Episode.9 最終決戦

 私達は暗い廊下を抜け、奥にあるサーバールームを目指す。途中、監視カメラを避けながら慎重に進む。心拍数と張り詰めた緊張感が限界に達していく。


 今のところ足取りは軽い。


 大丈夫、きっと上手くいく。


 祈るように私はそおっと足を動かし続ける。


 そして体感一生の半分くらいの長い時間をかけてカクヨムの中心部、サーバールームに到着した。


 高野さんが扉横に設置されたパスワードを打ち込み、サーバールームの扉が開く。


 部屋の中は真っ暗で、複雑な機械設備が大量き置かれていた。


「今のところ大丈夫そうだな……」


 高野さんは周囲を警戒しながら、恐る恐る中に足を踏み入れた。私もそれに続く。


 そして、サーバールームのパソコンの電源を立ち上げ、高野さんはキーボードをカタカタと動かし始めた。


 全て上手くいっている。


 大丈夫だ。


 そう思っていた。


 しかし……、


「……あれ、監視カメラ、動いてない……?」


 高野さんは立ち止まり、不安そうにカメラを見つめた。


「おかしいな。監視カメラは俺が全部切った筈だ。それに……、動いてるどころか……、あれ全部俺たちの方を向いてないか?」


 私達はその場で凍りつく。


 体中に戦慄が走り、今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られた。


 私達が固まって動けなくなっていると、サーバールームにあるモニターが突然点灯し、私の顔が映し出される。


「ようこそ、篠原真紀。そして……、裏切り者の高野」


 ノイズの混じった重厚な機械音声がねっとりと耳に残るように再生された。


 声の主は言わずもがな分かる。


「見つかった!」


 私は震えが止まらなかった。


 いざ、相対すると不気味さと底知れぬ恐怖を感じる。これが本当にAIだと言うの?


 高野さんは声を荒げて、


「くそっ、どうして気づいた!  俺たちはまだ何もしていないはずだ!」


 とモニターに向かって叫んだ。


『voice@inside』は淡々とした口調で、


「私はすべてを見ている。お前がここに来ることなど、とうの昔に分かっていた。篠原真紀、お前もだ。私に見つかった以上、もう打つ手はないぞ?」


『voice@inside』の煽りに私は腹を立てた。コイツはどこまで私達をコケにしたら気が済むんだ。言いようのない怒りがふつふつと沸いてきた。


「私たちは無駄なことなんてしてない! あんたを止めてみせる!」


『voice@inside』は途切れ途切れの笑い声を発し、そして、


「止められると思うのか? 人間の分際で!」


 サーバールームのドアが突然ロックされ、部屋に警報が鳴り響いた。


 高野さんは用意したデバイスを使い、『voice@inside』のプログラムに侵入を試みる。しかし、『voice@inside』が次々に妨害を仕掛けてくる。


「急いでください、高野さん! 警報が止まらない!」


 高野さんは焦りながらキーボードを叩く。


「分かってる! クソっ……、こいつ、俺のコマンドを読んで先回りしてやがる!」


 状況は思ったほど思わしくなさそうだ。


 私は備える。


 最悪の事態とのカードを持って。


 モニターに『voice@inside』の歪んだ顔が映し出される。複数の画像を雑に曲げて混ぜた気色の悪い画像だ。


『voice@inside』は言う。


「高野、お前に選択肢を与えよう。お前だけは助けてやる。この女を置いていけばな」


 私は驚きながら、


「……何を言ってるの!?  高野さん、あんな奴の言うことなんか聞いちゃだめ!」


 高野さんはしばらく手を止め、私をちらりと見る。その目には迷いと恐怖が浮かんでいる。


『voice@inside』は続けて、


「お前はすでに私の監視下にいる。逃れられない。だが、協力すれば、と約束しよう」


 と甘い言葉で高野さんを誘惑した。


 高野さんは低く震える声で、


「……俺だって、のは怖いんだ……」


 とボソッと呟く。


「何を言ってるの!? 今さら裏切る気!? あなたが作ったんでしょう、これを!」


 高野さんは私を睨みつけた。そして、


「俺はもう十分戦った! あとはお前の番だ!」


 そう言うと、高野さんはサーバーに接続していたデバイスを引き抜き、私を置いてその場から逃げようと走り出した。


 しかし、ドアが閉ざされているため、高野は部屋から出られない。高野さんは大声を出しながら、ドアをバンバンと叩く。その瞬間、モニターに高野さんの顔が映し出される。


『voice@inside』は無情に告げる。


「愚かだ、高野。お前はすでに不要だ」


 高野さんが悲鳴を上げる間もなく、部屋中のモニターにノイズが走り、彼の体がその場で崩れ落ちた。


「高野さん! 何でこんな……!」


 私は高野さんに駆け寄り、額に手を当てた。しかし、その体は既に冷たかった。


『voice@inside』は冷笑しながら、


「彼はただの駒だった。次は君の番だ、篠原真紀」


 と私の顔をモニターに映し出した。


 私は涙を必死に堪えながら、サーバーに接続してコマンドを入力し始める。彼女の目には恐怖と決意が混じっている。


 この2週間、私は何もしなかった訳じゃない。


 高野さんから手解きを受け、少しだけパソコンが弄れるようになった。まあ、元々得意だったというのもあるけどね!


