第9話 私の王子はかっこいいです
その日は、朝から王子の様子が変だった。
「ねえ、ちょっと待って」
「はい」
朝食を王子の部屋で食べ終わり、自室まで戻ろうとすると、王子に呼び止められた。
「一緒に行ってもいい?」
「……あの、自室に戻るだけ、ですが……?」
「お部屋の前まで、だけ……」
「……いいですよ」
「いい? ふふ、やった!」
正午くらい。自室でくつろいでいると、扉を叩く音がした。
「……ねえ、ちょっといい?」
「……はい」
王子の声がして扉を開けると、なぜか綺麗な花束を持っている。
「どうしたんですか、これ」
「俺が作ってみた花束……君に受け取って欲しくて」
「あ、ありがとうございます……綺麗ですね、嬉しいです」
「ほんと? 良かった……」
お昼、お庭の方に行くと、王子が何か本を読んでいた。話しかけてほしそうにチラチラとこちらを見ている。
「な、なにしてるんですか?」
「……勉強してる」
「勉強……?」
見ると、確かに近代政治学基礎……?と題名が書かれている。
「難しそうな本ですね」
「そ、そう? やっぱり?」
「はい……」
「ふふ、そうかな」
なぜかやたらと嬉しそうにしている。まさか私に読んでいるところを見せたかっただけなんじゃ……いや、そんなまさか……
夜、いつものように長いテーブルを囲んで夕食を食べていると、王子が声をかけてきた。
「もっと食べたいのとか、ある? どれ好き?」
「え? えっと……このお肉がおいしかったです……」
「これ、いる?」
「え、いやでも、王子の分ですよね?」
「いいよ、君が食べてくれた方が嬉しいから」
「え、ええ……」
「食べて食べて」
「……えー、えっと、じゃあこの半分だけ……」
……何かがおかしい。いや、別にそこまでおかしくはないのだけれど…
もう暗く、星空が見える廊下で、偶然居合わせたじいを呼び止める。
「じい、今日の朝、何か王子と話しました?」
「いえ、どうなされました?」
「……王子が、いろいろと手を焼いてくるんです」
「いろいろと」
「はい、ありがたいとは思うのですが」
「はぁ……確かに、お食事の時、お肉を譲られていたのには驚きました。坊っちゃんは小さい頃からお肉が大好きでして……ふふふ」
「そ、そうですか……」
貰うのは一口にしておけば良かった……!
「まぁでも、坊っちゃんのお嬢様への愛情を考えたら……別に不思議なことではないかもしれませんが」
「え、そう、そうなんですか……?」
「そういえば、昨日はご友人と会われていましたね、よくその方とは恋バナをしている仲ですので、何か言われたのかもしれません」
「ああ、恐らく、それですね」
「それですか……」
「はい、教えてくれてありがとうございます」
「……ああ、坊っちゃんも必死なのですねぇ……でもどうしてお気になさるんですか? 少々やり過ぎでしょうか…坊っちゃん、空回りしちゃってますかね……?」
「あ、いえ……ただ、無理しないでほしい、といいますか、そのままの王子で居てほしい、というか……」
「……」
「じい……?」
急に黙られて困惑していると、じいは突然叫んだ。
「失礼をお詫び致します。じい、たいっっっへん、感激いたしました!!!!!」
じいは白いハンカチーフで涙を拭う。すると後ろからメイド達の拍手と歓声。毎回どこから盗み聞いているのやら……
「お嬢様はなんて心優しく素敵なお方なのでしょうか……ぜひ直接、直接!!!!坊っちゃんにお伝え下さいね、直接ですよ!!!」
「え、ええと……」
戸惑っている間にも、「そうですわ!直接ですわよ!」「そうよ!素敵よお嬢様〜!」と後ろから声がする。このお城はどうしてこんなに騒がしいメイド達がいっぱいいるのか……
「あれ、皆どうしたの?」
「はっ、坊っちゃん!!!」
「えっ!?」
「あ、丁度いい所に! 今日のお昼に、君に似合いそうな髪飾りを買ってみたんだけど……」
じいは横で、なるほどそういうことか〜と納得している。どうやら私が言ったことが伝わったようだ。貰った髪飾りは、綺麗な宝石に細工がされていて、リボンのような形をしていた。とても可愛い。
「王子、ありがとうございます、嬉しいです、凄く可愛いですね、これ……」
髪飾りをもらって髪につけると、王子はにこやかに笑った。
「うん、可愛い……」
「坊っちゃん、お嬢様が王子にお伝えしたい事があるそうで……」
「えっ……えっ!?」
