私の王子は〇〇です!
天野いあん
第1話 私の王子は変人です
王子といえば、どんなイメージがあるだろうか。紳士? お金持ち? かっこよくて、白馬に乗っていて、いつかお姫様を迎えに来る……?
私の王子は……
「いってらっしゃい、気をつけて行くのよ」
「はい、わかってます。いってきます!」
お母さんに手を振り返して、前を向く。今日は朝から洗剤やパンを買う為に街に出ている。この国は、平和で、至って平凡で、でも、皆が笑顔で暮らしている。沢山の花壇があって、立派なお城があって、私の家もあまり裕福ではないけれど、それでも幸せな生活を送っていた。
この国を見渡せる場所で、一つ呼吸をしてから、石の階段を駆け下りて、町への道を歩いていく。鳥が鳴いていて、青空が広がる、とても気持ちが良い日。その時、後ろでガタッと音がして、後ろを振り返った。
「……?」
路地の暗い影を覗こうとして、背伸びをする。誰もいないのを確認してから、今度は少し早歩きで歩き出した。
「こんにちは!」
「おお、よく来たね。いらっしゃい」
「パンと、あと、これください」
「はいよ」
「え、おばちゃん、このリンゴは?」
「お嬢ちゃんが可愛いからオマケだよ、いつもありがとう」
「い、いいんですか?」
「いいんだよ、ほら持っていきな」
「ありがとうございます!」
「また来てね〜」
「はい、また来ます!」
貰ったリンゴを持って、軽い足取りで町を歩く。次は雑貨屋に……
「うわわわっ」
後ろから声がして、また振り返る。咄嗟に看板の影に、フードがついた布を被った誰かが隠れた。
「えっ……?」
「……」
それで隠れているつもりなのだろうか。布の裾が端にはみ出てしまっている。
「……」
「……」
変な人だとしても、雑貨屋に入れば取り敢えずは安全だろう。私は前を見て、軽く走り出した。その誰かも追いかけてくるのを感じて、また足を速める。
……そのうち、後ろからゼーゼーと息を吐く声が聞こえた。なんとなく、これなら振り切れそうだと思いながら、ただ走る。
カラン、と鐘の音を鳴らして雑貨屋に入り、目当ての品をいつものように買う。お金を渡し、ドアを開けてから用心深く外を見渡す。家まで走れば平気だろうか。一応、誰かに声をかけた方がいいかな? 幸いどこにも変な人は見当たらず、少し気が抜けて外に出る。私はまた、家に続く階段までの道を駆けた。
日が沈んできた。やっと家の下の階段までたどり着き、後ろを振り返る。流石にここまで追っては来てない……? 疲れながら階段をよろよろ登っていると、足先の石に気が付かず、私は階段から後ろに落ちそうになる。嫌な浮遊感を感じながら目を閉じると、背中に手を回され、先程の声がした。
「だ、大丈夫……!?」
フードの中、その青年は酷く焦っており、走ったからか、火照った顔で私を見ていた。目と目が合って、慌てて離れる。近くにあった顔をバッチリ見た私は、思わずそれを口に出さずにはいられなかった。
「…………王子殿下?」
「……あっ、まずいっ」
彼、いや、王子殿下は慌ててフードを引っ張って顔を隠した。布で隠しきれていない頬が、リンゴのように赤くなっている。
「…………王子殿下ですよね」
「ち、ちが、いや違くないけど……!」
「ど、どうして王子殿下がここに……?」
「……えっ? えっ、うあ、俺、どうしよう、セリフとんだ、ど、えっと……」
手を忙しなく動かしながら、落ち着きなく狼狽えている。
「大丈夫ですか……?」
フードの中を覗き込むと、また綺麗な瞳と目が合った。
「……あ、えっと…」
「……」
「……好き、なんだ」
「……へ?」
「お城に…来て、ほしくて……あの……これ!」
王家の封がされた手紙のようなものが、私の手に握らされる。
「え、これ……?」
「じゃ、じゃあ、そういうことだから!」
気づけば、後ろから傭兵が「いたぞー!!」と叫びながら追いかけてきている。王子はフードが裏返って顔が見えるのもお構いなしに、私に遠くから叫びながら、傭兵に追いつかれないよう走って行った。
「待ってるからー!!」
「…………」
嵐が過ぎるように、王子を追いかけて傭兵達がドタドタと去っていった。
「そういうことって、どういうこと……?」
右に見える夕日を見ながら、私は立ち尽くした。思えばこの日が、すべての始まりだったのだ。
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