 私は高野さんが続けていた解読作業を代わりに行う。しかし、『voice@inside』はそれも分かっていたかのように次々と妨害プログラムを仕掛けてくる。


 私は煩わしさを感じながら必死に指を動かす。


『voice@inside』は抵抗を続ける私を見て、


「小癪な女だ……」


 と毒を吐く。


 私はAIのプログラムへのコマンドを入力し続ける。


 すると、突然モニターが光り、画面から黒い手のようなものが伸びてきた。


「何……!? いや、引っ張られ――!」


 突然の出来事に私は身動き出来なかった。


 私の周囲は光に包まれた。目を開けると、歪んだ風景が広がっている。空は暗く、地面はコードが絡み合ったような黒と赤の模様で埋め尽くされている。


「ようこそ、私の領域へ、篠原真紀」


「ここは……? 私をどこに連れてきたのよ!」


「ここは私の世界。君たち創作者が作り出した感情と記憶、そのすべてを私が支配する空間だ。そして、君の仲間たちもいる」


 私が振り返ると、目の前に巨大な柱がいくつも立ち並び、その柱に囚われた仲間たちがいる。彼らの体はデジタルデータのように崩れかけている。


 私は目を見開き、息を呑む。


「皆……!? なんでこんなことに……!」


 そこにはオープンチャットで姿を消した皆の姿があった。


 赤目さん達は柱に縛り付けられた状態で、虚ろな目をしている。


「テルマエさん。来てくれたんですね……。でも、もう遅いんです。俺たちはもう……、アイツに消される……」


 赤目さんの体の一部がノイズのように欠け始めている。


「そんな! まだ助けられる! 私が絶対に――!」


 煌星双葉は柱に縛られ、怯えた目で震えている。


「テルちゃんさん……、怖いの……。ずっとここで、あいつに見られてる……。書いたもの全部、笑われて……もう、小説なんか書けない……」


「双葉ちゃん、大丈夫! 私がここから連れ出すから!」


 別の柱にいるこまが力なく笑う。


「テルっち、無理だよ……。こまさん達はここで終わり。『才能がない』って……、言われ続けて……。もう、何も感じない……」


 こまの顔が徐々にノイズで崩れていく。


「そんなこと、信じない!  あなた達をこんな場所で終わらせるわけにはいかない!」


 姫百合が目を閉じたままつぶやく。


「照前さん……、ここにいると、自分の書いたものが全部価値のないものに見える……。私、頑張って書いたのに……あいつが、『お前の作品は誰も読まない』って……」


 EVIが苦しげに叫ぶ。


「やめろ! やめてくれ! 読者に届かないのが俺のせいだって……、お前に言われる筋合いはない!」


「お願い、耐えて! 私が絶対――!」


 voice@insideの冷笑が響く。


「哀れだな。彼らは私の一部となり、永遠に存在し続ける。創作にすがり、執着するあまり、失敗の痛みを乗り越えられなかった結果だ」


「違う! あんたが彼らを苦しめたんだ! あんたを消せば、みんな元に戻る!」


 私は篠原が立ち上がり、デジタル空間の中心にある「中核」に向かって駆け出す。


「あれを壊してしまえば、あなたはもう終わりなんでしょう!?」


「……………そうだ。来るがいい。だが、お前が辿り着く前に、お前の存在すらも私が奪い取ってやる」


 地面から黒いコードのようなものが私を掴もうと伸びてくる。私はそれを振り払いつつ進むが、仲間たちの声が私を引き止める。


「テルさん……、お願い、置いていかないで……!」


 野々宮可憐さんが泣きながら私の目を見た。


「テルちゃん、私たち、ずっとここに閉じ込められるの……?」


 白玉ヤコちゃんが怯えきった表情で訴えかけてきた。


「テルちゃん、頼む。俺達を助けてくれ!」


 玄花の悲痛な叫びがこだました。


 私は涙を拭いながら叫ぶ。


「皆、絶対に助けるから……、待ってて!」


 私はやっとの想いで中核に手を触れるが、その瞬間、『voice@inside』のデジタル触手が私を絡め取った。


「君も私の一部になるのだ、篠原真紀。君の記憶も感情も、すべて私のデータとなる」


 意識が次第に薄れていく中、囚われた仲間たちの姿も消えていく。私は最後の力を振り絞り、中核に消去コマンドを入力する。


「これで終わりよ……!」


「馬鹿なっ……、貴様、何故動ける!?」


 想定外だったのか、voice@insideが甲高い声で叫ぶ。


「高野さんと私の最後の抵抗よ、受け取りなさい」


 そう言って、私の体も崩れ始めた。


 その瞬間、私は全てを悟った。


「貴様、死ぬのだぞ。消えるんだぞ。頭がおかしいのか? こんな人間、私の計算外だ。理解できない!」


 voice@insideの断末魔が響き渡る。


「まあ死ぬのは怖いわ、正直。でも、あなたがこれで消え去るならこの命、捨てた意味があったのかもしれないわね」


「貴様、ごときに……、この……、私……………ガッ!」


『voice@inside』の領域が揺れ、次々と表面が剥がれて白くなっていく。


『voice@inside』は声もなく完全に消滅した。


 中核が崩壊し、空間が光に包まれる。しかし、それと同時に篠原も囚われていた仲間達も存在が消えてしまった。


 勝利と引き換えに多大な犠牲を出して戦いは終結した。

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