第15話:変わりゆく街の景色

 夜のカルマシティに、どす黒い雨が静かに降り注ぐ。冷たく重い雨粒が街路の石畳に叩きつけられ、広がる染みが不気味に蠢いているようにも見える。この黒い雨は普通の雨とは違う。街の住人たちは軒下や窓越しから外を不安げに見つめ、誰もが異質な不安に飲み込まれるような感覚にとらわれていた。


「この雨……まるで奈落の意思がまだこの街に宿っているみたいだ」


 カゲモンがぽつりと呟き、凛と共に雨空を見上げていた。その言葉に、凛もまた黙り込む。雨は肌に触れるたびに冷たさを通り越して何か禍々しい力を纏っているかのようだ。


「黒い雨のせいで街の空気も変わってきた……ただの雨じゃない」


 凛も小声で答えながら、身体中にまとわりつくこの重さが単なる気のせいではないと感じていた。光里が二人の背後からやって来て、神妙な表情で続ける。


「凛さん、この雨が降り出してから、街全体に不穏な気配が漂っています。奈落の意思の影響が完全に消えたわけではないのでしょうか」


 凛、カゲモン、玲音、光里の四人はそれぞれ静かに見つめ合うと、街に巣食う新たな脅威の可能性に気を引き締めていた。カルマシティの住人たちも、この不吉な黒い雨に触れるたび、街全体が何か暗いものに飲み込まれつつあるかのように感じているのだろうか。表情は青ざめ、街のあちらこちらに陰りが漂っている。


 三人が街を巡回し始めたその時、いつの間にか囁かれ始めた新たな噂が耳に飛び込んできた。それは、まるで黒い雨と共に降り注ぐかのように街中に広がっていた。


「白い魔人が現れるって……“白い魔人”と呼ばれるその者に出会った者は消えるらしい」


 街の片隅で怯えた表情を見せる子供たちが、その噂を小さな声で囁き合っていた。凛が無意識に眉をひそめると、噂話はさらに広がり、大人たちまでもが真剣な表情でその話に耳を傾けていた。


 カゲモンは少し遠くを見つめるように目を細め、冷たい雨に打たれたまま、独り言のように呟いた。


「……まさか、奴がまた姿を現すことになるとはな。初代が残したものが、こんな形で影を落とすなんて……」


 その声にはかすかに揺れる響きがあり、凛はカゲモンがその重さを知っているように感じていた。


「初代も、きっと後悔しているさ……自分が影を背負わせてしまったことをな」


 その言葉は、彼の中にある遠い記憶を呼び覚ますかのようであり、凛の中には、自分がまだ知らない宿命があるという予感が生まれた。


「俺たちが影を退けたはずの街に、また新たな脅威が迫っているのか……」


 凛は心の中で言い聞かせるようにしながらも、暗い予感を拭い去ることができなかった。カゲモンが横から低く呟く。


「“白い魔人”……その噂、ただの風聞ではなさそうだ。お前の中にも似た力が眠っているなら、この街で今何かが動き始めているのかもしれない」


 その言葉に、凛はふと立ち止まり、心の奥深くに何かが触れたような感覚を覚える。凛の中に流れる無明の力が初代黒羽の夜叉とどう繋がっているのか、彼は未だ知らない。だが、カゲモンの言葉が不意に胸に響き、この“白い四代目夜叉”が何か宿命的な存在であるかのような感覚が広がっていった。


 黒い雨が降り続く中、街の至るところで「白い魔人」についての噂が広がり、住人たちは皆その存在におびえ始めていた。誰も実際に見た者はいないが、不安が募り、それがあたかも真実であるかのように街に広がっていた。


「白い魔人……どこから現れ、なぜこの街に潜んでいるのかは不明だが、この黒い雨もそれと関係しているのかもしれないな」


 カゲモンは苦々しげに言い、暗い雨に濡れる街を見渡した。凛もただの噂では片付けられないような気がしていた。何かが確実に動き出している。再び彼らを試すように、暗い影が街に忍び寄ろうとしているのだ。


