第19話:咆哮


 夜の街外れ。光里のブーツが荒れ果てた舗装路を踏みしめ、乾いた音を響かせた。廃倉庫のシルエットが闇の中で巨大な影を作り、月明かりを遮っていた。建物の骨組みは朽ち果て、何十年も手入れがされていないように見えた。


「これが……情報のあった場所……」

 

 光里は一歩踏み出す前に深呼吸をした。手に握る杖が微かに光を放ち、心の支えとなっていた。それでも彼女の胸は不安でいっぱいだった。


 凛に知らせるべきだった、という考えが頭をよぎる。だが、それを振り払うように顔を上げ、呟いた。

 

「私だって……守り人として、戦えるんだから……!」


 杖を握る手に力を込め、廃倉庫の入口へと進む。入口の大扉は半ば崩れ落ちており、錆びた鉄が触れるたびに不快な軋む音を立てた。


 倉庫の中は想像以上に広大で、天井は崩れ、瓦礫や金属片が散乱していた。光里は杖の光を頼りに一歩ずつ進む。床には無数の足跡――それも人間ではない、大きな爪痕が点在していた。


「……これが影獣の跡……?」

 

 光里は呟き、杖を強く握りしめた。影獣の痕跡を目の当たりにしたのは初めてだった。息を呑む彼女の耳に、どこかで風が通る音が響いた。だが、それだけではない。何かが、闇の中で動いたような気配を感じた。


 振り向いて杖の光を向けたが、そこには何もなかった。ただ、微かな霧のようなものが一瞬揺れたように見えた。


「誰か……いるの?」

 

 光里の声は、広大な空間に虚しく反響した。


 さらに進むと、倉庫の奥に続く通路が現れた。壁には黒い焼け跡が広がり、その跡が戦闘の激しさを物語っていた。通路の床には、奇妙な模様のような跡が続いている。それは単なる爪痕ではなく、まるで何かが意図して描いたような、不規則ながらも意味を持つ形状だった。


「これは……紋様?」

 

 光里はしゃがみ込み、手を伸ばして触れようとした。その瞬間、足元が突然崩れ落ちた。


「きゃあっ!」

 

 重力に引きずられるように光里は悲鳴を上げた。彼女は瓦礫と共に地下に落下し、埃まみれの冷たい床に叩きつけられた。


 光里は何とか杖を支えに立ち上がった。痛みが全身を貫くも四肢は問題なく動き、何とか大きな怪我はなさそうだった。しかし、彼女の視界に広がる光景が全ての思考を奪った。


 闇の中から、無数の目が光り始めた。それは影獣――それも数え切れないほどの群れだった。彼らは地面に伏せ、光里に向けて唸り声を上げながら一斉に立ち上がる。


「……こんな……!」

 

 光里は杖を構え、エネルギーを集中させた。杖の先端が青白い光を放ち始める。その光が闇を裂き、影獣の輪郭を浮かび上がらせた。


「大丈夫……私は戦える……!」

 

 光里は自分に言い聞かせながら、最初の影獣に向かって光の刃を放った。一閃。影獣は霧散し、黒い霧となって消えた。


 だが、倒しても倒しても次々と新たな影獣が現れる。彼らは四方八方から押し寄せ、光里を囲むように動き始めた。


「……これじゃ、キリがない……!」

 

 彼女は必死に光の刃を振るい、周囲の影獣を斬り裂いていく。しかし、彼女の動きは次第に鈍り始めた。体力は限界に近づき、影獣の攻撃を完全に防ぎきることができなくなっていた。


「……助けて……」

 

 光里は心の中で呟いた。その言葉は闇に飲み込まれる――と思った瞬間、倉庫の上階から轟音が響いた。


 鉄骨が崩れ、天井を突き破って現れたのは凛だった。彼は黒い刀を振り下ろし、一閃で影獣の群れを切り裂いた。黒い霧が辺りに舞い上がり、一瞬で空気が変わった。


「大丈夫か!」

 

 凛の声が光里の心に響いた。その瞬間、彼女の目から涙が溢れた。

 

「凛さん……!」


 凛は彼女の横に立ち、刀を構えたまま影獣の群れに視線を向けた。

 

