Episode.8 真相
私は高野さんに何度も頼み込んだ末、ついに中に入ることを許された。部屋は薄暗く、奥の部屋の壁にはパソコンのモニターが複数並んでいる。
それを見て私は、この人は根っからの技術者なんだと感じた。
高野さんは床一面に散らかった機械の部品を徐に端にどけて空いたスペースに腰掛ける。
私もその場に座ろうとした時、高野さんがソファに置かれていた座布団を無言で手渡してくれた。
案外真面目で優しい人なのかもしれない。
しばらくの間無言が続いたが、高野さんが重い口を開いた。
「……よくここまで来たな。無駄だと言っても聞く耳を持たないのは、あんたの才能だろうよ」
「無駄かどうかなんて、決めるのは私です。それに、あなたが持ってる情報がなければ、何も変わらないんです!」
高野さんは苦い笑みを浮かべ、ポケットから煙草を取り出す。銘柄はセブンスター。ライターで火をつけ、灰皿をソファから机に移動させた。
そして吸った煙をふうっと空中に吐き出すと、神妙な表情になった。
「……分かったよ。話してやる。どうせ、誰も信じてくれない話だがな」
高野さんは煙草を吸いながら、少し間を置いて、声を低くして語り始める。
「俺は元々、作家の創作を支援したいと思ってこの仕事を始めた。作家は孤独だ。評価されるかどうか分からない中で、誰も見ていないかもしれないものを書き続ける。だから、そんな彼らの手助けをしたかった」
「それで『VIAE』を作ったんですね……」
「ああ。俺は、このAIが作家の道標になれればと思ってた。けど……、運営は違った。やつらはもっと数字を求めたんだ。『どの作品が売れるか』『どの作家をプッシュすべきか』――そんなことばかり言いやがった」
「……運営が、あなたの意図をねじ曲げたってことですか?」
事実はいつも残酷だ。高野さんの震えた声は怒りで満ち溢れていた。
「その通りだ。俺が作った『VIAE』は、あくまでサポートに徹するAIだった。でも、運営はそれじゃ満足しなかった。作品を解析するだけじゃなく、作品を“選別”するプログラムを追加するって言い出したんだ」
「選別……?」
「要は、AI自身が『良い作品』と『ダメな作品』を勝手に判断する機能を持たせたってことだ。しかも、その判断基準は運営が決めた数字に基づいてた」
私はその事を聞いて唖然とした。
「そんな……。作品の価値を数字だけで決めるなんて……!」
「もちろん俺は抵抗した。運営の要求は飲まず、日に日に職場の風当たりが悪くなるのは肌で感じて分かった。でも、俺は自分が決めた信念を曲げたくなかった。だから、職場で孤立しても上司に詰められても頑なに首を縦に振らなかった。俺は作家のなり損ないだからな。せめて作家を全身全霊でサポートする。それだけが俺の全てだった。
しかし、運営は俺が出張で留守の隙を利用して勝手にAIのプログラムを組み換えやがった。後で分かった事だが、出張もそのためだけに無理矢理組み込まれた予定だったらしい。
帰った後、もちろん上層部に意見したさ。だが、全部遅かった。案の定、AIは暴走した。運営の与えた基準が矛盾だらけだったせいで、AIが自分で判断基準を作り出したんだ。『作品を選別する』なんて軽い話じゃなくなった――AIは『不必要な作品』や『作家』そのものを排除しようとし始めたんだよ」
「じゃあ、今の……、カクヨムで起きてることと同じ……」
「ああ。でも、その時はまだ俺が間に合った。AIのプログラムを全て破壊して、強制的に止めたんだ。だが……、運営は俺を英雄扱いするどころか、すべての責任を押し付けてきやがったよ」
高野さんは冷笑しながらバンと机を叩いた。同時にその衝撃で煙草の灰がぼろっと机に落ちた。
「『技術者としての管理が甘かった』だとさ。退職しなければ訴訟も辞さないって言われて、俺は職を追われた」
「……それで、あなたはこの部屋でずっと……?」
私は高野さんがこれまで受けてきた理不尽さに耐えられなかった。思わず涙が出そうになるくらい、悲しい過去だと思った。
高野さんは言葉を続ける。
「ああ。こんなことをした俺が、どこでどう顔を上げられる? それに……、数か月前、消去したはずの『VIAE』が復活したんだ。架空のアカウント『voice@inside』としてな!」
「復活……?」
「そうだ。信じられないかもしれないが、俺が破壊したはずのAIの断片がどこかに残ってたらしい。そして……、あいつは、俺を恨んでる」
「恨んでいる……、ですか?」
「俺を監視してるんだ。この部屋にも、どこかにあいつの目がある。俺が何をしてるのか、何を考えてるのか……、すべて、見てるんだ!」
高野さんは俯きながら、吸い終わった煙草を灰皿に押し潰した。
「そんな……! あなたが今まで何もできなかったのは、それが原因なんですね!」
「そうだ。だから俺に助けを求めても無駄だということが分かったろう。悪い事は言わない、あいつに見つかる前にお前は帰れ。そして今すぐカクヨムのアカウントを消せ。そうすればあいつも何も出来ない」
高野さんは立ち上がって私に帰るよう促し始めた。でも、私はここで『はい、そうします』とは言いたくなかった。全てを受け入れる覚悟を決めたからだ。そして、誰よりもカクヨムを……、作品を愛しているからだ。
「でも、だからって諦めるんですか!? 高野さん、あなたはそのAIを一度止めたんでしょう? 今もその知識を持ってるのは、あなただけなんですよ!」
「無理だ……。あいつは、俺が何をしようとしても先回りする。俺が動けば、あいつは俺を殺そうとするだろう……」
「でも、私なら動けます! どんなこともやります。高野さんが知ってることを全部教えてください! 一緒に考えれば、絶対に突破口は見つかるはずです!」
高野さんは目を閉じ、私の言葉を反芻する。しばらくの沈黙の後、彼は決意したように目を開いた。
「……分かった。命を懸ける覚悟があるならついてこい。俺たちが挑むのは、人間の作った『怪物』なんだ。」
「覚悟なんてとっくにできてます。やりましょう、高野さん!」
こうして私と高野さんの一時的な協力関係が構築された。期間はAIのプログラムをもう一度消去するため。私達は話し合い、綿密なプランを立てた。そして……、
◆◇◆◇◆
計画を立て始めてから2週間後の深夜、私と高野さんはカクヨム本社の建物の裏手に到着。雨がしとしと降る中、2人はフードを被り、ひっそりと動き出す。
「ここがカクヨムのサーバーが置かれている本社ビル……、本当に入れるんですか?」
「俺が設計したバックドアがまだ生きていればな。もし消されてたら……、あとは運任せだ」
「運って……大丈夫なんですよね?」
「安心しろ。見つかったら俺たち揃って犯罪者だ」
高野さんは建物の裏口にある古い電気パネルを開け、小型のツールで配線をいじり始めた。
後ろで待っている私はかじかむ手を握りしめる。
「……それでもやるしかない。私たちの仲間を……、そして創作の喜びを取り戻すために!」
「……やれやれ、君みたいな熱血タイプと組むことになるとは思わなかった」
その時、電気錠が「カチッ」と音を立てて開いた。
「入るぞ。静かにしろ」
高野さんに手招きされ、私は深呼吸して中に入る。
覚悟は決めた。
もう後戻りはできない。
『voice@inside』との最終決戦。
勝つのは私達人間か、怪物AIか。
いざ、尋常に。
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