第19話 私の王子は海好きです

「……最近、少し暑くなってきたね」

「そうですね、坊っちゃん」

 遠出から帰ってきた王子が汗をかいている。確かに、ここ最近はもう夏が近づいていて、暑い日も増えてきた。

「坊っちゃん。暑くなってきたら、水分補給が大切です!! こちら、お水でございます」

「ありがとう、じい」

「それと、あおがせていただきます!」

「うん……ありがとう……じい……」

あ~と言いながら、王子が幸せそうに風を浴びている。

「ふふ、そんなに暑かったんですね」

「うん、日差しが強くて……」

「また、別荘の方に行かれるのはどうでしょうか?」

「あ、それいい! 君も行くでしょ?」

「別荘、ですか?」

「うん、今度の休み、皆で行こうか!」



 青い海、白い雲。日差しが強いし砂浜が熱い!   サングラスをかけて、海パンの上に薄い上着を着て、麦わら帽子を被った完全装備の王子が、パラソルの下で休んでいる。砂浜の方では、小さなビーチサンダルを履いた、王子の従兄弟とじいが、砂山を作ろうと奮闘中。メイド達はバーベキューの準備に大忙し。そして、なぜか遠くの所で、お兄様がいらっしゃる。綺麗な海でサーフィンをしてる。なぜお兄様がここに……?

「……」

「ね! こっち来てー!!」

「はい!」

王子に呼ばれて行くと、王子はパラソルの影でしゃがんでいた。こっち、と手招きされて、横に座る。

「なんですか?」

「見て、蟹さんがいる」

見ると、小さめの蟹がトコトコと歩いていた。

「ふふ、ほんとですね」

「ね、凄いね」

蟹を見ている王子を見ると、普段と雰囲気が違う……というか、よくサングラスが似合っていて、ちょっと面白い。

「今日はサングラスかけてるんですね」

「……どう?」

「凄くお似合いですよ」

「そうかな、ふふ」

王子は嬉しそうにサングラスをカチャカチャ上げ下げした。

「そ、それより、君の方が可愛いよ、その服……」

「ああ、水着ですか……?」

「うん……」

「あ、ありがとうございます……」

いつの間にか用意してもらった水着と上着を着ている。

「ほんとに、すっっっっごく可愛い」

「大袈裟ですよ」

「大袈裟じゃないよ! ほんとに! あ、あんまり上着は脱がないでね」

「あ、えっと、はい…?」

「その、俺が君を見れなくなっちゃうし……」

恥ずかしそうに目を逸らして、照れながら王子は言った。


「デレッデレだな相変わらず……」

「に、兄さん!?」

 二人で立ち上がって後ろを見ると、たった今波に乗ってきたお兄様が、海をバックに前髪をかきあげた。凄い、絵になる……

「そうやって俺たちの会話を盗み聞きするの、もうやめてください……」

「はは、いいだろ別に。お嬢さんも久しぶり」

王子が少し不機嫌になった。

「あの気になっていたんですけど、どうしてお兄様が波に乗ってらっしゃるんですか……?」

「王子の別荘って言っても、ここには俺も来られる。まぁ今まで来たことはなかったが、俺だけ誘われなかったのが癪……ゴホン。弟達が行くと聞いて、俺も来てみたら、偶然鉢合わせたってわけだ」

