第16話 私の王子は甘えん坊です

「王子、この子は……?」

 王子の後ろに、5歳くらいの小さな男の子が隠れていた。

「この子は俺の従兄弟。ほら、挨拶して」

「……」

彼は黙り込んだまま、王子の後ろにまた隠れた。

「……ごめん、ちょっと人見知りなんだよね」

「なるほど……こんにちは」

しゃがんでこちらから挨拶をすると、こんにちは、と小声で返してくれた。こっち、と王子の襟元を引っ張って、王子が屈むと、手を耳に当てて内緒話をしだした。

「……あのお姉さん誰?」

「……えー、俺のお嫁さん、かな……へへ」

ふふふ、と王子が何やら照れている。

「……あれ、お兄ちゃんって結婚したの?」

「うっ、そ、それは……」

「お嫁さんて、結婚しないといないよね?」

「……そうだね」

「え? じゃあ、あれ誰……?」

聞こえてくる会話が面白くて、思わず笑いそうになる。

「お嫁さんではないですね、ふふ」

「えっ……」

すぐさま王子がショックな声を上げて、私を見てくる。

「……兄ちゃん」

すると、彼は王子の裾を引っ張り、私から離れようとした。勝手に話に入るのはまずかっただろうか。

「……すみません、私、部屋に戻っておきますね」

「え、いいのに。むしろ時間があったら仲良くしてやってよ。今日と明日の朝まではいるから」

「いいんですか?」

「こいつ、人見知りなだけで、ほんとは気になってるみたいだし」

「……うん」

小さく頷いてくれた。

「兄ちゃん、肩やって」

「ん? ああ、はいはい」

王子が肩車をすると、彼は嬉しそうに笑った。



 自室で本を読んで過ごしていると、扉をノックされた。

「……はい」

「……」

「え!? えっと、どうしたの?」

扉を開けると、あの男の子がいた。

「……えっと」

「うん…」

「来て、お姉さん」

「えっと、はい…」

廊下に出ると、私の裾を引っ張った。

「こっち」

「は、はい」

「……お兄ちゃんどこか知ってる?」

「えっ?」

周りを見渡すが、確かに近くに王子はいないようだ。

「うーん、自室、かなぁ」

「じしつ?」

「自分の部屋にいるんじゃないかな。一緒に行きますか?」

「え、あ……ありがとう」

「いえ……」

そうして、王子の部屋まで駆けていこうとした瞬間、彼は目の前ですっ転んだ。

「え!? だ、大丈夫……??」

「……うう」

慌ててその子を起こして、横にしゃがんで座る。泣かないで我慢しようとしているが、もう目がうるうると潤んで、今すぐ泣き出したいのを堪えているようだった。

「怪我はないですか?」

「……ううん、俺、泣かない…」

「そう、ですか……」

「……やっぱり痛いぃ」

「痛いところ見せて?」

「うん…うん、」

少し頭が腫れている。たんこぶができそうだが、早めに冷やせば大丈夫そうだ。

「痛いね……あ、そうだ。じい!」

「お呼びですかな!?!?!?」

「えっ、え……!?」

なぜか天井からじいが降ってくる。さっきまで泣きそうだったのに、じいが変なところから登場したことにびっくりして、私の裾をつかんだまま固まってしまった。

「あ、ごめんね、怖くないよ……じい、冷やすものを貰ってもいいですか?」

「なんと、それは……かしこまりました!!」

じいが猛ダッシュで帰ってくるまで、くっついてきた彼の背中を撫でて落ち着かせる。カーペットの上だったから、擦り傷のようなものはなく、頭をぶつけただけのようだ。

「うう、お姉ちゃん……」

「はい……」

「痛かった……」

「そうだよね……おんぶする?」

「……うん」



「……痛いところ、ここ?」

「うん……」

 私の部屋のベッドに座らせてから、じいが持ってきてくれた冷たい氷を当てる。

「……お姉ちゃん、ありがとう」

「このくらい、全然」

「いてっ……」

「あ、ごめん!」

「ううん、平気」

「足とかは、痛くないですか?」

「うん! ねえ、僕、ちゃんと泣かなかったよ」

「凄いですね……私だったら泣いてたかもしれません」

そう言うと、目を丸くして楽しそうに笑った。

「え、お姉ちゃん泣いちゃうの? ふふ」

「そうですね、転ぶと痛いですから」

「え、でも、泣いてもいいの?」

「たまには、泣いちゃう時があったっていいんですよ」