「お前……一人でこんなことをして、正気か……!」


 叱責の声には、怒り以上に彼女を守りたいという思いが込められていた。


 凛と光里は協力して影獣たちを撃退していった。凛の刀が影獣を次々と斬り裂き、光里は杖から光の刃を放って援護する。二人の息は次第に合い、連携が取れ始めた。


 最後の影獣が霧となって消えたとき、地下室には静寂が戻った。光里は肩で息をしながら、杖を握りしめたまま凛を見上げた。


「……ありがとう、凛さん」

 

 彼女の声は震えていたが、そこには感謝と安堵が込められていた。


 凛は刀を収め、深い息を吐いた。

 

「……無茶するな。お前の覚悟は分かった。でも、命を粗末にするな」


 光里は涙を拭いながら、小さく頷いた。

 

「はい……ごめんなさい。でも、私……守られるだけじゃ嫌なんです……!」


 その言葉に、凛は少し驚いた表情を浮かべた。彼は彼女を見つめ、静かに答えた。

 

「……お前の覚悟は分かったよ。でも一人で戦うには、まだ早い」


 二人は瓦礫を乗り越えながら地上への出口を探した。その背後には黒い霧がゆっくりと消えていく。光里は凛の背中を見つめながら、次はもっと自分の力を高めたいと心に誓った。


 黒い霧が消え去った廃倉庫は、静寂に包まれていた。光里は杖を握りしめ、肩で息をしながら立っていた。彼女の額には汗が滲み、服には影獣の爪痕が残っている。凛は無言でその姿を見つめた。刀を収めた彼の表情には、怒りと安堵、そして抑えきれない苛立ちが交錯していた。


「……どうして一人で来たんだ?」

 

 凛が問いかける声は低く鋭かった。その声には、光里の無謀な行動に対する怒りと、命を危険にさらしたことへの恐怖が込められていた。


 光里は答えることなく視線を床に落とした。自分がしたことが間違っていると分かりながらも、その行動の理由を言葉にできないままでいた。


「お前がこんなことをして、どうなるか考えなかったのか?」

 

 凛の声が少し高くなる。彼は拳を握りしめたまま、静かに息を吐く。


「……私は……守られるだけの存在じゃないって、証明したかったんです!」

 

 光里は震える声で答えた。その言葉には後悔と決意が入り混じっていた。


 凛の目が光里を捉えた。彼女の瞳には涙が浮かんでいる。彼女は拳を握りしめ、悔しそうに顔を上げた。

 

「私は……ただ、凛さんの負担を少しでも減らしたかったんです」

 

 その声には、守り人としての自分の無力さを痛感してきたことへの悔しさが滲んでいた。


「負担を減らすために命を危険にさらすのか?」

 

 凛の声は冷たく響いた。彼の目には怒りが浮かんでいたが、それ以上に光里の命を心配する気持ちが透けて見えた。


「お前が死んだら、この街を守れるやつが一人減る。それだけじゃない。この街でお前のことを必要としている人たちがどう思うか、考えたことがあるのか?」


 光里は何も答えられなかった。その言葉が正しいことを理解しながらも、彼女の心は自分の無力感と戦い続けていた。


「それでも……私は凛さんと同じように戦いたいんです!」

 

 光里は涙をこぼしながら叫んだ。その言葉には、守り人としての使命感と、自分を成長させたいという強い意志が込められていた。


 凛は彼女の言葉に少し驚いた様子を見せたが、すぐに表情を引き締めた。

 

「お前はまだ未熟だ。戦えるかもしれないが、戦う準備が整っていない」

 

 その言葉には冷静な判断と、彼女を守りたいという彼なりの優しさが込められていた。


「準備が整うまで、待つつもりなんてありません!」

 

 光里は拳を握りしめたまま一歩前に出た。彼女の目には迷いがなかった。


 凛は深く息を吐き、少しだけ目を閉じた。そして再び目を開け、静かに語りかけるように口を開いた。

 

