第7話 私の王子は闇堕ち?です

 闇堕ち。それは、私が好きだった本にあった言葉。天使が堕天したり、騎士が母国を裏切ったり。ここ数日の王子の様子も、まるで闇堕ちしたみたいに、元気がないように見える……



「最近の坊っちゃんの様子について、何かご存知のことはございませんか?」

「いえ……」

「そうですか……まぁそういう時期もありますからね、機会がありましたら、何かお話してあげてください」

「はい……」

 近頃、王子はまた部屋にこもってしまっている。じいの言う通り、すぐまた元気になるといいのだが……少し心配になる。

 例のようにまたメイド達と話すと、部屋に入ることを勧められた。王子の部屋にノックをして、優しく声を出す。

「王子……入ってもよろしいですか?」

「……ん? あ、君か……入ってきていいよ」

「失礼します……」

「……うん、」

いつものようなオーラがない。隣に座って、王子に声を掛ける。

「……王子、具合でも悪いんですか?」

「……」

「王子……?」

「ん? ああ、えっと……ごめん、ボーッとしてて」

「どうなさったんですか?」

「この先に起こることを考えて、少し……気が落ち込んでるんだよ、でもそれだけだから、平気、大丈夫」

「……大丈夫じゃないと思いますけど」

本当に元気がない。

「何が起きるんですか?」

「……」

「嵐……」

「え……?」

「みたいな人が来る」

「嵐……?」

その時、じいが王子の部屋の扉を、バーンと開け放った。

「大変です坊っちゃん、兄上がいらっしゃいました!」



「……やあ。元気にしてた?」

「兄さん……来てくれて、嬉しいです……」

 全然嬉しくなさそうに王子が言う。

「近くに来たのだから、大事な弟の所に顔を出すのは当然だろう?」

「そ、そうですよね。すみません。今案内させるから……じ、んぐっ」

じいを呼ぼうとした王子の口を手で塞いで、その兄は言った。

「要らないよ。それより、早く話がしたいから。ほら、連れていけよ」

「はい……」

庭の方の窓の外側から、二人をこっそり見ていると、わかりやすく王子が怯えている。子鹿を見ているようだ。見た限りは、割と穏やかなお兄様だと思うのだけれど……話すと怖いとかそういうことなのだろうか。

「……ん?」

一瞬、お兄様が振り返って、慌てて隠れる。確かにおっかない……

「……まぁいいか、早く連れて行って」

「はい、こちらへ、どうぞ……」

王子が歩き出してから、もう一度向こうを見ようと恐る恐る顔を出すと、タイミングを間違えたのかお兄様とバッチリ目が合ってしまった。軽く微笑まれて、会釈する。雰囲気は王子に似ているけれど、お兄様の目には光がなかった。


「……」

 何を話したのかはわからないけれど、兄上の後から出てきた王子は、黙り込んで何か考えているようだった。

「じゃあ、これで」

「……うん、ありがとう」

「部屋に戻りなよ、俺は道、自分でわかるから」

「案内は……」

「必要ないって。じゃあ、お元気で」

「はい……」


 王子が部屋に戻るまで、お兄様は立ち止まったままだった。王子が扉を閉じると、ゆっくりと歩き始める。


……やっと帰るのかな、と思っていたけれど、進行方向をよく見ると、だんだんとこちらに向かってきている。まずいと慌てて逃げようとするも、近道を知っているのかうまく先回りされ、逃げ場をなくされていく。私も少しは慣れてきたとはいえ、このお城は広すぎる。……とうとうあまり人が来ない袋小路に追い詰められた。

「……そんなに逃げなくても」

「す、すみません」

「少し、二人で話をしよう」

「え、え!?」

「しっ、静かにして。ほら、ここに入って」

「いえ……あの……」

「入れ」

「はいっ……」

誰もいない部屋に入ると、突然、壁に追い詰められる。肘を顔の横に置かれて、真正面から指で顎を上げられた。

「……ほぉ、お前、そういう顔なの」

「ひっ、あの……」

さっきまでの雰囲気も口調も全然違う。狼のように睨みつけられ、片側から逃げようとすると、両肘を置かれ、どこにも逃げられなくなる。

「……え、えっと」

近すぎて、前が向けず、下を向こうとする。

「もっと顔見せろよ、初めて見たんだから」

「は、えっと……」

息も当たりそうなほどの近さに顔があり、どうしたらいいかわからなくなる。品定めするように見られて、助けを呼ぼうにも呼べない。

「た、たすけ……」

言い終わる前に、口を手で塞がれる。

「……確かにいい顔してんな。王子がずっとご執心の庶民の女ってのは、お前だろ」

「……」

「……気に食わねえな、好きな女も自分で選んで、こっちは政略結婚だの、なんだのってうるせえ父さんがいんのにさぁ……」

「……」

「……そうだ。お前とキスしたって言ったら、あいつどんな顔するだろうな? ふふ、ふふっ」

やめてと首を振ると、私の口を塞いでいた手を外して、彼は怒ったように私を睨みつけた。

「……や、やめてください、落ち着いて」

「……やめてください? 王子が好きなわけ? あんなののどこがいいの?」

「あの、と、とりあえず座って……」

「誤魔化すなよ、どこが好きなんだよ、言えよ」

「な、なんでそんなに王子のこと……」

「は……? わかんないの、わかんないか、庶民だもんな」

「え、ええと……?」

「俺はあいつに全部奪われた、あいつのせいで、俺は……」

急に大声を出して苦しそうな顔をすると、私の顔の横にドン、と拳を置いた。

「ひっ」

「……俺の城に来いよ」

「……へ!?」

「あいつから奪った女と暮らすのは最高に気分が良さそうだ。それにお前、顔は悪くねえしな?」

「え、ええと……」

「ふふっ、ふはは、あははは、怯えてるな。王子がそんなに好きか?」

「…………」

なんとか抵抗する気持ちを表すべく、彼を強く睨みつけると、少し笑って、無理に顔を近づけてきた。

「もういい、ほら、とりあえず目、閉じろよ……」

 そして彼が目を閉じた瞬間、私は下にしゃがんで、彼の腕の下をくぐり、部屋の扉を抜けて、ダッシュで廊下を走り抜けた。どこが安全かわからない、でもとりあえず、私は王子の部屋に走った。


扉を叩いて叫ぶ。

「……王子!! 中に入れてください!」

「えっ? な、なに、どうしたの?!」

「いいから早く!」 

扉が開いた瞬間に、部屋に飛び込む。

「ど、どうしたの、うわっ」

「わっ、きゃっ」

そのまま王子の腕の中に飛び込んでしまった。咄嗟に手を回してしまったのだろう。王子も自分でびっくりして、パッと手を離した。

「わっ、わわっ、ごめん!」

「いえ、すみません、私の方こそ……」

王子のいつもの気遣いに安心する。あの人はちょっと強引すぎる!

「そ、そんなことより、中に入れてください!!」

「え、あ、ど、どうぞ……?」

「失礼します!!」

「ど、どうしたの……?」

王子は後ろ手で鍵を閉めて、私に向き合った。

「王子が言ってた通りでした……」

「へ……?」

「……あんなの、嵐です!」


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