「あの、じい、その言い方はかなり誤解を生むんじゃ……!!」
案の定、王子はすぐに顔を赤くした。後ろを振り返ると、メイド達といつの間に移動したじいが固唾を飲んで見守っている。
「……えっと、」
「ど、どうしたの……? 伝えたいことって……」
「そんな大袈裟なものでは、えっと……」
助けを求めて振り返っても、頑張れ〜と応援するばかりで助けてくれない。
「え〜、えっと…‥」
「うん……」
「そのま、まの……」
「うん……?」
「……やっぱり無理です!!」
「え、ええ!?」
そうして、耐えられなくなった私は、恥ずかしくてその場から走り去ってしまった。自室に逃げ込んでから、完全に誤解されたままなことに気がついて、王子の部屋までの道を逆戻りした。
こんなに綺麗なお城なのに、何回私はここを走り回らなければいけないんだろう……。道中、廊下の端でじい達が揃って土下座をしていた気がしたが、とにかく気にせず急いで王子の元に向かう。息を切らしながら、王子の部屋の扉を叩く。
「……王子、違うんです!!開けてください!」
「……今、ちょっと顔を見せられないから、明日にしてくれないかな……」
いつものように部屋の扉を開けてくれない。中から震えている声が聞こえる。声は抑えているけれど、壁に耳を立てると、やっぱり泣いている声がする。
「違うんです!! 完全な誤解です!」
「誤解……? グスッ」
「王子、無理じゃないです! 全然!」
「で、でも、やっぱり無理って言ったじゃん……」
「違うんです! あれはその、恥ずかしくて……」
「……俺、振られたんじゃないの?」
扉の方に声が近づいてきた。扉越しに王子の声を聞く。
「……今日、いろいろしてくださいましたよね」
「ああ、あれは……親友が……」
「……そのままの王子でいいって言いたかっただけなんです」
「……」
「プレゼントは凄く嬉しかったです、でも、そのままの王子でいいんです、本当は食べたいなら、自分のお肉は自分で食べてください!!」
「え、お肉……?」
「はい!!」
さっき貰った髪飾りを握りしめて、王子に扉越しに話しかける。
「なんか、情けないな、俺……女々しいばっかりだよな……」
「いえ、気持ちは嬉しいんです!! 髪飾りもお花も、一生大切にします……!」
「お花は一生は無理だと思うけど……」
「いや、それは、えっと……ドライフラワーにします!」
「ふふ、なにそれ」
中からやっと笑い声がして、胸を撫でおろす。
「……! 笑ってくれました?」
「うん……でも、今は顔ぐしょぐしょだから……会うのは明日にして……」
「……気にしないですけど」
「俺が気にするから……」
「……わかりました」
……まだ立ち去るには名残惜しくて、王子の次の言葉を、扉にもたれて待つ。
「……明日、また朝ご飯食べようよ。もう無理しないし、変にカッコつけたりしないし、お肉も自分で食べるからさ」
「はい、朝一番に行きます」
「……待ってるね」
「……はい」
やっぱり開けてくれないだろうかと扉を振り返ってから、明日の朝のために自室への道を戻る。手の中にある髪飾りを見て、微笑む。王子の本当にかっこいいところは、こうして私のことを想ってくれる所じゃないだろうか。本人にはまだ言わないでおくけれど。
「えっ、じい、今日の朝ご飯、どうしてこんなに? 二人で食べるって言ったから……?」
ソファの前の大量の料理に驚いて、王子がじいに聞く。私も隣に座って、静かに驚いていた。普段は机に収まっているのに、全部置けず今日は隣にもう一つミニテーブルが足されている。それとなんとなく、お肉の比率がいつもより多いような……。
「あの、じい……気にしないでください……」
「いえ……本当に……申し訳ございませんでした……!!!」
部屋の外からメイド達の「およよ……」という嘘泣きのような声が聞こえる。
「じい、お願いですから顔を上げてください……」
「……あ、ねえ。お肉、これなら俺が食べても、君も沢山食べれるね、ふふ」
「あ、そ、そうですね!」
私がじいのお辞儀を止めようと必死になっている間にも、嬉しそうに王子が話しかけてくる。
「あれ、食べないの?」
「食べます!」
じいがやっと顔を上げてくれたので、二人で美味しい料理に手を付けはじめた。
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