「覚悟があるなら、それを示せ。ただし、自分一人で突っ走るな。お前が危険な目に遭えば、仲間がそれをカバーする。それが守り人というチームのあり方だ」


 光里はその言葉を聞き、一瞬息を呑んだ。彼女の中で、凛の言葉が何かを動かしたようだった。

 

「……分かりました。次は、ちゃんと連携します」

 

 彼女の声にはまだ震えが残っていたが、そこには確かな決意も宿っていた。


 凛は光里を見つめ、わずかに口元を緩めた。

 

「よし。それでいい。だが、この街でお前が守り人として認められるには、まだ時間がかかる。それを忘れるな」


 光里は深く頷き、杖を握る手に力を込めた。

 

「ありがとうございます、凛さん。次はもっと強くなります」


 その時、廃倉庫の奥から不気味な音が響いた。二人は同時に振り返り、警戒の態勢を取った。瓦礫の間から漂う黒い霧が、再び形を変えて揺れ動いている。


「影獣か……?」

 

 凛は刀に手を掛けながら低く呟いた。光里も杖を構えたが、霧はすぐに形を失い、静かに消え去った。


「まだ残っているかもしれない。油断するな」

 

 凛はそう言い、慎重にその場を離れるよう促した。光里は頷きながら、杖を握る手に再び力を込めた。


 二人が廃倉庫を後にし、月明かりの下で静かに歩き始めた。光里は凛の背中を見つめながら、胸の中に新たな決意を抱いていた。


「私は守り人として、凛さんの助けになりたい。次こそは、もっと強くなってみせる……」

 

 その小さな呟きは凛には届かなかったが、光里の中でその言葉は確かな目標となって刻まれていた。


 廃倉庫を遠ざかる中、冷たい夜風が二人の背中を押すように吹き抜けていった。その風は、これから待ち受ける戦いの重さを静かに告げているかのようだった。


 翌朝、凛と光里は「白い魔人」を目撃したとされる老人を訪ねるため、街外れの古びた住宅街を歩いていた。住宅街は人の気配がほとんどなく、廃墟と化した建物がいくつも並んでいる。風が吹き抜けるたびに、家々の割れた窓ガラスが不気味な音を立てた。


「ここか……」 凛は目の前の小さな家を見上げた。屋根は部分的に崩れ、外壁には黒ずんだ汚れが染み付いている。玄関には古びた木製のドアがあり、その上には錆びついた表札がかろうじて残っていた。


 光里が扉をノックすると、家の中からかすれた声が聞こえた。

 

「……誰だ?」


 凛が前に進み、声を張った。

 

「影の守り人だ。お前が『白い魔人』を見たと言っていると聞いた」


 数秒の沈黙の後、ドアがぎいっと音を立てて開いた。現れたのは、痩せこけた老人だった。彼は背を丸め、古びた毛布を体に巻きつけている。深く刻まれた皺と濁った目が、長い間恐怖に苛まれてきたことを物語っていた。


「入れ……ここで話すのはよくない」


 家の中は薄暗く、窓にかけられた古いカーテンから僅かな光が漏れているだけだった。家具は埃をかぶり、空気には湿った木の臭いが漂っている。凛と光里が椅子に腰掛けると、老人は部屋の隅にある古びた机からランプを取り出し、火を灯した。


「白い魔人……確かに見たさ」

 

 老人は低い声で語り始めた。その声は震えており、言葉の端々に恐怖が滲んでいた。


「影獣どもを従えて夜の街を徘徊しているんだ。奴の姿を見た者は、次の日にはいなくなる。まるでこの世から消されたようにな……」


 光里は身を乗り出し、目を輝かせて尋ねた。

「どんな姿をしていましたか? 何か特徴は?」


 老人はしばらく考え込むように視線を落とした後、答えた。

 

「真っ白な鎧を纏っていた。いや、あれは鎧とは言えない。普通の金属じゃない。光を吸い込むような……なんとも言えない白さだった。そして……目が赤く燃えていた。あの光景は忘れられない」


 老人の話は続いた。

 

「あれが現れるとき、必ず冷たい風が吹く。どんなに温かい夜でも、急に冷え込むんだ。そして、黒い霧が辺りを覆う。影獣どもはその霧から湧き出してくるようだった……まるで奴の命令を聞いているかのようにな」


