだけど……君がいるだけで凄く楽しいんだね、ふふ」

「そうですか……」

「うん!」






「……あ、起きた? おはよう」

「……?」

 見ると、王子の肩にもたれて寝てしまっていることに気づき、慌てて飛び起きる。日が暮れてきたのか、車内は夕日に照らされて、オレンジ色に満たされていた。

「す、すみません、寝てしまって……」

「ううん、可愛かったから、むしろまだ寝ててもよかったのに」

また王子は、ふふ、と笑った。

「まぁでも、もうそろそろ着きそうだから、丁度良かったかも」

「そうなんですか?」

「うん、もうちょっとかな。まだ眠い? 大丈夫?」

「だ、大丈夫です……」

「うん、なら良かった!」

窓から外を見ると、もう夕日が沈むところだった。雪はもうやんでいて、白い世界に陽が反射して、暖かい光が満ちていた。

「……綺麗ですね」

「うん……」

振り返ると、目が合った。

「……凄く、綺麗」

王子が私の目を見て言うので、思わず顔が熱くなって、赤いのがバレないよう、窓の外に少し顔を出した。

「君が」

後ろから小さく聞こえてきた言葉に、もう一度振り返る。

「……」

「あれ、ちょっと顔赤くなった……?」

「……夕日の色じゃないですか」

「え〜? ふふ、そんなことないと思うけどな〜」

「……別に、照れてないです」

「そっかそっか」

王子がニコニコ笑っている。私が変な強がりをしている間に、目的地も見えてくるのだった。




「……んん」

「起きてー」

「んん…?」

「おーい、起きて〜」

「んにゃ……」

「うーん、やっぱりまだ眠いのかな。昨日は移動が長かったし、疲れてたとか……?」

「……」

「起きて〜」

「……?」

 なぜか王子の声がする。眩しいのを堪えて目を開けると、私を覗き込んでいる王子の顔が見えた。

「あ、起きた?」

「……?」

「おはよう、朝だよ」

「……」

「ごめんね、起こして。お城と違って、朝食の時間決まってるから……」

「……? おうじ……?」

状況が理解できず、頭にハテナがいっぱい浮かぶ。

「あれ、まだ寝ぼけてる?」

「え、あれ、ここどこ……」

「昨日、一緒に馬車に乗って来たでしょ?」

「……あ、」

思い出した。昨日は結局、王子の仕事が夜まで終わらず、一人で部屋で編み物をしていたら、寝るのが遅くなってしまって……

「君に見せたいものもあるから、ちょっと寄り道してから食べに行こうよ」

「……」

「ね、一緒に行こ」

のそのそ立ち上がると、手を繋がれる。

「……」

「……あれ、大丈夫? 起きてる…よね?」

「……おきてます」

「ふふ、声が寝起きの声だ。ぼーっとして転ばないようにね」

「……はい」

王子が手を引くようにして歩いていく。そのままパジャマで寝起きの状態で、寝ぼけたまま廊下に出た。

「こっちだよ」

「はい……」

王子と暫く歩いていくと、長い廊下の先に扉があって、王子はその扉を開けた。外から冷たい風が中に流れてきて、まだ暖かい自分の体の上を撫でるように過ぎていく。そこには、山々がどこまでも一面に白で覆われた、美しい雪景色があった。

