二章

第16話:灰燼に消ゆ

 廃工場が赤い炎に包まれる。崩れた鉄骨が軋みを上げ、天井の一部が崩落し、火花が散る。煙が空へと昇り続けるその中で、凛は刀を握り締め、影獣化した香澄を見据えていた。


「……香澄……」


 喉から漏れるような掠れた声が、燃え盛る炎の音に掻き消される。目の前の香澄の体は、黒い霧と無数の触手に覆われ、巨大な影獣へと変貌していた。それでも、彼女の瞳にはかすかな人間らしさが残っていた。


「助けて……凛……」


 低く、震えるような声が工場内に響く。彼女の唇から流れ出る言葉は間違いなく香澄のものだったが、その口元には鋭い牙が覗き、手の先は獣の爪へと変わっていた。その姿に、凛の心が激しく揺れる。


「香澄、本当に……君なのか?」


 凛の問いに、香澄の体はわずかに震えたかのように見えた。しかし次の瞬間、黒い霧が彼女の周囲に渦巻き、獣の低いうなり声が場を満たす。


「おーい、凛! ボーッとしてる暇はねえぞ!」


 突然、床の影が揺れ、その中からカゲモンが現れる。ふわりと宙に浮かび、凛の肩に乗る。


「そいつ、完全に影獣になっちまうぞ! さっさと片付けねえと、もう戻れなくなる!」


 カゲモンの軽妙な口調には、いつもの余裕は感じられなかった。凛の手元を見ると、刀が震えているのが分かった。


「お前、迷ってんじゃねえよな? こんな時に――」


 カゲモンの言葉が終わらぬうちに、香澄の体から黒い霧が噴き出し、工場全体を揺るがすような轟音が響いた。その霧は触手のように伸び、炎をかき消しながら周囲を飲み込んでいく。


「俺は……まだ香澄を助けられるはずだ!」


 凛が叫ぶ。その声には確信がなかった。それでも彼は刀を振り上げることができないでいた。


「助けられる? は、いいねえ。でも、どうやってだよ?」


 カゲモンが軽く笑いながらも、その目には焦りが見える。


「影獣になったやつが戻るなんて話、聞いたことねえだろ? お前の情けが香澄を救えるのか、試してみな!」


 凛は言葉を詰まらせた。目の前の香澄の瞳には、涙が浮かんでいるように見える。しかしその一方で、黒い触手がうごめき、彼を襲う準備をしているのが分かる。


「俺には……」


 凛の声が震える。彼の迷いが、香澄の体をさらに変異させていくかのようだった。


「……凛……」


 香澄が最後の人間らしさを残す声を漏らしながら、地を蹴った。その鋭い爪が凛の胸を狙い、空を切り裂くような音を響かせる。


「やるしかねえんだ!」


 カゲモンの叫びを背に、凛はようやく刀を振り上げ、彼女の攻撃を受け流した。刃と爪がぶつかり合い、火花が散る。だが、凛の動きには迷いがあった。その一瞬の隙を突き、香澄が触手を伸ばしてきた。


