第1話

 男は、三宅坂から市内電車に乗った。

「君は此処も久しいから、地理には不慣れだろう。三宅坂から新宿行の電車に乗り給え。四谷見附で降りればすぐに、四谷の駅が見える」

 実際は男が数年前に居た時と、様子はさほど変わっていなかった。四谷の駅から東京行きの電車に乗ったが、懐かしい気持ちこそすれ、新規の感はあまりなかった。

 しかし言われた通りに御茶ノ水の駅で降りると、明らかに昔より広くなり、また新造されていた。一つのホームを二本の線路が囲み、いかにも乗換駅の風情があった。

 大して待たずに向かいから電車がやってきたが、中央線の電車と違って何処か貧相である。型落ちの木造電車が二両滑り込んだと思うと、先頭の行き先板を取り換えた。船橋と読める。昔は川を渡り、両国まで行かねばならなかったのが、変わったらしかった。

 数十分で電車は着いたが、また乗り換えである。ガタガタと音と黒煙を上げるガソリンカーが入ってきた時、男は流石に冗談かと思ったが、行き先板の千葉の文字を見た途端、素直に諦めた。

 トラックのような列車に揺られ着いた時には、日はとうに中天を回っていた。ここから邸宅を探さねばならない。


「いらっしゃいませんが……」

「は?」

 稲毛の駅から放浪数十分、上品な女中が出てきたが、回答はこれである。男は面食らった。

「一時間ほど前に少し出てくる、と」

「場所は」

「さあ……」

 男は断って電話を借りた。千葉の交換所につなぐと、特急で三宅坂を呼び出した。

「おりません」

「場所は」

「女中は知らない、と」

「弱ったな……すまんが捜索を続けてくれ。アレから目を離すとこう……色々とまずい」

 男が憤慨して電話を切ると、先ほどの女中が気まずそうに話し始めた。

「あの……上の方にはお話しないでほしいのですが……」

「何か」

「……恐らく、新宿のビアホールに」

「……は?」

「何かに理由をつけ、飲みに行かれるかたですから」


 彼は鉄路を逆走した。日の傾く頃に新宿に着いたが、以前より歓楽街の度を増しているように感じた。

 目当てのビアホールの中を見渡すが、あまりに人が多い。諦めて踵を返しかけたその時、ボーイが彼を呼び止めた。

「何か」

「……あちらのお客様から、お呼びしてほしいと」

 店内の奥の奥、ひときわジャッキの多いテーブルがあった。

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