「……綺麗ですね」

「ふふ、そうでしょ?」

王子が私の方を見る。冷たい空気に触れて、少し頭が冴えてきたせいか、寝癖が無いか気になりだして、繋いでいない方の手で自分の前髪を撫でた。

「王子、起こしに来てくれてありがとうございました、というかすみません……」

「ううん、謝んないでよ」

「でも、こんなに寝起きで、失礼じゃないかと思いまして……」

そう言うと、少し彼は驚いたようにこちらを見てから、また優しく笑った。

「君の寝起きが失礼だなんて、考えたことなかった」

「そ、そうですか……? 寝癖とか……」

「え、寝癖も可愛いよ?」

「そうじゃなくて……!」

「君に会えるなら、俺は何でも嬉しいけど」

目をちらりと見られて、恥ずかしくて、どうしたらいいかわからない。

「ね、寝起きの顔を見られたくないんです!」

「えっ、どうして?」

「えっと、これは乙女の恥じらいの問題なので……」

「ふふ、なにそれ」

王子は思わずという風に、ふわりと笑った。




 朝ご飯を食べたあと、また部屋で編み物の続きをしていると、ノック音が聞こえた。

「ね! 外に行かない?」

扉の外から王子の声がする。扉を開けると、もうすでに厚着を着込んだ王子が立っていた。

「……もう出かける気満々ですね」

「仕事終わったから、雪遊びしよ!」

そう言って子供っぽく笑うと、私の手を手袋をつけた両手で包んだ。

「行くでしょ……?」

「はい」

「やった! ね、上着、部屋にあったよね?」

「はい……部屋に置いてあったかと」

「うん、それ着てきて!」

「はい、少し待っててください……」




 二人で手を繋いだまま、平原の雪の上に足跡をつけながら歩く。吐いた息がすぐに白くなるのを見ながら、王子の後ろをついていく。

「ね、雪で何か作ろうよ」

「いいですよ」

王子はその場に手を離してしゃがむと、雪を両手にすくった。

「……うーん、どうしようかな」

私が王子の横にしゃがむと、王子は両手で丸っこくした雪をおいて、その上に小枝をのせた。

「うさぎさんだよ」

「うさぎさん、ですか……?」

「うん」

よく見ると、ちゃんと耳の形になっている。

「可愛いですね」

「へへ、そう?」

「はい、とても可愛らしいです」

私も雪を、自分の両手の大きさに軽く固めて、王子のうさぎの横に置く。雪の下にある枝を拾って、王子を真似て作ってみる。

「……どうですか?」

「可愛い!」

「ふふ、良かったです」

王子の横顔を見ると、雪のうさぎを嬉しそうに眺めていた。

「……二匹とも仲が良さそうですね」

「うん、そうだね」

二匹のうさぎは、近い位置で寄り添いあっていた。私のうさぎが少しだけ小さい。

「俺たちの方が仲いいけどね」

「うさぎさんと張り合うんですか?」

「ふふん、仲良し〜」

そう言って、また王子は私の手を繋いだ。二人で立ち上がると、王子は私の頭の雪を軽く払った。

「マフラー、似合ってるね」

「そうですか?」

「うん、やっぱり俺が選んで正解……」

「え?」

「あっ、なんでもない……」

王子は笑いながら誤魔化すように目を逸らしてから、私のマフラーを見て嬉しそうに笑った。


 王子に合わせて歩き出すと、靴が雪の下の凍った土で少し滑った。

「わっ、」

「あっ、大丈夫?」

「はい……」

王子に肩を支えられる。

「ありがとうございます……」

「ううん、気をつけてね」

「はい……」

すると、王子が突然何か思いついたような顔をした。

「いいこと思いついた」

「えっ?……わっ」

そのまま王子が、後ろの雪に倒れるように寝転がる。私も王子に肩を抱かれたまま一緒に王子の腕の中に倒れてしまい、慌てて王子の上で起き上がった。

「お、王子!? 背中大丈夫ですか!?」

「あはは、大丈夫大丈夫。痛くないようにゆっくりやったから」

「び、びっくりしました……」

「ふふ、ごめんね?」

楽しそうに、寝転がった王子が笑う。その笑顔を見たら、急に脱力して、王子の上にまたのしかかってみた。

「……」

「ふふ」

「……重くないですか?」

「ぜーんぜん」

「……重いですよね」

「重くない重くない!」

あはは、と王子が笑っている。私も少しつられて笑った。

「……」

「……ずっとこのままこうしてたい」

王子が幸せそうに私を見上げる。恥ずかしくなって、また顔が見られないよう、王子の胸元に耳を押し当てた。

「……」

「……俺、もうこのまま死んでもいいかも」

私の下で、王子はそんな冗談を言う。あたりは雪で真っ白で、私達だけの世界みたいだ。

「……私も」

「……え?」

「なんでもないです」

「えっ、なになに?」

王子に聞かれないよう零した、柄にもない心中みたいな言葉は、きっとそんな、夢心地な世界のせいだと思う。




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