「くそっ……!」


 凛は後退し、触手を紙一重で避ける。しかし、心の迷いが動きを鈍らせているのは明らかだった。


「おい凛! まだ迷ってるのか!」


 カゲモンの声が厳しく響く。その目が鋭く光り、凛の手元を睨む。


「お前が迷えば、香澄は完全な影獣になる。それだけじゃねえ。次はお前を喰うぞ!」


「でも……香澄は、助けを求めてる!」


 凛の叫びに、カゲモンは冷たい声で返した。


「その声が本物かどうか、斬って確かめろ! お前が決断しなきゃ、全員死ぬ!」


 香澄の体が黒い霧に包まれ、完全な影獣へと変貌する寸前だった。彼女の目から大粒の涙がこぼれ、凛を見つめる。


「……助けて……凛……」


 その声は、影獣の低い唸り声に混じりながらも、確かに彼女のものだった。


「香澄!」


 凛が叫び、刀を振り下ろす。刃が香澄の胸を貫いた瞬間、彼女の体が一瞬だけ止まり、その瞳に人間らしさが戻る。


「……凛……ありがとう……」


 香澄が微笑むように見えたその瞬間、彼女の体は黒い霧となり、完全に消え去った。


 凛の手から刀が滑り落ち、床に重い音を立てて転がる。膝をついた彼の目には、香澄の最後の姿が焼き付いていた。


 工場内の炎は次第に弱まり、崩壊の音も止んでいく。煙の中で、凛は膝をついたまま動けなかった。


「香澄……」


 震える声が空間にこだまするが、答えるものは何もない。彼の視線は、香澄が消えた場所に残る黒い痕跡に釘付けになっていた。


「これが……俺の選択だったのか……」


 ふと背後からカゲモンの声が響く。


「おい、凛。まだ終わっちゃいねえぞ」


 軽妙な調子だが、その目には冷たい光が宿っている。


「次に来るのは……『白い魔人』かもしれねえ」


 凛はその言葉に息を呑む。


「白い魔人……」


「影獣の動きが妙だったろ? あれはあいつの仕業だ。これからもっと厄介なことになるぜ」


 凛はゆっくりと立ち上がり、刀を握り直した。


「どんな相手だろうと、この街を守る。それだけだ」


「その意気だ。それじゃ、行こうぜ」


 カゲモンがふわりと浮かび、先へ進む凛の肩に乗る。炎と煙が消えゆく廃工場を背に、彼らは次なる戦いへと歩みを進めた。


 廃工場を後にし、凛とカゲモンは市街地南部へ向かって駆け抜けていた。夜の街は不安と混乱に包まれ、避難を急ぐ住民たちが叫び声を上げながら狭い路地を走り抜けていく。


「おい凛、影獣の気配がどんどん濃くなってやがる!」


 カゲモンが焦りを滲ませた声で叫ぶ。凛は答えず、刀を握り直しながら走り続けた。


「……これが本当に『白い魔人』の仕業だとしたら、一刻の猶予もない」


 心の中でそう呟きながら、凛の目は前方を鋭く睨んでいた。


 南部の広場に到着すると、そこには混乱が渦巻いていた。影獣の出現に怯える住民たちが、子どもを抱えながら避難を急いでいる。周囲には、倒壊した建物の残骸や、影獣の爪痕が生々しく残っていた。


「凛さん!」


 光里が広場の端から駆け寄ってくる。その顔には疲労と焦りの色が濃く浮かんでいた。


「住民の避難はまだ終わっていません! でも、影獣が増えてきています!」


「分かった。避難者の誘導はお前に任せる。俺が影獣を引きつける!」


 凛の言葉に、光里は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに力強く頷いた。


「分かりました! 絶対に無茶はしないでください!」


 彼女の言葉に短く頷くと、凛は刀を抜き、広場の中心に向かって歩みを進めた。その背中には、決意が滲み出ていた。


「おい凛、前方に二体来るぞ!」


 カゲモンが警告を発する。その声に応じるように、影獣が闇の中から姿を現した。異様に長い触手を持つ一体と、鋭い牙がむき出しの獣型のもう一体。そのどちらも、通常の影獣とは比べ物にならないほどの威圧感を放っていた。


