第14話 私の王子は純粋です

 眠りにつこうと寝返りをうつのに、眠らなきゃと考えれば考えるほど、なかなか眠れない。明日は王子の部屋で朝食を食べると約束しているから、早く起きないといけないのに……



 約束の時間になんとか飛び起きた私は、寝ぼけたまま王子の部屋の扉を叩いた。

「……おはようございます、王子」

「おはよう。凄く眠そうだけど大丈夫……?」

「………大丈夫です」

「昨日の夜、寝られなかった?」

静かにコクリと頷く。

「夜眠れなかったなら、もう少し寝てても良かったのに。ごめん、約束しちゃってたせいだよね」

「……いえ」

「とりあえず、ここに座って」

頷いてソファで王子の隣に座り、そこでまた半分夢の世界に行っていると、王子が私の頭を優しく撫でた。

「……可愛い。じい、お水持ってきて」

「かしこまりました、坊っちゃん」

「……」

「朝ごはん食べたら、少しは目が覚めるかもね、ふふ」

王子の言葉に、またコクリと頷いた。

「……」

「寝てるの?」

「……おきてます」



 朝食のおかげでだいぶ目が覚めて、昼頃まで庭で本を読んでいた。だが、一度昼食を挟むと、また眠れなかった分の眠気がやってきた。

「……」

追っていたはずの文章が、何度読み返しても頭に入らなくなる。ウトウトとして、目を閉じると、椅子に座ったまま眠ってしまった。



……あれ、ここは? 起き上がろうとすると、口にふにっ、と柔らかい感触がした。

「んっ!?」

「……?」

目を開けると、王子の部屋のソファの上で、毛布がかけられていた。目の前にいる王子は、驚いた顔をして、口を抑えている。指の隙間から見える頬も、耳も、とても赤い。

「ご、ごめん、覗き込んでただけだったんだけど、その、急に起き上がるとは思ってなかったというか……えっと……」

早口で声が裏返ってしまっている。

「……」

「……ごめん」

「……」

別に怒りなどしないのに、王子はしゅんとして言った。

「庭からここまで運んでくれたんですか?」

「あ、えっ!? 体を痛めそうだったから……」

「ありがとうございます、すみません」

「え、う、うん……」

「……」

「……ちょっと部屋に戻っ……あっ、 」

……ここが王子の部屋だ。

「ごめん、頭冷やしに行ってくるよ……」

そう言うと王子は部屋を飛び出し、バタン、と扉が閉まる音がした。王子の部屋に一人取り残される。

かけてもらった毛布を片手で握りしめ、唇に触ると、柔らかい感触が鮮明に思い出されて、思わず全身で毛布にくるまる。毛布から王子の匂いがすることに気づき、すぐにまたソファの上でもう一度起き上がった。

「……何やってるんだろう、私」

……思い返せば、昨日の夜眠れなかったのも、王子の言葉を夜に思い出してしまったからだった。





「……あ、目が覚めた?」

目を開けると、王子が私を見ていた。

「す、すみません王子、まさか王子の部屋で二度寝するなんて……」

ソファの上で慌てて起きあがる。

「戻ってきたら、また君が寝てたからびっくりしたよ」

「すみません……」

「謝んないでよ、俺からしたら役得なんだから」

ふふ、とまた王子が笑った。暫く沈黙が流れたあと、王子は打ち明けるように言った。

「……その、ごめんね」

「いえ、大丈夫ですよ」

「……」

沈黙が気まずい。

「……キスくらい、しても大丈夫ですよ」

「……えっ?」

「王子がいるから、私も母も、お城でこうして生活させていただいているので……」

「……」

王子が何も言わない。緊張で逸らしていた目を上に向けると、王子の顔が、近くまで来ていて、私は目を閉じた。

「……」

「……」





……いつまで待ってもキスをされない。

「……王子?」

思わず呼びかけて目を開けると、王子は少し微笑んで言った。

「……やっぱり、やめた」

「え?」

「お返ししようとか、考えないでいい。君がこうして、ここにいてくれるだけで、俺も、じい達も嬉しいから」

「あ、はい……」

「それに…」

「……」

「こんな風にキスをしても、俺は……苦しい」

「苦しい……?」

首を傾けると、また王子は、少し悲しそうに笑った。

「虚しくなっちゃうくらい、君が、好きだから……でもいつか、ちゃんとお返しじゃないキスはしたい、事故とかじゃなくてね」

「……」





「……王子は純粋すぎる」

深夜。昼に王子に言われたことを思い出して、不思議と未練たらしいような声が出る。


『だから、その時まで……おあずけ、だね』


「おあずけ……」

無意識に、指で自分の唇を撫でる。

……やっぱり、今日の夜も眠れなさそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る