第23話 私の王子はモテモテです

 何やら朝から慌ただしい。メイド達は駆け回っているし、じいも忙しなく何かを運んだり、外部の人と話したりしている。邪魔しちゃいけないとわかっているけれど、少し気になる。王子の部屋の近くまで行ってみると、王子が丁度出てきたところだった。



「……王子、おはようございます。今日もまた出張、ですか?」

「うん、仕方ないんだけどね……」

「そうですか……」

 最近は、ほぼ毎日儀式に行ったり、会合に行ったり。一年の中でも、特に忙しい時期だとじいに聞いた。

「はぁ……君と過ごす時間が減るのがなぁ……」

「仕事が終わったら、また遊んだりすればいいじゃないですか」

「じゃあ、それを楽しみに頑張るね……」

大変お疲れのようだ。そこで、ピンと思いついた。

「今日の儀式、すぐそこの隣町、ですよね」

「うん、そうだけど……」

「一般公開されている式ですよね」

「うん? うん……結構人が来て大変で……」

「私、見に行ってもいいですか?」

「えっ!?」

王子が驚いて立ち上がる。

「そりゃ、君が来てくれたら頑張れるかもしれないけど……」

「お忍びで見に行くので、バレないようにしてくださいね、ふふ」

すると、王子は突然元気になって、握り拳を上げた。

「……俺、やる気出てきた!」

「その調子です、頑張ってください」

「が、頑張る…!」

じいが来ると王子は荷物をまとめ、その後すぐに馬車に乗って行ってしまった。




 ファンファーレの音が聞こえる。王子が言ったように、会場は大勢の人に囲まれていた。

「王子殿下、今日もいらっしゃるそうよ」

「え、そうなの?! 彼、素敵よねぇ本当に」

「えぇ、あのクールな目も、顔立ちも、ほーんと美しいわよね……」

「……」

若い女性達の噂話が至る所から聞こえる。前まで、私もなんとなく王子殿下は無口でクールな印象を持っていたのを思い出した。

「国王陛下、王子殿下が参られます」

兵がアナウンスする。

「いらっしゃるわ!」

「どこ、どこ!?」

遠くの方からファンファーレの大きな音がまた響いて、王様と王子が現れると、赤くて大きな椅子に座った。来賓の挨拶が始まり、王子の番が来て、王子は前に立った。

「皆様、本日はご招待いただき……」

その時、なぜ王子が無口でクールだと思っていたのか、やっと理解した。王子は人前で緊張すると、動きが強張る上に、普段よりボソボソと低めの声で話すのだ。挨拶が終わり、話が王様の番になると、王子は小さく息をついて、席に座った。

「!」

あ、目が合った。

「……!」

王子の顔がパッと明るくなる。

「……今、王子の雰囲気、変わった?」

「ほんとだわ……表情が柔らかくなった……? なんか、ニコニコしてる……?」

小さくざわめきが起きる。ま、まずい、私のせいで王子のイメージが……! 焦っている私をよそに、王子は嬉しそうに笑っている。

(王子! こっち見ちゃだめです!!)

必死にジェスチャーするも虚しく、よくわからなかったのか軽く首を傾げている。余計に目立ってしまい頭を抱える。

「……今、また笑ったわよ」

「……」

目の前の女性二人が、ときめいた顔をしていた。





「では、国王陛下にご挨拶をいただきまして、本日は起こし下さった……」


「……王子が、あんな風に笑う所初めてみたわ」

「ね、ほんとね……なぜか急に最高の笑顔になったわ」

「なんででしょうね……」

「……」

「……また行こうかしら」

「ほんと? 私もそう思ってたの、今度王子殿下がいらっしゃる時って……」

(ファンができてる……?)

 呆気にとられていると、他の所からも王子の話が聞こえてくる。なぜか、帰っていく王子が遠くに感じて、寂しくなった。




「あれ、ここにいたの?」

 王子の部屋の前で待っていると、帰って来た王子が、私に気がついて話しかけた。

「おかえりなさい、王子。お疲れ様でした」

「自分の部屋の方にいるのかなって、一回そっち行っちゃった、へへ」

また嬉しそうに目の前で笑う王子に、どこか安心する自分がいることに気づく。

「待っててくれたの?」

「……なんとなく」

言われてみると、いつものように自分の部屋にいれば良かったのに、なんで私はわざわざ部屋の前で王子を待っていたのだろう。

「……すみません」

「え!? 違うよ、嬉しくて……」

「……」

「……俺の部屋、入るでしょ?」

「はい」

部屋に入ると、王子はすぐにソファの上にぐったりと座った。

「今日も疲れた…‥」

「お疲れさまです」

「ふふ、あそこの所いたでしょ、俺見つけたよ」

「え、ああ……」

「緊張してたけど、君がいると思ったら急に嬉しくなっちゃって……」

「……」

王子が座っている横に黙って座る。

「……」

「……ん? 駄目だった……?」

「あ、いえ……すみません」

ぼんやりしてしまって、王子が不思議そうにこちらを覗き込んだ。なぜか、あの時に起きたざわめきが忘れられない。

「王子が急に、表情ゆるゆるになるから……」

「え、?」

「……なんでもないです」

「え、なになに?」

王子は焦りながら自分のほっぺたを引っ張って、表情……?と言いながら首を傾げた。

「……今度から、見に行くときは王子にバレないようにします」

「え、なんで……? 君の顔見ると元気でるのに……」

「……」

シュンと気落ちしたような王子の表情を見つめる。

「……ん? どうしたの? 何かついてる……?」

「ついてないです」

「そ、そんなに顔見られると、恥ずかしい、っていうか……」

今度は少し赤くなった。

「……王子って、表情豊かですよね」

「う、うん……そうかな? 町の人からは、硬いってよく言われるんだけど……」

「……あれは緊張してる時の王子ですよね」

「あっ、わかっちゃった? そうなんだよ、俺、結構ああいう場苦手で……」

「……」

ニコニコと話す王子の顔を見る。

「……また俺の顔見てる。どうしたの?」

「なんでもないです」

「ふふ、うそだ〜」

「ほんとです、ほんと」

王子の横にもたれて、近づく。肩が触れると、王子は少し驚いたような顔をした。

「……なんか今日、甘えてきてくれてる?」

「そ、そんなことない、です」

「可愛い……」

王子は目の前で、心底嬉しそうに笑った。

「……」

「あは、照れてる?」

「……照れてないです」

「ふふ、顔逸らしたのに」

「照れてません……!」

「ね、嬉しいからもっと甘えて?」

「甘えてない……」

「ふふ、意地っ張り〜」

「だ、だから……!」

王子を見ると、優しい顔でこちらを見ていた。もっと、彼に近づきたくなる。近づけば近づくほど、胸のモヤモヤがなくなる気がするのに、近づけない距離が、少しもどかしく感じた。

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