第2話 私の王子は突然です

 昔から、義母に虐められていた娘の所に、王子様が迎えに来るだとか、騙されて眠ってしまった姫に、王子様が口づけをすると目を覚ますだとか、そういう物語は少なくない。


……まさか、自分の所に来るとは思っていなかったのだけれど。



 夜、ランプで手元を見ながら封を切ると、高級そうな便箋に、丁寧な字でこう書かれている。

『拝啓、突然お声をかけてしまい申し訳ありません。中央城に来て頂けませんか。これは命令ではなくて、俺が来て欲しいから招待させていただいているのですが……。と、ともかく、おもてなしも約束しますし、ご家族も連れてきてくださって構いませんから、どうか来てくださりませんか、お願いします……』

 手紙なのに、随分弱気な王子様だ。長年童話や伝え聞いていた話で想像していた王子像が、この手紙だけで急速に崩れさっていくのを感じた。

「お母さん、これどう思う……?」

「なに? これ……」

母親も読んで首を傾げる。読み終わって、やっと感想が聞けると思いきや、出てきた言葉が酷かった。

「これ、新手の詐欺じゃない?」

「え、ええ……?」

本物だったら不敬罪で逮捕されないだろうか。家の中だから良いとは言え……

「まぁ、でもどうするの? 本当に王子殿下だったんでしょ?」

「うん、あの顔は確かに王子殿下だったと思う……」

「行くなら私もついていくけど……一人じゃ危ないし……逆恨みされたら怖いし」

「そ、そこまで言うと王子が可哀想じゃない?」

でも、お母さんの言うことも少しはわかる。なぜならこの国の娘たちは、普段イメージが秘匿されている王家を、国で行われる儀式でほんの少し覗き見て、いろいろと想像を膨らませるものなのだ。特に、この国の王子は、無口でクールなイケメンというイメージが根強く、ファンも少なくない。だが、私が間近で見た王子は、年相応の少年という印象だった。顔はやっぱり良かったけれど。

「うちは二人でか細く暮らしてるんだし、問題は起こせないわよね……でも、嫌だったらお断りの手紙を送ってもいいと思うけど……どうしたい?」

「……うーん」

「……玉の輿、狙っちゃう?」

「言い方が酷いよ! まぁ、一度行ってみるくらいなら……」

「じゃあ……今度二人で、素敵なお洋服買いに行きましょうか」

「良いの?」

「当たり前じゃない、お城に行くんだもの。少しはお洒落しないと恥ずかしいし……」

「そ、それはそうだね……」

「王子様が喜ぶような、とびきり可愛い服、探さないとね」

「うん、ありがとう!」

生活が特別豊かな訳では無いけれど、お母さんと働いた少ないお金を使って、洋服を買った。


……こうして私たちは、お城にこっそりと向かうことになった。

「お、お母さん、招待状を持ってきたから平気だよね……?」

「大丈夫よ、多分……」

「傭兵さん達いっぱいいるけど、どこから入ればいいのかな」

「ほら、あそこじゃない?」

「不安すぎる……」

二人でそそくさと近づき、門下の傭兵に話しかける。

「あの、すみません、お尋ねしたいんですが……」

「……大変だ、すぐ上に報告しろ!」

「はっ!」

私たちが声をかけた瞬間、硬い顔をしていた傭兵がすぐに部下らしき人に命令し、その人は大変だー!!と言いながら城内へとダッシュで駆けていった。

「え、あっ、すみません……」

「ああ、いえ、お待ちしておりました。どうぞ、案内させますので少々お待ちください……」

「は、はい……」

案内人が来ると聞いて、いよいよ緊張してお母さんの手を握る。メイド達に城の中へ案内され、上を見上げると、豪華なシャンデリアに圧倒された。

「ようこそお越しくださいました、ささ、こちらへ」

「あ、はい……」

「お母様はこちらの方がご案内しますので……」

「ああ、はい……」

お母さんと繋いでいた手を離し、目配せをしてから、貫禄があり、控えめに髭を生やした執事についていく。カーペットが敷かれている道をゆっくり歩いた。

「わたくしのことは、じいとでもお呼びください」

「じい……?」

「はい、そうでございます。お嬢様」

じい、というよりは結構若いし、イケオジと言った方が良さそうだが……

「坊っちゃんが待ち望んでおりました、来てくださったこと、わたくしからも礼をさせてください」

「いえ……」

「その……坊っちゃんも少し緊張されていると思いますので、あの……何と言いましょうか……目を瞑ってやってくださいね」

「は、はぁ……」

「こちらのお部屋でございます。お紅茶もお持ちしますので、坊っちゃんが来るまで少々お待ちいただけますか」

「はい……」

「では、失礼いたします」

ギギ……と重厚な扉が閉じる。応接間といった所だろうか……。壁には絵画が並んでいて、とても大きな窓からは日が差している。所々に花が飾られており、長いテーブルの端で椅子に一人で座ると、慣れない空間に落ち着かなかった。



……あれからだいぶ経ったが、王子殿下は本当にいらっしゃるのだろうか……緊張して固まったまま待っていると、外から話し声がした。

「まだちょっと心の準備が……」

「坊っちゃん、男にはやらねばならぬ時があります、それにもうだいぶ待たれています、帰られてしまったらどうするんですか!」

「で、でも……」

「ほら、お行きなさい!」

「ちょ、ちょっと待って! わわっ」

扉から押し出されるようにして、王子が飛び出てくる。後ろにはじいの姿が一瞬見えた。多分じいが彼を押したんだろう。扉は閉められ、唐突に二人きりになり、無言で見つめ合う。

……突然のことに私も驚いた顔をしているが、なぜか王子の方がびっくりしていた。





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