「偶然……?」

王子が訝しげにお兄様を見ている。王子は最近、お兄様にだけ少しあたりが強いような……

「なんだよその目は」

「別に……」

「まぁいい。カワイイ弟、それと、最高に可愛いお嬢さんに、、会えて嬉しいよ」

王子が私の前に立って、牽制するように手を前に出した。

「そう睨むなって怖いなぁ……」

「……駄目だからね」

「はいはい、じゃあお嬢さん、また後で」

「あ、はい……」

そうしてお兄様は、手を振って華麗に去っていった。

「嵐のように来て嵐のように去っていく……」

「俺、二人が二人だけでレストランでご飯食べたの忘れてないから……」

「え、ええ?」

「俺抜きで! というか、俺より先に…!」

「ま、まぁ……落ち着いてください」

「……今日は一緒にご飯食べてね」

「もちろんですよ」

「……でも嫉妬ってかっこ悪い?」

「いえ、その」

相当お兄様に心を乱されているようで、さっきから少し早口だ。

「……はぁ、俺、かっこ悪いかも」

ついにしゃがみ込んでしまった。そこに、王子の従兄弟がいらっしゃった。

「……どうしたの? お兄ちゃん」

「あ、砂山できた?」

「うん! じいが今立ってるとこ」

見ると、じいがおーい、とこちらに手を振っている。

「凄い、結構大きいの作れたんだな」

「うん、お姉ちゃんも見て!」

「凄いですね、ちゃんと旗も立ってる…」

「じいが作ってくれた」

「流石じいですね……」

「お姉ちゃん、あとで僕と遊んで」

「はい、遊びましょうね」

「ねえ俺は……?」

「あ、お兄ちゃんも」

「今忘れてた……?」



「ビーチバレー?」

「うん。あそこでやろうって、見に来ない?」

「はい……」

 見ると、もうすでに本気で戦っている人たちがいる。

「坊っちゃんの兄上とはいえ、じい、容赦は致しません!」

「あまり無理しなくていい、俺が勝つから」

二人の間で火花が散っている。

「……あの中に入って、王子は大丈夫ですか…?」

「だ、大丈夫だよ! かっこいいとこ見せるから!」

「そうですか……」

近くに行くと、私を見つけたお兄様がウインクを送ってくる。

「あ、お嬢さん、俺とチーム組もうよ」

「いえ……遠慮します」

「つれないな〜」

「……兄さん? 俺がじいと組んで1対2でどうですか?」

王子の声が少し怖い。やっぱりお兄様に対してだけ、王子は強気である。

「いやおかしいだろ……やっぱりお嬢さん、俺と組もう」

「遠慮します……」

王子が心配そうに私を見てくる。どうすれば穏便に済むか悩んでいると、後ろから従兄弟くんに抱きつかれた。

「僕が入る!」

「えっ、大丈夫ですか?」

「僕がお姉ちゃん守るよ!」

「か、かっこいい…!」

「え!?」

こうして、王子チーム対兄チームの、熱い火花が幕を開けた。

「……わたくしが合わせます、坊っちゃん、やってしまってください!」

「うん、絶対倒そう!」

一方、お兄様は少し不安げである。

「大丈夫か…? 怪我しないように気をつけな」

「うん、がんばる!」

一回目のサーブは、王子からスタート。じいの渾身のスマッシュで、ボールがコートの際に思いっきり打ち込まれ、王子チームが1点。二回目のサーブは王子が優しく返して、従兄弟と微笑ましいラリーをしたあと、じい対お兄様の死闘が始まり、お兄様のスマッシュを王子が取れず、兄チーム1点。


そして、僅差のまま試合は進んでいき、ついに兄チームのマッチポイントとなった。

「強いね! すごい!」

「こ、このくらい、当然だ……はぁ……ゴホッ」

一方、王子チームもまだ諦めてはいない。

「じい、ここからがんばろ!」

「はい、坊っちゃん!!」

私も固唾をのんで見ていると、お兄様が打った強めのボールが飛んできた。

「……えっ」

「危ない!」

王子の声がしたあと、目を瞑る。咄嗟に王子に強く抱きしめられ、そのまま王子が下敷きになるように倒れた。

「……だ、大丈夫?」

「お、王子こそ、大丈夫ですか……!?」

「俺は平気……」

「……坊っちゃん立派です!!!」

久しぶりに、遠くからじいとメイド達からの拍手喝采が聞こえる。かなり密着してしまっているので早く離れようとするが、心配で頭がいっぱいになった王子が私の上に被さって、逃げられないまま寝転がる。

「ちょっと、王子……!」

「どこも怪我してない?」

「いや、あの……してないです……」

「ほんと? どこも……うん、良かった……」

「あの……大丈夫なので、一度立ち上がらせてください……」

「え、あっ、ごめん!」

ようやく押し倒してしまっていることに気がついたようで、王子が慌てて立ち上がる。

「ごめん、でも良かった……」

「……すみません」

振り返って見ると、兄陣営のコートでは、なぜかお兄様が従兄弟の目を隠していた。

「……なんで隠すの?」

「いや、あれはお子様には早い……」

「……」

あまりにも恥ずかしすぎる。横で王子がごめん…としきりに謝ってくる。

「仕方ないですよ、助けようとしてくれたわけですし……むしろありがとうございます」

「……うん、ごめん…」

「いえ……」

すると、バーベキューの用意をしていたメイド達から「お肉〜!!」「海鮮〜!!」「できましたわ〜!!」「ご飯ですわ〜!!」と声が上がった。




 バレーで助けられてから若干気まずい。王子も気にしてか、少し離れたところで海を見ていた。

「バーベキュー、美味しかったですね」

「え? あっ、そうだね!」

近づいて隣に座ると、驚いたように私を見た。

「ねえ、海綺麗だね」

「そうですね……」

「……俺、海好きなんだ」

「そうなんですか」

波の音がして、静かな時間が流れる。

「もう少しで夕焼けになりそうだね」

「……楽しかったですね、ふふ」

「うん、いろいろ遊んだね」

「……」

無言で横顔を見ると、王子が気づいて笑い返してくれた。

「今日、招待してくれてありがとうございました」

「こっちこそ、来てくれてありがとう。ふふ、大好きな君がいるだけで、すっごく楽しかった」

「……私もです」

「うん……ん?」

「戻りましょうか、そろそろ帰らないと」

「え、待って、うん、そうだね……」

赤くなった顔が見られないように、王子の少し前を歩いて、私たちは皆の所へ戻った。


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