第6話 私の王子は天然です

「最近は、王子とはどうなの?」

「えっ、王子と?」

 お城の充実した生活を送りはじめた母親は、前よりも顔色がよくなったというか、肌もツルツルになったし、髪もサラサラになったように思う。母親の部屋で編んでいた、編み物の手を止める。

「どうなの? 素敵?」

「うーん、彼は優しいかな、かなり」

「ふふ、最高じゃない。 あとは? あとは?」

「あと? ……まぁ、なんていうか」





「じい、どうしたらもっと、こう、好きになってもらえるのか、なんか方法とか知らない?」

「じいはそのままの坊っちゃんが素敵だと思いますよ」

 廊下を歩いていたら、部屋の中から声が聞こえて、思わず聞き耳を立てた。紅茶の匂いがするから、きっとじいが美味しい紅茶を淹れているのだろう。

「はい。坊っちゃんは素敵なお方ですから」

「でもなんか、かっこいい所がイマイチ見せられていない、ような……」

「……前回は申し訳ありませんでしたね、すみません坊っちゃん」

「あ、いいんだ、あれは俺が悪いし……」

「そうですねぇ……もっと、自分に自信を持たれてみては?」

「自信?」

「はい、じいは坊っちゃんの素晴らしさを知っております、もっと世界に、坊っちゃんは素晴らしいお方だと叫びたいくらいですのに」

「別に、叫ばなくてもいいけど……」

「あと、坊っちゃんは美しいお顔をお持ちですから、そこら辺の女の子でしたらば、笑顔を向けただけでバキューンっと胸を撃ち抜けますよ、ええ」

「バキューン……? 笑顔で?」

「そうですバキューンです、バキューンと」

「あ、そういうこと? わかったかも!」

「……じいはその感じ、なんだかわかってない気がします、長年執事を勤めてきたじいの勘ですが……」

「え? 違うの?」

「まあいいでしょう、ともかく、王子はそのままで最高ですから、安心なされて良いかと。よっ、王子、世界一!」

「う、うん、まぁ頑張ってみるよ」

「その調子です! 王子ならお嬢様のハートをぐわっと掴めますよ!」

「ぐわっと……?」

「はい、もうぐわっと!」

 部屋からじいが出てきそうな気配がして、慌ててその場を離れる。じいが鼻歌を歌いながら歩いていったので、私は少し王子の部屋を覗いてみた。

「あ、いいところに! こっち、入ってきて!」

「……失礼します。じいがかなりご機嫌でしたが、何か話されていたんですか?」

「ちょっとね、ふふ。恋バナ、ってやつ?」

「なるほど……?」

と言うと、近くに座った私を狙って、突然手を銃の形にして、「バキューン」と小声で言ってドヤ顔をしたので、思わず吹き出しそうになった。

「どう?」

「ど、どうって、何がですか」

笑いを堪えて声が震える。

「お、笑ってくれた。これは成功かな?」

「いや、そういう訳では、無いと思いますが、」

「え、そうなの? 難しいな……」

「ふふ、ご、ごめんなさい」

「あれ、すっごく笑ってる。可愛い。ね、もっかいやってみていい?」

「いや、もう、大丈夫です、ふふっ」

「そう? ふふ。これ、面白い?」

「はい、すみません笑っちゃって、ふふ」

「ううん。……バキューン」

「ふっ、待ってください、ふふっ」

笑いに耐えられなくて笑うと、王子も私を見て楽しそうにする。変なツボに入って爆笑する私と、バキューンとポーズを決めてしきりに言っている王子を見て、戻ってきたじいは状況を理解して少し達観した顔をしたあと、楽しそうな王子を見て笑った。



「……ふふっ」

「何〜? 思い出し笑い?」

「ううん、何でもない、ふふっ」

「楽しそう、お母さんに話してくれてもいいのに」

「ほ、ほんとに何でもないの!……おやすみ、お母さん」

「おやすみ、今度その話してね?」

「え〜? ふふっ」

 あれ以来、たまに遠くから目が合うと、バキューンと打って、打たれて、お互いに笑い合うのは、私と王子しか知らないことだ。

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