第25話 私の王子はフラフラです

「……ううぅ」

「王子……大丈夫ですか……?」

「……だい、じょうぶ」

 北国からお城に帰ってきてすぐ、高熱を出してしまった王子は、部屋で唸りながら寝ている。

「……王子、私、お粥を作ったんですが、食べられますか?」

「うぅん……」

熱でよくわからないのか、ぼんやりとした王子が布団から顔を出した。

「……暑そうですね」

じいがすでにちゃんとひと通り看病したのはわかっている。薬が飲まれたあともあるし、王子のおでこには冷えたタオルがのっている。けれど、気になってしまって、私も部屋に入らせてもらった。

「……あれ、だめだよ来ちゃ……うつしちゃうから……ゴホッ、ゴホ」

起きた王子が喋るが、口調もなんだかフニャフニャしている。

「どうしても心配になってしまって……すみません、王子」

「君にうつしたら、俺が立ち直れないから……お粥ありがとう……」

「いえ……食べますか? 食べるのも辛かったら、私が……」

「ううん、嬉しいけど、お部屋に戻って……」

「……」

なんだか無性に寂しくなって、我儘な自分が子供に思えた。

「何かあったら、呼んでください。私も力になりたいので……」

「……ゴホッ、うん」

王子が辛そうに咳をする。少し項垂れながら部屋を出て、扉を閉めようとすると、突然呼び止められた。

「あ、待って、」

「はい、どうしましたか?」

「……お粥、君が作ってくれたの?」

「はい、さっき材料を買ってきて、厨房を借りて……」

「えっ……」

王子は辛そうな表情から目を丸くした。

「ありがとう、嬉しい……」

「はい!」

優しく微笑んだ王子を見て、少しは役に立てたかもしれないと、簡単に嬉しくなる。

「……」

「……早く元気になってくださいね」

「うん、ありがと」

ベッドから手を振ってくれる。私も手を振り返して、扉を静かに閉めた。




「……お嬢さま、坊っちゃんがご心配なのですか」

「いゃあぁっ」

 後ろから突然聞こえたじいの声に驚いて、思わず幽霊を見たような声を上げてしまった。慌てて手で口を抑える。

「先ほどから、坊っちゃんの部屋の前に来ては帰り来ては帰り……」

「え、あっ」

確かに、いつもは部屋で過ごすのに、無意識にこの廊下に何度もきてしまっている。

「ですが、ご安心なさってください。薬も飲まれましたし、ご心配なさらずとも、すぐ治るはずです」

「す、すみません」

「いえいえ……本当にお嬢さまはお優しい方ですねぇ……」

じいは感激です、と大げさに嘘泣きをしたあと、ニッコリと笑った。

「ふふふ、それにしても、お嬢様のお粥、とても美味しそうでしたね。風邪の時などによく作られるのですか?」

「あ、はい……本当に簡単なものなので、申し訳ないですけど……」

「いえ、先ほど中に入った時、坊っちゃんが完食していらっしゃいましたよ、ふふふ」

「ほんとですか!?」

「ええ」

「よ、良かった……」

ほっと息を撫で下ろした私を見て、じいはにこりと笑った。

「……お嬢様は、簡単なもので申し訳ないとおっしゃいましたが」

「え、はい……ここのシェフの料理に比べたら……」

「ですが、お嬢様が作ったお粥は、うちのシェフには作れませんよ」

「え…?」

本当に、町で買えるような簡単な材料しか使っていないはず……考えていると、じいはふふふと笑った。

「……材料に、お嬢様の愛情が入っておりますからね。きっと、どんな世界中の薬よりも、坊っちゃんの病気に良いはずです、ええ、ふふふ」

「ちょ、ちょっと大げさじゃないでしょうか……」

「いいえ? そんな事はありませんよ、坊っちゃんは本当に喜ばれたと、じい、思います」

「……」

「お嬢様、坊っちゃんを気遣ってくれて、本当に、ありがとうございます」

じいはお辞儀をすると、颯爽と去っていった。




「……王子、失礼します」

「……」

 食器を回収する為に、静かに部屋に入る。王子はぐっすり寝ていた。顔から力が抜けて、少し子供っぽくなった顔でスヤスヤ寝ている。その時、爪が食器に当たって、カタ、と音がした。

「……!!」

「……」

慌てて振り返ると、王子は少し目を開けていた。

「ごめんなさい、起こしちゃいましたか……?」「……」

「すぐ出ていくので……」

焦りながら食器を片手に出ていこうとすると、私の方を見た王子の頭から、タオルが落ちた。

「……王子、タオルが」

「……」

「……失礼します」

王子のベッドに近づいて、王子のおでこの上にタオルを乗せ直す。見ると、王子はなぜか、私を見て泣いていた。

「え!? な、なんで泣いてるんですか」

「……」

「王子……どうしたんですか」

近くの椅子に座って、王子の顔を見る。綺麗な涙がポロポロと王子の目から流れていた。

「王子……」

「……」

王子が黙ったまま泣き続けている。見ていると胸が酷く苦しくなって、どうしたらいいのかわからないまま、布団の上にあった王子の手を握った。

「……」

「……大好き」

「……え?」

「……」

王子が小さく言って、泣きながら笑う。

「そ、そんな、なんで泣いてるんですか」

「……ごめん、俺……君が好きで」

「え、え?」

好きで、どうして泣いてしまうのかわからない。王子を覗き込むと、私の顔を見た王子の目に、またブワリと涙が浮かんだ。

「……大好き」

「は、はい……」

「すき、好き……」

「はい……」

震えた声に、胸が締め付けられて、苦しい。王子が泣きながら私の手を握る。……暫く泣いたあと、王子は目をぎゅっと瞑って、また開いた。

「……ごめん、俺、風邪で弱ってるみたいで」

「え、ああ」

「……」

黙ったまま、手をにぎにぎと握られる。熱のせいか、手がとても熱い。まだ涙はポロポロと流れていたが、王子の目はただ凛として、どこかを見ていた。

「……ごめん、心配かけて」

「いえ……」

言葉も声も、いつものように私に向かっているのに、まだ涙が溢れ続けているのが不思議だった。

「……」

「……ここにいてもいいですか」

「え……?」

「いたいんです、ここに。王子は泣いてるし、このまま、自分の部屋に戻りたくない……」

「……」

「だめ、ですか……?」

王子を見ると、驚いたように固まって言った。

「……俺も」

「え、」

「……俺も、君にまだ行ってほしくなくて、でも、君になんて言おうかなって……」

「……! いいんですか!?」

「でも、うつっちゃうかもしれないし……」

「うつっても良いです、今、王子を一人にするくらいなら」

「……」

王子は何か言い返そうとして、やめた。諦めにも近い笑いをしながら、私の手を恋人繋ぎに握り直した。

「俺、敵わないな……」

「……」

王子の手が熱い。心配になりながら、王子の潤んだ目を見る。いつの間に止まったのか、涙が流れた跡があるだけだった。

「君には、かっこいいところが見せたいのに、情けないなって、自分でも思うよ」

「……そんなこと、ないですよ」

「せめて、君が、俺のことを好きになってくれるまでは……」

王子はまた、

「泣きたくないのになぁ」

泣きながら笑った。

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