「……こいつら、明らかに普通の影獣じゃない」


 凛は刀を構え、冷静に影獣の動きを観察する。その一瞬の間にも、触手型の影獣が空間を裂くように攻撃を繰り出してきた。


「来るぞ!」


 凛は体を低くして触手をかわし、反撃の刃を振り下ろした。だが、触手型の影獣はその攻撃を読んでいたかのように回避し、背後に回り込む。


「こいつ、動きが読めてる……!」


 凛が気を引き締める中、カゲモンが影の触手を伸ばし、獣型の影獣を押さえ込む。


「俺がサポートする! そっちはお前がやれ!」


「了解!」


 凛は短く答え、目の前の触手型影獣に集中する。その動きにはもう迷いはなかった。


 一方、広場の端では光里が住民たちの避難を誘導していた。彼女は弓を引き絞りながら、影獣の気配が近づくたびに矢を放ち、その進行を阻んでいる。


「急いでください! 安全な場所まであと少しです!」


 住民たちを励ましながらも、その手には汗が滲み、疲労の色が隠せなかった。それでも光里は必死に足を止めず、凛を信じて避難誘導に全力を尽くしていた。


 凛は触手型影獣との激しい攻防を続けていた。触手が鋭くうなりを上げながら襲いかかる中、彼はわずかな隙を見逃さず、刀を振り上げた。


「ここだ……!」


 その刃は影獣の中心部に深く突き刺さり、影獣が激しい悲鳴を上げる。体が崩壊し、黒い霧となって広場の空気に溶けていった。


「よし……次は――」


 凛が次の標的に目を向けたその時、背後からカゲモンの声が飛んできた。


「やべえぞ! 獣型が暴走しやがった!」


 振り返ると、獣型影獣が黒いオーラをまとい、異様な速さで光里の方向へ向かっていた。


「光里、伏せろ!」


 凛が叫ぶ。だが光里は住民たちの盾となるべく立ち上がり、矢を引き絞る。


「来ないで……!」


 その声には恐怖を超えた決意が宿っていた。放たれた矢は正確に影獣の頭部に突き刺さるが、それでも勢いを止めることはできない。


「くそっ……!」


 凛は全力で駆け出し、光里の前に立ちはだかる。そしてその瞬間、刀を振り抜き、獣型影獣の咆哮を受け止めた。


 激闘の末、凛の刃が獣型影獣を貫き、その体が崩れ落ちた。静寂が広場に戻るが、その場には重い空気が漂っていた。


「凛さん、大丈夫ですか……?」


 光里が疲れた足取りで凛に近づく。その手には、彼が守りきった住民たちへの責任感が込められていた。


「ああ、大丈夫だ……」


 凛は刀を収め、光里の肩に手を置く。その視線の先には、黒い痕跡が残る地面があった。


「カゲモン……これも『白い魔人』の仕業なのか?」


「そうかもな……次はもっと大物が来るかもしれねえ」


 カゲモンが静かに呟く。その目には、何か新たな危機を見据えているような光が宿っていた。


「俺たちはまだ終わっちゃいねえ。この街を守る戦いはこれからだ」


 凛の胸には新たな覚悟が芽生えていた。そしてその決意を胸に、彼らは再び影の中へと踏み出す。


 影獣との戦闘を終え、広場には安堵と静寂が戻りつつあった。だが、その場にいる全員が、戦いの終わりが真の「終わり」ではないことを感じ取っていた。


 光里は避難を完了させた住民たちの安全を確認し、改めて凛のもとへ駆け寄った。


「凛さん、影獣は倒しましたけど、まだ……何かがおかしいです」


 その言葉に凛は頷いた。彼の目は広場に残る黒い痕跡に鋭く注がれている。


「カゲモン、これ、普通の影獣が残すものじゃないよな?」


「だな……こんな痕跡を残す影獣なんざ聞いたこともねえ。それに――」


 カゲモンがふわりと宙に浮かびながら、広場の中央を指し示す。その先には、さっき倒した影獣が消えた場所に残された奇妙な模様があった。それは影のように黒いが、不規則に揺らめいており、まるで何かを呼び寄せるような動きをしている。


「この揺らめき、見覚えがある。奈落の門が開きかけた時と同じだ」


 凛は眉をひそめ、刀を抜いたまま模様に慎重に近づく。


「つまり、また奈落に繋がる扉が――」


 その言葉を言い終える前に、模様が激しく揺れ始めた。周囲の空気が急激に冷え込み、凛と光里の呼吸が白く染まる。


「何か来るぞ!」


 カゲモンが叫び、凛はすぐさま構えを取る。光里もまた弓を引き絞り、緊張感を張り詰めた視線を模様に向けていた。


 黒い模様から放たれる影が螺旋状に渦を巻き、突然、それが爆発するように広がった。その中から現れたのは、巨大な人型の影。その輪郭は明確ではなく、体は闇そのものでできているようだったが、その目にはぎらぎらと輝く金色の光が宿っていた。


