第10話 私の王子はデレデレです
ドライフラワーになったお花は、自室の風通しのいい場所に置いてある。
「やっぱり凄く可愛い…‥」
「……」
王子の直接的な愛の言葉には、未だに慣れない。というか、いつまでも慣れそうにない。庭の中心にある白いベンチに二人で座ってから、ずっと嬉しそうに私を褒めては、はにかんだ笑顔を見せている。
「他のは、確かにちょっと背伸びしてたかもだけど、その髪飾りは、本当に君に似合うなって思ったから、思わず買っちゃったものなんだ。花束も、俺が君のこと考えながら選んだ花で作ったし……」
「……そうなんですか」
「うん、ふふ、可愛い……」
「……可愛いって言いすぎですよ」
流石にそろそろ熱くなってきた。もう褒めるのをやめてもいい頃だと思う。
「え、でも、うーん……」
すると王子は、腕を組んで何か考え出した。
「こういうの、なんて言い換えたらいいんだろう。愛らしいとか、可憐とか?」
違う、私が言いたいのはそうじゃない……!
「お花みたいで可愛いとか……あっ、可愛いって言っちゃった」
「……」
「……キュート? プリティー?」
それはもう英語にしただけ……
「……」
「もう可愛いって言うの許してよ、思いつかないし」
「もう、いいです、許します……」
「ほんと? よかった!」
こんなに甘い会話、町では誰ともしたことなかった……というか、小さな町だったから同世代の子も全然いなかったし……いや、前はいたんだっけ?
「ん? どうしたの?」
「いえ、なんでも……」
ふと、王子の髪が目にとまった。
「今日は天気がいいね……鳥も鳴いてるし」
「そうですね、穏やかで……」
「……俺の弟は随分デレデレなんだな、まあ好きな人相手なんだから当然か」
似ているけれど、明らかに違う声が後ろから聞こえる。まさかと振り返ると、例のお兄様が当たり前のように立っていた。
「い、いつからそこにいたんですか……!?」
「……どうして事前に、来ることを伝えてくださらないんですか、兄さん」
立ち上がって、ベンチ越しに向き合う。王子が私を守るように手で遮った。
穏やかだったはずの空気がピリつく。鳥も異様な雰囲気に騒ぎ出した。
「……少し挨拶をしにきたんだ、連絡をよこさずに来て悪いな。君の給仕達にはサプライズだから言うなと念を押しておいたから……知らなかっただろう、驚いたか?」
「おもてなしの準備もできてないし、今は俺たちの時間なのですが……」
お兄様はニコニコとしているが、それが貼り付けた笑顔だということはもう知っている。
「そちらのお嬢さん、やっぱり君が噂に聞いた初恋の君だったんだね?」
「え……?」
「……」
「……前も軽く挨拶したじゃないか、ほら、帰りに出くわして」
「あー、あれは……」
「……」
「今日も凄く綺麗だ、もし王子が嫌になったら、いつでも俺を選んでいいよ、なんてね」
それを聞いた途端、突然、黙っていたはずの王子が私の手を引っ張った。
「行こう」
「いいんですか……?」
「あれ、悪いね。少し煽っただけのつもりだったのに、今ので焼いたのか? 仕事に忙しくて恋の余裕もないなんて、兄さんはカッコ悪いと思うな」
純粋な王子に、そんなことを言う人がいるんだ、という不思議な驚きがあった。こうやって責めて、自分は悪くないという顔をして……王子は今まで、この男にどんなことを言われてきたのだろうか……自信のなさは、こういう所から来ているのだろうか?
「……俺にも紹介しろよ、小さい時から仲良くしてた、仮にも兄なんだからさ?」
すると、王子が立ち止まった。
「……前、この子になんて言ったの」
「え?」
「なんて言ったかって聞いてるんだ」
今まで聞いたことがない、低い声。
「……そりゃあ、王子のことが好きなの?って聞いたんだよ、まぁその時は好きって言わなかったけどな」
「……そんなのはいい、他にはなんて言ったの」
「え、他? もう覚えてないよ、」
「……嘘だ」
「嘘? 俺が? つくわけないだろ、大体、どうして嘘なんかつくんだよ」
「この子に聞くからもういい、悪いけど今日は帰って」
「いや、まだ来たばかりだけど」
「……たとえ兄さんであっても、もしこの子に何か言ったら、俺は弟をやめます!」
「……」
「行こう」
「……え、あ、はい……」
後ろを振り返ると、なぜか彼は、少し悲しそうに見えた。
「……王子、大丈夫ですか?」
「……ごめん、俺…」
部屋に着くと、座って下を向いたまま、動かなくなった。下から王子を見上げると、その目は涙で濡れていた。
「……あれでも、大切な兄なんだ、俺には……」
絞り出すように出された切ない声を出して、静かに泣いている。
「……」
「……でも、君がいるから、ちゃんとしなきゃ」
それでも、まだ恐れが拭いきれていないように見えた。握ったその手は濡れていた。
「何があったのか、俺に話して」
「……話せませんよ」
「どうして……?」
言い表せない気持ちでいっぱいになって、今度は私が立ち上がって、王子を見た。
「……だって、王子はお兄様のこと、嫌いになりきれてないと思います」
「そんなこと、ない」
「あります」
「でも、君に酷いことをしたんじゃないのか」
声が震えている。まだ少し潤んでいる目で、私を見上げる王子は、やっぱり怯えていた。
「私のことはいいんです。それに、そこまで酷いことをされたわけではない、と思います。恐らくは」
「そうなの……?」
「はい、大丈夫です、実際何もされてませんし」
思い返せば、城に来いと言われて、キスをされそうになったくらいで……とは流石に言えない。
「……でも、君に何かあったら、俺、」
「……一度、彼と二人で話してみていいですか」
「だ、だめに決まってるでしょ!?」
「大丈夫です、ちゃんと何かあったら逃げますから」
「逃げ…!? 確かに君は足が速いけどさ!」
昔から、私は逃げ足にはかなり自信がある。
「兄さんはちょっと、なんていうか、言い方に棘があるし、君に酷いことを言うかも……」
やっぱり酷いことは言っていたのか、純粋な王子になんてことを。
「王子、私なら多分大丈夫ですから、任せてください」
「やだ、行かないで、ここにいて……」
「いえ、王子は待っててください」
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