第4話 私の王子はヘタレです

 夜は静かだけれど、お城の朝は騒がしいらしい。フカフカベッドでゆっくり目を開けて伸びをすると、部屋の外からじいと王子の声がした。


「坊っちゃん!!!いけません!!ちゃんと立ち向かわなければ!」

「嫌だ!! 俺は今日、外に出たくないの!!」「いい加減になさい!!お嬢様にかっこいいところを見せねばならないのでは、ないのですか!!ね!?」

「わかってるけど!!それとこれとは別というか、いや別じゃないけどさ、だって怖いんだよあのおじさん!!」

「怖くありません!!王様もついてますし傭兵もいらっしゃいますから大丈夫です!!」

「あの髭モジャ、前に俺のこと睨んできたんだ、ぜっったいもう行きたくない!!!」

「はぁ、お嬢様に知られたら何と言い訳をするのですか……」

「あっ」

「へ? あらま、お嬢様、おはようございます……」

うまく通り過ぎようとしたが、扉を開けて移動しようとすると流石に気づかれた。緊張して顔が強張る。

「おはようございます、すみません、お手洗いは何処でしょうか……」

「ああ、でしたらあちらを曲がって右です」

「すみません……」

「ふふ、君、待ってよ」

王子殿下に笑顔で呼び止められる。こんな寝起きの顔をさっそく晒してしまって良くなかっただろうかと不安になったが、咎められるどころか、彼はとてもニコニコとしているだけだった。唐突に近づかれて、正面に立たれると、髪の毛に触れられた。

「ふふ、可愛い」

「……え、えっと…」

「ほら、寝癖、直ったよ。見てみて?」

すかさず横から、じいが手鏡を向けてくる。じいの熟練の技に驚きながらも、見ると確かに寝癖が直っていた。

「あ、ありがとう、ございます……殿下」

「君が殿下っていうの、なんかやだな……」

「でしたら……王子とお呼びしますか?」

「名前では呼んでくんないの?」

「……それは、少々問題かと」

馴れ馴れしすぎるのも慣れないし、使用人たちの様子を見た上で、王子という呼び方が最低ラインだと判断した。王子は少し残念そうにしたあと、すぐにそれを隠して笑った。

「うーん、やっぱりだめか……呼び止めてごめんね? また後で」

「いえ、ありがとうございます……」

深々とお辞儀をして、廊下を二人の逆方向に進むと、後ろで小声で言い合っている声がした。

「ぜっったい聞かれたよ……俺もうだめかも……」

「申し訳ありません坊っちゃん……昨日までここらの部屋は空室でしたから、少々声が大きくなってしまいました……」

「俺も忘れてたし仕方ないよ……うう、情けないとこ見せたくないのに……」

「でも寝癖はナイスでしたよっ、坊っちゃん!!大きくなられて……じいは感激です……!!」

「え、そうなの? ほんと??」

「はい、大変かっこよかったと思いますよっ!」

「え、そうかなぁ……」

「坊っちゃんは……」

そこまで聞こえたが途中から聞こえなくなった。多分二人の声が大きいというより、この廊下は広すぎて声が響きやすいのかもしれない。



 お手洗いをお借りしたあと、自室に戻ろうといそいそ廊下を歩くと、メイドさん達が忙しなく動いている。何の支度をしているのだろうかと不思議に思って、近くにいるメイドに声をかけた。