 光里はその言葉に息を呑み、懐からメモ帳を取り出して急いで記録を始めた。


 凛は腕を組み、眉をひそめた。

 

「その霧や冷気が影獣を呼び寄せているのか?」


 老人はかぶりを振った。

 

「いや、あれ自身が霧を生んでいるように見えた。それに、影獣どもはあれの命令に従っているようだった。あの魔人が親玉なのかもしれない……」


 光里がさらに質問を重ねようとした時、老人がぽつりと呟いた。

 

「隣の家族も、あれを見た次の日にいなくなった」


「いなくなった?」

 

 光里が声を上げる。老人は首を振り、震える声で答えた。

 

「家に戻った時には、誰もいなかった。まるで最初から存在していなかったように……。あれに近づくと、存在そのものが消されるんだ」


 部屋には一瞬、重い沈黙が流れた。光里は不安そうに凛を見たが、彼は表情を変えずに老人の言葉を受け止めていた。


 老人は凛と光里に向き直り、その濁った目でじっと二人を見つめた。

 

「影の守り人よ……あんたたちがどれほどの力を持っていようと、あれには近づくな。普通の影獣とは違う。あれに挑めば、生きて帰れる保証はない」


 その忠告に、光里の背筋が寒くなった。だが、凛はその言葉を静かに受け止めるように頷いた。


「貴重な情報をありがとう。俺たちが奴を止める」

 

 毅然とした凛の言葉に、老人はかすかに眉を動かしたが、不安の色は消えなかった。


 家を出た後、二人はしばらく言葉を交わさずに歩いた。風が冷たく吹き付け、街外れの静けさがより一層不気味さを感じさせた。


 やがて、光里が小さく口を開いた。

 

「……白い魔人、本当にいるんでしょうか?」


 凛は立ち止まり、遠くを見つめながら答えた。

 

「分からない。ただ、影獣たちの動きが明らかに変わっているのは事実だ。そして、その背後に何かがいることも確かだ」


 光里はその言葉に力強く頷いた。

 

「なら、私たちがそれを突き止めましょう。この街の人たちをこれ以上怯えさせないために」


 凛は短く頷き、歩き出した。その背中には確固たる覚悟が見えた。光里もその背中を追いながら、自分の中で膨れ上がる使命感を胸に秘めた。


 街に戻る途中、二人は風に乗って聞こえる奇妙な音に足を止めた。振り返ると、遠くの廃屋の屋根に黒い霧が渦巻いているのが見えた。


「凛さん……!」

 

 光里が指をさす。凛はその方向を睨みつけ、刀の柄に手をかけた。


「行くぞ。ここで何が起きているか、確かめなければならない」

 

 二人は無言で廃屋へと足を速めた。その背後には、再び不気味な風が吹き抜けていった。


 カルマシティ北端、かつての繁栄を失った商業区。壊れたショーウィンドウと散乱する瓦礫、放置されたまま錆びついた車両が、不気味な沈黙の中で影を落としている。この区域はすでに人の住む場所ではなくなり、影獣たちの巣窟と化していた。


 風が吹き抜ける中、玲音は物陰から廃墟の広場を監視していた。双眼鏡越しに見える光景は、これまでに彼女が見たものとは明らかに異なっていた。


「……一体、何が起きているの?」


 玲音の視界には、広場の中央にそびえる黒い石碑があった。その異様な存在感に目を奪われた彼女は、思わず双眼鏡を下ろして息を呑んだ。石碑の周囲には無数の影獣が蠢いており、その動きにはこれまでの影獣に見られなかった規則性があった。


 影獣たちは石碑を中心に円を描くように動き、時折、石碑の表面に向かって咆哮を上げていた。それはまるで、石碑に忠誠を誓う儀式のようだった。


 玲音は双眼鏡を再び覗き、石碑の詳細を観察した。

 

「……これ、ただの石じゃない……」


 石碑の表面には無数の奇妙な紋様が刻まれており、それらが微かに青白く発光しているように見えた。さらに、石碑からは黒い霧が絶え間なく立ち上っており、それが影獣たちを引き寄せているようだった。