「ふぅん……ほんとはね、あの時すごく痛かった……」

そう言うと、俯いて泣きそうな顔をした。

「こうしてれば、すぐまた治りますよ、大丈夫」

「ほんと?」

「痛いのが治まったら、また遊べばいいんですよ」

「うん、お姉ちゃん、ありがとう……あのね?」

「はい」

「大好き! えへへ」

「私も大好きですよ、ふふ」

そう言って笑いあっていると、廊下から誰かが走ってくる音がする。勢いよく扉が開いて、息を切らした王子が飛び込んできた。

「だ、大丈夫!? 転んだって、じいから聞いて……」

「お兄ちゃん!」

「王子、どこにいらっしゃったんですか?」

「ちょっと、父さんに呼び出されてて……そんなことより、怪我とか……」

「平気! お姉ちゃんが治してくれた」

「そう、そっか…ごめん、ありがとう……」

「いえ、私は何も」

「ねえ、お姉ちゃん、お庭行こ!」

すっかり痛みは引いたのか、私の手を繋ぐと、ぐいと引っ張って、もう片方の手で王子の手も握った。

「行こ!」

「ごめんね、用事が長くなっちゃって」

「それよりお庭行こ!ねえ行こ!」

「わかったわかった、お姉ちゃんも連れてな」

「うん!」

3人で手を繋いで廊下を歩くと、メイド達の「可愛い!!」「可愛すぎる!!」という叫び声が後ろから聞こえる。庭のベンチに座ると、王子と繋いでいた手を離して、私の腕に抱きついてきた。

「お姉ちゃん、お花好き?」

「お花、好きですよ」

「待ってて!」

お花畑の方に走っていく。二人残されたベンチで、王子はニコニコと笑った。

「お花、摘んできてくれるんですかね」

「ふふ、仲良くなれたみたいで良かった」

「そうですね」

お花を持ってきて、私と王子の間に座ると、指輪の形にされたお花を、私の手の上に乗せた。

「王子じゃなくて、僕と結婚して!」

「えっ」

「ええ!?!?!?」

王子が思わず大声を上げる。

「だって、お姉ちゃんとずっと一緒にいたいもん……」

「だめ!! 絶対だめ!!!!!」

「なんで?」

「だめなものはだめ!」

「お姉ちゃん、僕にしよ、ね」

「ふふ、ありがとう」

「え!? ちょっと!?」

「やった! お姉ちゃん大好き!」

「私も大好きですよ、ふふ」

腕に抱きついてくるのが可愛くて仕方がない。

「俺のお嫁さんなのに……というか、俺もまだ好きって言ってもらってないのに……」

王子はなにかブツブツ言いながら、私の前に跪くと、自分でつけていた指輪を取った。

「手、だして」

「? 手ですか?」

すると、その指輪を私の薬指につけた。

「ふふ、これで俺の勝ち」

「え!? なんで!? ずるい!!」

「もう俺のお嫁さんだからね!駄目だからね!」

「お、大人げない……ですね……」

「やだ、もうお兄ちゃん嫌い!!!」

「えっ!?」

「ふふっ、」

王子がショックで項垂れたのを見て、思わず堪えていた笑いを吹き出した。



「ヤダ!帰らない!お姉ちゃんと一緒がいい!」

 帰りの日。門の前で駄々をこねて泣いてしまった。私に抱きついている手を取る。

「また今度来た時も、一緒に遊んでくれますか?」

「え…?」

王子の方を見てから、私の方を見る。

「うん……遊ぶ……お兄ちゃんも一緒に遊ぶ」

「楽しみにしてますね」

「うん、お姉ちゃん、大好き……ばいばい」

「はい、お元気で」

最後にもう一度抱きしめる。馬車が見えなくなるまで、手を振った。


「行っちゃいましたね……」

「昨日から、ずっと面倒見てくれて本当にありがとう」

「いえ、楽しかったです。あと、あの、これ……」

「え、ああ」

庭でつけられた、王子の指輪を返すと、王子は気恥ずかしそうに笑った。

「……」

「……」

「ごめん、子供相手に……」

「い、いえ……」

なぜか顔が火照る。

「……ね、俺も甘えていい?」

「へっ…!?」

「だめ?」

「え、えっと……??」

上目遣いで言われて、頭がこんがらがる。甘えるって、具体的に何をどう……??

「いい、ですけど……?」

「やった!」

無邪気に子供のように笑って、

「ふふ、今日からまた、独り占めだ!」

なんて言うので、私は余計に混乱するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る