第8話 私の王子は朝が弱いです

「こ、怖かった……」

 王子は私が息を落ち着かせるのを待ってくれた。

「だ、大丈夫?」

「大丈夫です……」

「ええ、ええと……ほら、こっち。どうしたの?」

 以前、二人で座ったソファに座らされる。前は私が王子のことを慰めていたのに、これじゃ逆だ。

「……お兄様が、」

「兄さんが……? 何か君にしたの?」

「……何もされてはいませんが……王子は大丈夫なんですか?」

「え、俺?」

「暴言とか、吐かれてませんか?」

「え、別に?! どうして?」

「いえ……」

こりゃ相当深い猫かぶりなようだ。二面性がありすぎる!

「あのお兄様がいらっしゃる時は、王子の部屋に来てもいいですか?」

「……良いけど、何か言われたの?」

「……いえ、大丈夫、大丈夫です…」

「……ほんとに?」

「実際、何もされてないので」

「そう……」

王子はまだ心配している。王子がお兄様が怖いと思っているのは、暴言を吐かれるからとかではなく、どうやら何かを察知しているからだったようだ。いや、優しい口調でいびられているとか……?

 静まった部屋で二人。沈黙が続いている。唐突に来たせいか、電気もついていない状態で、彼は言葉を選んでいるようだった。

「……昔は、そんな素振りなかったのにな……」

「お兄様ですか?」

「うん、俺のこと大切にしてくれてたし、子供の時はよく遊んでたんだ。でも、俺が王子になってからは、ちょっとあたりが厳しくて……」

そういえば、そんなようなことを彼も言っていた。あの感じは、ちょっとどころではないような気もする。

「……本当に、何もされてない?」

「されてないです、本当に」

「なら、いいんだけど。君に何かあったら……俺も、あんな風になっちゃうのかな……」

「え……?」

唐突に不穏な空気が流れる。私が何か言ったら……。背筋に冷たいものが走った。

「……いなくならないでね」

ソファで控えめに寄ってきて、王子が子供のように呟く。

「な、ならないです」

「……俺のこと、見捨てないで」

「見捨てませんよ、どうして見捨てるんですか」

「うん……」

さりげなく、手を重ねられる。

「……あと、俺のこと、早く好きになって」

囁くように言われた後、重ねていた手を軽く握られて、動けなくなる。

「……」

「……ごめん、嫌だった?」

「嫌ではない、ですけど……」

「良かった……」

暫く手を繋いだまま、何も喋らないまま二人で過ごす時間が、とても穏やかだった。



「じい、お兄様は……?」

「もうとっくに帰られましたが、いかがなさいました?」

「そう、ですか……」

 若干怯えながらあたりを見回しつつじいに話しかけると、じいは首を傾げて言った。

「それはそうと、王子の部屋で何をなされていたんですか?? お夕食の時間まで出てこられなかったので……」

「いや、その……」

「……まあ? 無粋な詮索はやめましょう。じい、大変気になりますけれどもね、ええ」

「……お気になさらず……じい、おやすみなさい」

「ええ、おやすみなさいませ、お嬢様」

そう言ってお辞儀したあと、私は部屋に駆け込んで、布団を頭からもぐった。



 翌日。いろいろあって相当疲れたはずなのに、寝ると体力が戻るから不思議だ。フカフカベッドと美味しいご飯、恐るべし。廊下に出ると、王子が丁度通りかかった。

「……おはよう、よく眠れた?」

「……はい、王子は眠れましたか」

「うん、ぐっすりと……」

多分嘘だ。今も凄く眠そうに欠伸をしているし、なんなら小さめの隈もできている。あまり眠れなかったのだろう。そして私も嘘をついた。私も寝つきがとても悪かった。王子と手を繋いだことを思い出してなかなか寝付けず、気がついたらベッドの上でかなり時間が経っていて、慌てて寝たのだった。

「……」

「……」

「朝ごはん、一緒に食べない?」

「えっ、朝食ですか……?」

「うん、俺も君も、いつも自室で食べてるでしょ。お昼と夕飯は一緒だけど……嫌ならいいよ、無理しないでも……」

「あ、いえ、食べます。食事を持ってそっちに行きますから待っててください」

「うん……じゃあまた……」

まだ少し、いや、かなり寝ぼけていそうな王子が、ポヤポヤとした顔で自室に戻る。もしかして、わざわざ自分で誘いに来たのだろうか……?

 自室に戻って着替えてから、自分の食事を持って王子の部屋に行こうとすると「あれ、お嬢様!?わたくしが持ちます!!!持たせてください!!!」と例の大げさなメイドが慌ててやってきて、食事を部屋まで運んでくれた。

「王子と一緒に食べるんですか…??」

「ええ……はい……」

「……私、一生この日を忘れませんわ」

「なんでそんなに大袈裟におっしゃるのか……」

「大袈裟にもなりますわ…!!お嬢様……王子と朝まで一緒にお食事をされるなんて……わたくし涙が出そうですわ……!!」

「はぁ……」

「では、わたくしはこの辺りでお暇しますね、王子とごゆっくり!! うふふっ、おほほっ」

「ありがとうございます……」


 扉を開けると、まだ眠そうな王子が待っていた。

「あ、じい、今日は……」

「ああ、わかっております。ごゆっくりなさってください、ふふふー!!」

ここの給仕は皆こんな感じになのだろうか……じいは「では!」と部屋を出た。

「ねえ、ほら、こっち」

「はい……」

大きい机で食べるのかと思いきや、彼が待っていたのは、すでに何度も座ったことのあるソファだった。

「まだ、眠いんですか?」

「……実は結構眠い。昨日、すぐに寝付けなくて……」

「そうでしたか……」

「あと、普段から朝弱いんだよね、俺」

テーブルに置かれた、バターが丁寧に塗られたトーストや、たまごペーストなんかを食べて味に感動していると、王子が私を見て笑った。

「……ふふ、口についてる」

「え、あ、すみません……とれました?」

「ううん、まだだよ、逆の方」

「……とれました?」

「ふふ、惜しいな。触ってもいい?」

「はい……」

そう言うと、王子は近づいてきて、食べかすを取った。

「はい、取れた」

「ありがとうございます……」

「……ふふ、君と一緒に食べると、凄く美味しい」

「はい……」

元々、ここの料理は絶品で、豪華でこんなに美味しいご飯を毎日食べるのにも、少し慣れてきたことが怖いくらいだ。うん、このスープも凄く美味しい。

「……また二人で食べない?」

「いいですよ」

「ほんとに? やった!!」

無邪気に喜ぶ彼が眩しい。私も大概王子に甘い。こう笑顔を向けられると抗えない。メイドさん達やじいが甘やかしてしまう気持ちも分かる。

「……寝癖、前とおんなじとこについてるよ、ふふ」

「え、寝癖……ついてますか!?」

「あは、やっぱり気づいてなかった?」

「は、早く仰ってください……」

「ごめんごめん、つい可愛くて」

「……」

今度来る時は、鏡を見てから来ようと思った…。

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