「これが……」


 光里が言葉を失う。その存在感は、ただの影獣とは比べ物にならない。凛は歯を食いしばり、刀を握る手にさらに力を込めた。


「白い魔人ではない……けど、こいつもただの影獣じゃない」


 その巨大な影は、低く唸り声を上げながらゆっくりと動き出す。その一歩ごとに地面が揺れ、瓦礫が跳ね飛ぶ。


「凛、こいつはやべえぞ!」


 カゲモンの警告を受け、凛はすぐに動き出した。光里に向かって叫ぶ。


「光里、避難者たちを守れ!こいつは俺が止める!」


「凛さん、私も――」


「命令だ!」


 光里はその言葉に反論しようとしたが、凛の決意に満ちた声に押され、渋々後退する。


「分かりました……必ず無事で戻ってきてください!」


 彼女のその言葉に、凛は短く頷くだけで返事をしなかった。


 巨大な影は、凛の接近を待たずしてその巨大な腕を振り上げた。鋭い風圧が襲い、凛は即座にその場を転がって回避する。


「早い……!」


 その動きは大きな体に似つかわしくないほど敏捷だった。さらに、その腕が地面に叩きつけられるたびに黒い霧が噴き出し、視界を奪う。


「くそっ、この霧のせいで動きが読めない……!」


 凛は霧の中で刀を構え直し、冷静に耳を研ぎ澄ます。周囲の音を頼りに敵の位置を探ろうとするが、その時、背後から急激な冷気が押し寄せた。


「後ろか!」


 振り返りざまに刀を振るうも、間一髪で影の腕が凛の横を掠める。その衝撃で彼の体が大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。


「ぐっ……!」


 息を整える暇もなく、影は再び迫ってくる。凛は刀を盾のようにしてその攻撃を受け止めた。


「凛、お前さん、何か策を考えろ! このままじゃ持たねえぞ!」


 カゲモンが叫ぶ中、凛の脳裏に一つのアイデアが浮かんだ。


「光里! 奴の足元を狙え!」


 霧の中から凛の声が響く。それを聞いた光里は、一瞬ためらいながらも、弓を構え直した。


「分かりました!」


 彼女は息を整え、一気に矢を放つ。その矢は影の足元に突き刺さり、何かが砕けるような音が響いた。


「よし、効いてる!」


 凛はその隙をついて影の懐に飛び込み、刀を振り下ろした。その一撃は影の胴体を切り裂き、その体が一瞬だけ揺らぐ。


「カゲモン、今だ!」


 カゲモンが影の動きを抑えるように触手を伸ばし、凛が最後の一撃を放つ準備をする。


「これで……終わりだ!」


 渾身の力で刀を振り下ろし、影の体がついに崩れ落ちた。その瞬間、広場に静寂が戻る。


「終わったか……?」


 光里が駆け寄り、凛を支えるように肩に手を置く。凛は息を整えながらも、まだ警戒を解いていなかった。


「いや……これで終わりじゃない」


 彼の視線は、倒れた影の残骸に向けられていた。その中心には、不気味に光る白い結晶のようなものがあった。


「これが……?」


 カゲモンが近づき、その結晶をじっと見つめる。


「間違いねえ。こいつ、白い魔人と何かしらの関係がある」


 その言葉に、凛と光里の間に緊張が走る。影との戦いはまだ序章に過ぎないことを、彼らは理解していた。


「どんな奴が来ようと……俺たちが止める」


 凛のその言葉に、光里は短く頷き、再び弓を握りしめた。


 影が深まる夜の中、次なる戦いへの決意を胸に、彼らは歩みを進めた。


 広場を後にした凛と光里は、再び市街地を走り抜けた。住民たちの避難が進む中、街全体には異様な静けさが漂っていた。先ほどの戦闘の疲労が二人の身体に重くのしかかるが、立ち止まる余裕はない。