「……すみません、お伺いしてもよろしいですか?」

「お、お嬢様!? わ、わたくしのような存在に話しかけていただいて大変光栄です!!どうなされましたか?」

慌てながらも嬉しそうにしてくれる。むしろ光栄なのはこっちだと思うけれど……

「あの、今日って何かあるんですか? 王子殿下が遠出する予定とか……」

「王子に興味がお有りでして!?」

「いやあの、そういう訳では……」

「ああ、最高です、生きてて良かった……」

「えっと……」

この人も話を聞いてくれない……というか表現がかなり大袈裟じゃないだろうか。

「今日は隣国の家との交流会がありまして、王様と王子が出席されるんです、ふふっ」

「それで慌ただしいのですか」

「ええ、すみませんね、髭モジャ……いえ、隣国の王様はかなり怖いらしいので……王子は可哀想ですわ、およよ……」

「そ、そうですか……」

「そうだわ! お嬢様から王子を励まされてはいかが?」

「えっ?」

「今頃部屋にこもってますわ、時間になれば無理やり連行されますけれども……」

「わ、私から励ますなんて烏滸がましいのでは……?」

「とんっでもございません、たいっへん、お喜びになると思いますよ、それはそれは最高にお喜びになられるかと」

「は、はぁ……」

「お部屋は、あちらの向こうのお庭を抜けた所ですから、ふふ、本当に元気になられると思うので、そしたら私たちの手間も減り……いえいえ、ぜひお願いしますね!」

「……」

「では失礼しますわ!ああ忙しい忙しい!」

そう言うと、本当に忙しそうに去っていった。



……王子の部屋の前にきてしまった。少し様子を見に来ようとしただけだったけれど、ここに来る途中も他の大勢のメイド達に「王子を頼みます、本当に頼みます」と言われ、後に引けなくなってしまったのだ。扉は閉じられているが、ノックをすると、向こうから声がした。

「じい!!まだ行く時間じゃないでしょ!?」

「……すみません、王子。私です」

私の声を聞いて、扉の向こうで沈黙が起きた後、すぐに扉が開かれて、慌てた王子が飛び出してきた。

「ど、どうしてここに君がいるの!?」

「え、えーっと、応援をしに」

「お、応援!?」

「とりあえず、中にいれてもらえませんか。視線が痛いので……」

後ろからメイド達の強い視線を感じる。

「あ、ああ……えっ、中!? えっと、うん、どうぞ……」

王子は大きく動揺しながら、部屋に私を入れた。当たり前だけれど凄く広い。よく見ると、ベッドの方でくるまっていた跡がある。

「えっと、その……」

王子は緊張して、自分の前髪を触ったまま浮かない顔を見せた。

「ごめん、俺、かっこ悪いとこ見せたよね……まだ初日なのに……」

王子が何処となく悲しそうに笑った。何か話題を変えようと話を振ってみる。

「髭モジャってあだ名、面白いですね、王子が考えたんですか?」

「えっ、うん」

「そんなに怖いんですか?」

「うん、すっごく怖い、目が三角でぐわってしてて、髭がもじゃもじゃ〜ってしてて、服もなんか変わってるし、すっごく怖いんだよ!」

王子が必死に訴えてくる。

「でも、ちょっと行ってみたいです。隣国って、少し興味があって……」

いつかに本で読んだ話だが、王子が行く予定の国は、この国とはまた違って、綺麗な丘や山がある国だそうだ。どんな感じなのだろうか。

「えっ、でもな……」

「流石に連れて行くとかは、無理ですか? すみません、烏滸がましかったですよね……」

「そうじゃなくて……」

王子は手を引いて、フカフカのソファに私を座らせると、跪いて目を伏せ、私の手を持ったまま言った。

「君に怖い思いはさせたくないから……だったら、俺一人で行く……」

「……」

「気持ちは嬉しいけど……」

(そ、そんなに怖いんだ……)

逆に怖いもの見たさで気になってくるけれど、彼がそう言うのなら一人で行った方がいい場所なのだろう。

「気遣ってくださって、ありがとうございます」

「うん……」

王子は隣に座ると、大きくため息をついた。

「嫌だな〜……行きたくないな〜……」

「王子でもそういうこと、あるんですね」

「そりゃあるよ! 俺、怖いの苦手だし……割と、その……ごねてる……」

「そ、そうなんですか……」

王子はふう、と息をついてから、私を見て笑った。思わず目を逸らす。

「王子って、大変なのに頑張ってるんですね」

王子が何も言わないので、おそるおそる横を見ると、目を見開いて固まっていた。

「あっ、すみません、偉そうなこと言って……」

「……そんなこと言われたの、久しぶりだ」

「えっ、そうなんですか?」

「うん……なんていうか、嫌がってばかりだし」

「でも、嫌なことを頑張るのは偉いと思います」

「……ほんと?」

「はい、偉いです」

「……」

静かに頷くと、王子が目を丸くした後、ニコッと笑った。

「ふふっ、じゃあ頑張る! ありがとう!」

眩しい笑顔を見せた後、立ち上がって、「やるぞー!」と言いながら、王子は部屋を出た。遠出するために、メイド達に指示を始めたらしい。なぜか扉の向こうからメイド達の拍手と歓声が聞こえた。

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