第11話 私の王子は優しいです

「……一人で来るとか」

「少しお話しませんか?」

「……誰がお前なんかと」

 王子の影がないことを確認すると、お兄様はまた粗暴な口振りで私を出迎えた。だが、前のような元気がない。

「話すこともねーだろ、お前、庶民のくせに」

「……父親や、弟の愚痴があるんじゃないですか」

彼は途端、目を丸くした。

「……」

「だから、話しましょうよ、町にでも行って」

「…………は?」




「このメニュー、オススメです」

「……」

「甘くて美味しいですよ」

「……じゃあそれで」

 久しぶりに町の活気づいた雰囲気を浴びて、私は懐かしい気持ちでいっぱいになっていた。

「……なぁ、なんで急に町で話そうとか言い出したんだよ。もしかして俺の城に来る気か?」

「違います。町だと、王子は来れないですよね」

「は?」

「だからです」

「……俺のこと好きなの?」

「ほ、ほんっとうに、なんでそうなるんですか?? 初めて会った時も変なこと言って……違います、王子がいる場所で王子の愚痴はしづらいと思って……」

「……意味わかんねー」

それより、さっきから料理が来てもなかなか手を付けないのが気になる。こんなに美味しそうな料理が並んでいるのに……どうしてだろうか?

「あ、お腹が空いてないんですか?」

「……ちげーよ、庶民の飯なんか食いたくねえだけだ」

「え、こんなに美味しいのに……」

「お、お前! 俺の顔見ながらチキン頬張るなよ!」

「だって、これ最高に……あつっ、美味しいですよ、意地張ってないで食べてみたらどうですか」

「……俺はシェフの料理しか食わねえ」

「……ここの料理屋のシェフが作ってますよ?」

「いやわかるだろ!俺の城のシェフだよ!お前ら揃って天然なのか……?」

「私は絶対、王子ほどじゃないです」

「あっ、そう……」

私が静かにお兄様の顔を見つめつつチキンを頬張っていると、グルル……とお兄様のお腹から音がした。

「美味しいですよ、ほら、騙されたと思って」

「絶対食わねえ!」

グルル……とまた音がする。

「鶏肉の皮が丁度いい加減に炙られてて、中も甘く煮詰めてあって、それでいて脂が詰まっててジューシーで……」

「おい、なんで急に食レポ始めるんだよ!」

「だって……」

グルル…

「……ああ、もうわかった! 不味かったらお前の口に無理矢理詰め込むからな!!」

「え、ええ……?」

そう言うと、お兄様は控えめにチキンにかじりついた。

「……」

「どうですか……?」

「……悪くない」

「ふふ、やっぱり」

「おい、あんまりからかうなよ……」

「だって、すみません、面白くて」

「……そうかよ」



「……俺の父親な。貴族の中では、そんなに悪くない地位なんだよ」

「……」

「でもお前の王子サマ、あいつの父親は、貴族のトップどころか国王。俺の父さんは美人の母さん取られたのが悔しいからって、いつか俺があいつを超えられるって、幻想見てんだよ」

「……」

「……そんで、やっと近づいて箱を開けてみりゃ、父さんがいやってほど固執した王子は、頭お花畑のバカじゃねーか」

「……なるほど」

「ふん、お前に分かるかよ。庶民のお前に、あんなに自分の人生が馬鹿らしくなったことなんてないだろ」

「すみません……続けてください」

「……適当にあしらってたのに、ほら、あいつ寂しがりだろ。子供の時は何度もまた来てほしいって手紙出してきやがって……」

「……」

「なのに、父さんにムカついたからお前にあたったら、今度は俺のこと目の敵みたいに言われるし。なーにがこの子に手を出したら弟やめますだ、何度も会いに行ってやったのは俺だろうが、あのクソ野郎!!!」

「そ、そうですか……」

想像以上に口が悪くて少しびっくりする。小さい店に来て正解だった。

「あの、すみませんでした……」

「あ?」

「ひっ……こ、子供の時からずっとそうなんですか?」

「そうだって言ってんだろ。なんでわかんねえの? 話聞いてたか? バカなのか?」

「いや、大変だなと……」

「あのバカ、バカだから虐めても未だに交流続けやがって、それがお前が来た途端、やっともう寂しくねえからって……」

「ま、まぁ、確かにそういうことはあるかもしれないですね……」

「まぁでも、やっと嫌われたんなら気が楽か、あーせいせいした! もう俺の弟じゃねえってさ!!」

「……でも、王子は怒ってるだけで、まだ貴方のことを嫌いにはなってないと思いますよ」

「……な、なんでそう思うんだよ」

「泣いてました、貴方のこと嫌いになりたくないーって」

お兄様はそう聞くと、ひどく動揺したのを隠して、またチキンを一口かじった。

「……あそこまでしたのに、俺のこと嫌いになんねーの?」

「……そんなの、私に聞かれても。優しいなとは思いましたけど」

「……」

「……嬉し泣きですか」

「泣いてねえよ! 呆れてるんだ、あのバカ……」

「まぁ彼、怯えてはいますけどね……」

嬉しいとは口に出さない、というか出せないのだろうけれど、明らかに彼の声のトーンが上がった。次の言葉を待ちながらまたチキンを頬張っていると、お兄様は私を見たあと、少し目線を逸らして言った。

「……やっぱりお前、本気で俺の城来いよ」

「嫌です……」

「キスしないから大丈夫だって、愚痴聞いて、そこにいればいいから」

「むしゃくしゃしたらしてきそうだから嫌です」

「……可愛くねー女」

「すみません……」



 店を出ると、明らかに王子の顔の、フードを被った青年が後ろから私たちを尾行している。

「……お前、騙したな?」

「騙してません、勝手に来たみたいです」

「また変なこと言われんぞ、これ」

「どうして?」

「お前がいるからに決まってんだろ!」

王子に聞かれないよう小声で話していると、王子がバレないようにこちらに近づいてきた。

「……おい、どうすんだこれ」




 王子が隠れている看板の裏に駆け寄ると、王子は心配した声を出した。

「……!! 大丈夫? 無事? 兄さんに何か言われた?」

「王子、変装バレバレですよ」

「えっ」

「……疑わなくても、俺は何もしていないし、この子に手も出してない。ただ話していただけだよ」

そう言って、後ろからお兄様が顔を出した。本当は猫被りが激しすぎると叫びたい。

「……えっと、兄さんと何か話してたの?」

「え? ああ、まぁ……」

「兄さん、いくら兄さんだからって……」

「……はぁ、どうやら相当疑われたままらしいな。おい、何とかしてくれ」

板挟みにあい、通行人の目も引いている。

「え、ええと、一旦ここだと目立つので、お城に戻りませんか?」

そう言うと、お兄様はすっ、と距離をとった。

「いや、もう俺は帰るよ、王子が怒ってるみたいだし」

「……」

「また話そう、楽しかったよ。王子も、体調崩すなよ」

「……? ありがとう」

「お、お元気で……」

そう言うと、猫を被ったお兄様は颯爽と去っていった。

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