「凛さん、さっきの影獣……あれは一体……」


 光里が問いかけるが、凛は答えず、ただ前を見据えて走り続ける。その表情には、深い思索が見え隠れしていた。


「おそらく、今までの影獣とは別の力が働いている。あれは……ただの本能で動く存在じゃなかった」


 その言葉に光里が息を飲む。


「じゃあ……やっぱり、『白い魔人』が関係しているんですか?」


 凛は一瞬だけ彼女を振り返った。その目には答えが宿っていたが、言葉にはしなかった。


「可能性は高い。でも、確証がない以上、噂に振り回されるのは危険だ」


「……はい」


 光里は頷きつつも、心の中では不安が膨らんでいくのを感じていた。


 二人が到着した次の地点――カルマシティ北部の商業区は、異常な光景に包まれていた。通りは人影もなく、無数の建物が黒い影のような何かに覆われていた。


「これは……」


 凛が足を止める。その視線の先には、影に埋もれた店の看板や、ひび割れた道路が広がっている。そこに残る気配は、不穏で、明らかに異常なものだった。


「カゲモン、これも奈落の力か?」


 カゲモンが凛の肩に現れ、周囲を見回す。


「間違いねえな。しかも、ここはただの影じゃねえ。誰かが意図的にこれを広げてる」


「誰かが……?」


 光里が問い返すと、カゲモンがふわりと飛び上がり、少し先を指し示した。


「ほら見てみろよ。影の中心に向かって力が集中してる感じがするだろ?」


 彼が示した先には、一軒の崩れかけたビルがそびえていた。その周囲には黒い霧が渦巻き、建物全体を覆っている。


「行こう」


 凛が刀を握り直し、一歩踏み出した。光里もそれに続き、弓を構えながら進む。


 ビルの内部はさらに異様だった。窓から射し込む光はほとんどなく、壁には黒い文様のようなものが刻まれている。それらは不規則に動き、まるで生き物のようだった。


「気をつけろ……何かいる」


 凛が低い声で警告する。その言葉と同時に、奥の闇から低い唸り声が響いた。影の中からゆっくりと現れたのは、人間の姿を模した異形の影獣だった。


 だが、その目は完全に異なっていた。冷酷な知性を宿し、凛たちを値踏みするかのように鋭く光っていた。


「また来やがったな……」


 カゲモンが唸るように呟く。その影獣は、これまでのものよりもさらに大きく、その動きには無駄がなかった。


「光里、距離を取れ! こいつは厄介だ!」


 凛が叫ぶと同時に、影獣が飛びかかってきた。その速さはまるで風のようで、凛は辛うじてその一撃を受け止めた。


「光里! 弱点を探れ!」


 凛は影獣の猛攻を受け流しながら、光里に指示を飛ばした。光里は影獣の動きを観察し、弓を構えながら一瞬の隙を狙う。


「わかりました!」


 彼女の瞳は揺るぎない決意に満ちていた。影獣が凛に向けて鋭い攻撃を繰り出す隙を見て、光里は正確な一矢を放った。その矢は影獣の脚に命中し、その動きを一瞬だけ鈍らせた。


「今だ、凛!」


 カゲモンが影獣の動きをさらに制限するように影を伸ばす。凛はその隙を逃さず、刀を全力で振り下ろした。


「これで終わりだ!」


 刀が影獣の胸部を貫き、その体は激しい振動を起こしながら崩れ落ちた。凛と光里はしばらくの間、その場に立ち尽くしたまま息を整えた。


「終わった……の?」


 光里が問いかける。その声には安堵と不安が入り混じっていた。


「いや、まだだ」


 凛が答える。その視線の先には、崩れた影獣の体から浮かび上がる奇妙な紋様があった。それは微かな白い光を放ちながら、ゆっくりと消えつつあった。


「これが……白い魔人の痕跡なのか?」


 カゲモンが紋様をじっと見つめる。


「間違いねえな。これが奴の仕業だ」


 凛はその言葉に頷き、刀を握り直した。


「なら、次は奴自身が出てくるはずだ。その前に、準備を整える必要がある」


 光里もまた、弓を握り直し、決意を新たにした。


「凛さん、私たちで……必ず守りましょう」


 その言葉に、凛は静かに頷く。


 戦いが終わり、街には再び静けさが戻った。だが、その静けさの中には、次なる脅威への予兆が潜んでいた。


「次が来るのは時間の問題だ……」


 凛が呟く。その背中を見つめながら、光里は深い呼吸を整えた。


 彼らの目の前に広がる夜の闇――それは決して終わりを意味するものではなく、新たな戦いの幕開けを告げていた。

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