第5話 私の王子はおバカです

 王子であっても、怖いものもあれば、時にはやらかすことだってあるらしい。


 かなりの人数が出払って、王子が交流会に出かけた。お城で過ごすのにも慣れない。窓から王子の馬車が出ていくのを見た後、お庭の薔薇を見て感心したり、朝ご飯を食べたりする。窓から住んでいた小さな町の方を眺めてぼんやりと過ごしていると、後ろから声をかけられた。

「お嬢様?」

「うわぁっ」

「驚かせてしまいましたか」

「えっ、じいはどうしてここにいらっしゃるのですか!?」

まさか、じいは分身もできるのだろうか、今、王子一行は出かけているのに……

「お嬢様と一緒でお留守番ですよ、誰かが城を守っておかねばなりませんから、ええ」

「そ、そういうことでしたか……」

「どうです? 坊っちゃんとは、うまくいっておりますか? お部屋で何を話されていたのか、メイド達がしきりに噂しておりますけれども」

「あ、あれは……」

「ああ良いです言わなくて。想像できた方が楽しいですからね、ふっふふふ、ふふふ」

「笑い方が怖いですよ……」

「それはそうと。お嬢様、王子が気になりますか?」

「ええ、まぁ……」

「ふっふふふふ、ふふ! ふふ」

「怖いです……笑い方が……」

「ああ、失礼、わたくし、お嬢様がお迎えに行かれてはどうかと思いましてね?」

「お迎え、ですか?」

「交流会後は大変お疲れかと思いますから、貴方に会えば、王子も癒されるのではないかと」

「そうですか……」

確かに、私の言葉で奮起してくださった訳だし、何かした方がいいかもしれない。

「でも、行き方が分からないのですが……」

「いやだぁ、そんなのじいが手配しますよぅ、ふふふ! お嬢様は馬車に乗ってお迎えして、王子が乗ってきたら抱きしめ……ゴホッ、お疲れ様と言っていただくだけで、十ニ分でございます、ええ」

「そ、それならまぁ……」

「時間になりましたらお声がけしますから、それまでお待ちくださいますか?」

「……わかりました、お願いします」

「ありがたいお言葉です。では、失礼します」

 馬車に乗るのは初めてだけれど、大丈夫だろうか。何もないといいのだけれど……




「大変です……お嬢様……」

 先程出会ったときは楽しそうだったのに、随分やつれた顔のじいが声をかけてきた。

「ど、どうしたんですか!? 王子に何か?」

「いえ、無事でございます。そうではありません、その、大変言いにくいのですが……」

「はい……」

「簡単に言いますと、王子が忘れ物をしまして、それが、めちゃくちゃだいっじな許可証なのです、はぁ、あんなに忘れてはなりませんと言いましたのに……」

「……」

「で、お嬢様の為に手配した馬車じゃないと、間に合わないのですね」

「……ああ、」

「お嬢様からお渡しいただくことはできませんでしょうか……? どうかこの通りです…!!」

じいが深々と頭を下げてくる。ポカーンとしているうちに、じいが手にその見るからに大事そうな許可証を握らせてきた。

「お願いいたします!」

「こ、こんなに大切そうなものを私が」

「はい!」

私のような、ただのちっぱけな町出身の娘にそんな責任重大なことを任せていいのだろうか。だが断ろうにも断れない。私から渡すだけなら、まぁ……

「……わかりました」

「ありがとうございます!!」

またメイド達の拍手と、「お嬢様素敵〜!」「お嬢様最高〜!」といった歓声が後ろから聞こえてきた。

「というわけで出発なさってください、少々予定より早くなりましたが……ささ、こちらです」

「は、はい……」



 そんな訳で、初めて馬車に乗っている。外の景色が早いスピードで流れていくのが新鮮で、ちょっと楽しい。じいからの手紙と許可証?を持って、王子のいる隣国まで行かねばならない。見た所、馬車を動かしている人は他から日雇いで呼んでいる人のようだ。確かにこれなら、私に託すのが最適なのかもしれない。それにしてもさっきから結構揺れる。王家の人たちはこれに耐えているのか……ソファはふかふかなのに、頭がグラグラする。外を見ているのがいけないのだろうか。

「ま、待っててください、王子……」

普通は逆じゃないかと思うが、仕方ない。あの王子は見るからにおっちょこちょいだから……


 


 到着してすぐ、従者の方が王子をお呼びしてくれた。ドアを開けて、慌てて地に足をつける。

「ああ……王子……サプラーイズ……うっ」

「え、大丈夫!? 馬車酔い? というか、なんでここに……」

「これ、どうぞ……」

「……ごめんね、そんなになっても届けに来てくれたの?」

「……馬車にはもう乗りたくないです」

「帰るにはもう一回は乗らないと……」

「そ、そうですよね……」

王子はすぐ、王様の近くにいる人に許可証を届けたあと、何かを断ってまた戻ってきた。

「持ってきてくれてありがとう、叱られたところだったから……」

「いえ、そんな、大したことは。お礼ならじいに仰ってください」

「ううん、ありがとう……気分が良くなってからまた乗った方が良いし、ちょっと出かけない?」

「いいんでしょうか……」

「うん、ここまで来てくれたんだし、さっき、いい景色を見つけて、君に見せたいなって思ってたんだよね、ふふっ」

「あ、ありがとうございます……」

王子に微笑まれると、私は少し弱い。




「ここ。綺麗じゃない?」

「わあ、ほんとだ……」

 花が一面にあって、鳥が沢山鳴いている。やたら鳥達が王子を気にしているようだが、やっぱり王子は動物に好かれるものなのだろうか?

「可愛いね、あは、鳥がいっぱいいる」

「はい、いっぱいいますね……」

鳥がキスをしたり、歌ったり、花の蜜を吸っている平和な光景。風が小さく吹くだけで、沢山の花びらが舞って、王子はその中で微笑んだ。

「気分は良くなった?」

「はい、もうすっかり元気です」

「それは良かった、今日はほんと、ごめんね」

「いえ、交流会、お疲れ様でした」

「ふふ、君がそう言ってくれるだけで、元気が出るよ。なんだか夢みたいだ」

「夢?」

「うん、君がいると、胸がフワフワして……」

そう言って、王子は私の髪についた花びらを一枚取った。

「うん、取れた」

「ありがとうございます」

「いえいえ」

王子がため息をついてから、また笑った。

「……今日はやらかしちゃって、凹んでたからさ。迎えにきてくれて、しかも許可証を持ってきてくれて、君は優しいね」

「いえ、そんな……」

「……ごめんね、情けなくて。ちゃんと持ってくぞ!って思って、カバンの近くに置いてたんだけどなー……」

「準備するのも、大変なんだろうなって思いました、忙しそうになされてましたし……」

「うう、優しい……そんなに甘やかさなくていいのに……」

王子が振り返って、私を見る。上目遣いで、甘えているのは王子の方じゃないだろうか。結構、ずるい人だな、なんて思う。

「そろそろ、移動にも時間がかかるし、帰ろうか」

「ああ、はい」

二人で馬車に乗っている間、話すことがなくて外を見ていたら、やっぱり馬車酔いをした。

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