 玲音は腰のポーチから簡易測定器を取り出し、周囲のエネルギー反応をスキャンした。画面に表示される数値は異常なほど高く、エネルギーが不安定に変動している。


「……この濃度、影獣だけじゃない……」


 玲音がさらに観察を続ける中、影獣の一匹が突然、鋭い咆哮を上げた。その声を合図に、他の影獣たちが一斉に動き出し、石碑の周囲を取り囲むようにして配置についた。


「守ってる……?」


 玲音は思わず呟いた。その動きは単なる本能ではなく、誰かに指示されているかのような精緻さを持っていた。影獣たちは互いに連携し、石碑への接近を阻む防御陣形を形成している。


「影獣がここまで計画的に動くなんて……一体、誰がこんなことを……」


 突然、石碑が青白い光を放ち始めた。その光は瞬間的に強まり、広場全体を照らした。影獣たちは光に呼応するように一斉に咆哮を上げ、その声が廃墟の静寂を引き裂いた。


「何が始まる……?」


 玲音は身を隠しながら慎重に観察を続けた。石碑の発する光が周囲の空間を歪め、次第にその中心で霧が濃くなっていく。霧は渦を巻き、まるで何かが出現しようとしているかのようだった。


 その瞬間、霧の中心から白い光が放たれ、玲音は目を細めて光景を見守った。


 霧が晴れると同時に、そこに異様な存在が浮かび上がった。それは「白い魔人」だった。


 全身を覆う純白の鎧が、どこか生物的な光沢を持って輝いている。鎧には細かい紋様が刻まれ、それらが不規則に脈動しているようだった。魔人の頭部には燃えるような赤い目があり、それが鋭く玲音の方を向いた気がした。


「これが……」


 玲音の心臓が高鳴った。白い魔人は石碑に向かってゆっくりと手をかざし、何かを操作しているように見えた。その動きに呼応するかのように、石碑がさらに強い光を放ち始めた。


 石碑の光がピークに達すると、黒い霧の中から新たな影獣たちが次々と生み出されていった。それらの影獣は石碑の周囲に陣取る既存の影獣と同じように整然と動き、即座にその場の防衛網に加わった。


「……石碑が影獣を生み出している……?」


 玲音は息を呑み、その場から逃げ出したい衝動に駆られた。しかし、ここで逃げるわけにはいかないという使命感が彼女をその場に留まらせていた。


 白い魔人が再び手をかざすと、石碑の光が徐々に収まり、影獣たちが一斉に静まり返った。その場には一種の緊張感が漂い、空気が重く感じられた。


 玲音は通信機を取り出し、凛たちに連絡を取ろうとした。しかし、通信機は激しいノイズを発し、信号が遮断されていた。


「電波障害……この場所のエネルギーが原因……?」


 玲音は焦りを感じながらも、冷静に状況を分析しようと努めた。


 突然、白い魔人が動きを止め、その赤い目が玲音の隠れている方向をじっと見つめた。玲音は全身が硬直するのを感じた。彼女が隠れている場所がばれているのか、それとも単なる偶然なのか――判断がつかない。


「まずい……気づかれたか?」


 玲音は慎重に息を潜め、魔人の動きを注視した。魔人は一歩を踏み出し、まるで玲音に向かって進んでくるように見えた。


 その場の危険を察した玲音は、音を立てないようにそっと身を引き、廃墟の裏手へと移動した。彼女は振り返ることなく瓦礫の陰を辿り、できるだけ足音を殺して距離を取った。


 遠ざかる中で、白い魔人が再び石碑に手をかざし、黒い霧と共に姿を消していくのが見えた。


 拠点へ戻った玲音は息を切らせながら凛たちに報告した。


「石碑が影獣を増やしている……それだけじゃない。『白い魔人』が確かに存在した。影獣を操っているのは間違いなく奴よ」


 玲音の言葉に、凛は険しい表情で頷いた。


「奴の目的が分からない以上、これ以上の犠牲は許されない。すぐに動くぞ」


 玲音の報告は、影の守り人たちにとって戦いの新たな局面を示していた。そして、その背後には未知の脅威がさらに深く潜んでいることを暗示していた。


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