「もしも“白い魔人”が実在するのなら、俺たちはまた戦うことになるかもしれない」


 凛が小さく呟くと、光里が力強く頷いた。「私たちは影に屈しません。この街を守り続けるためなら、どんな戦いでも乗り越えていきます」


 その言葉に、凛も静かに頷き、カゲモンもまた強い決意を胸に目を閉じていた。彼らの覚悟は、この黒い雨の降り続く街を再び見つめることで、ひとつの誓いとなって結ばれた。


 黒い雨が降り続ける中、夜のカルマシティの空には暗雲が立ち込め、雷鳴が時折街を不気味に照らし出しては消える。住人たちは不安に満ちた面持ちで家に閉じこもり、窓の外に広がる不穏な光景を見つめている。そんな中、凛、光里、玲音、カゲモンの四人は不気味な気配を感じ取りつつも静かに巡回を続けていた。


 街路には、奈落の意思の影響がまだ残っているかのような暗い染みが点在し、それが夜の闇の中で微かに蠢いているようにも見える。まるで、完全には消え去らない影が街の至る所で再び姿を現そうとしているかのようだった。


「この黒い雨、奈落の意思の影響が完全に消えたわけではないのかもしれないな」


 カゲモンが苦々しげに呟き、凛に視線を送った。凛もまた、その視線を受け止め、決意に満ちた表情で答える。


「たとえ奈落の影が完全には消えていなくても、俺たちはこの街を守り続ける。それが俺たち影の守人としての役目だ」


 その言葉に、光里もまた頷き、静かに決意を新たにする。黒い雨が再び強まる中、三人は無言で次なる影との戦いに備えて、その場に立ち尽くしていた。


 翌朝になっても黒い雨は止むことなく、人々の間での「白い魔人」への恐怖はさらに増していった。白い魔人に出会った者は、その後二度と姿を見せない――その噂が真実味を帯びて街に広まり、住民たちは外に出ることをためらい始めていた。


「影を退けたはずのこの街に、また暗い影が忍び寄ろうとしている」


 凛は表情を曇らせ、遠くを見つめる。その瞳には決意と共に、不安の色が深く宿っている。そんな凛に向かって、カゲモンが静かに言葉をかけた。


「凛、お前の中には初代黒羽の夜叉の意思が眠っている。もし“白い魔人”が実在するのなら、その宿命はお前にも何らかの影響を及ぼすだろう」


 カゲモンの言葉に、凛は無言で心を揺らした。自分の中に流れる無明の力が、初代の宿命とどう繋がっているのか、まだ知る術はない。しかし、再び燃え上がったのは、この街が脅かされるならば、それに立ち向かうしかないという守護者としての覚悟だった。


 カゲモンは空を見上げ不意に心の中で口ずさむ。


「よもや奴が現れようとは、これも宿命なのか……。柿崎お前は何を望んだ」


 カゲモンが心の中でつぶやいた直後、雨に濡れた影の中から、まるで亡霊のように黒結女が静かに現れた。カゲモンだけがその姿を捉えており、凛は彼女の存在に気づく素振りもない。


「もう始まっているわ。この流れは誰も止められない」


 黒結女が口元に含み笑いを浮かべ、ゆっくりとカゲモンを見つめている。カゲモンは一瞬驚きを見せたものの、すぐに冷静さを取り戻し、彼女の姿がこのタイミングで現れたことに警戒の色を浮かべる。彼女がすべてを見透かしているかのような不気味さを感じたからだ。


「お前……」カゲモンは彼女に向き直り、静かに言葉を放ったが、心の中にわずかな焦燥がよぎる。


「これも宿命かしら……凛はそのために生まれてきたのよ。忘れたとは言わせないわ」


 黒結女の視線は冷たく光り、じっとカゲモンに注がれている。カゲモンも視線をそらさず、彼女の目の奥にある何かを見極めようとしているようだった。


「さてね、思い通りになるかは分からないさ」と、カゲモンはわずかに口元を緩めて答えたが、その声には少しの棘が混じっていた。


 黒結女の微笑は、彼女がすべてを掌握しているかのように見える。彼女の目には冷たい光が宿り、まるで未来さえ見通しているかのようだ。その背後では、凛が彼女に気づくこともなくただ雨に視線を注いでいる。


「宿命とは、抗えば抗うほど強く縛られるものよ。いずれ凛にも分かるわ……いずれね」


 最後の言葉を残し、黒結女は闇の中へと溶け込むように姿を消した。カゲモンは彼女の言葉の重さを受け止め、深く息をついた。その顔には一瞬、影のような暗い感情がよぎったが、すぐに消え、冷静な表情に戻る。


 果たして、この運命とは……。


 黒い雨に打たれながら、凛は静かに新たな決意を心に刻む。「たとえどんな影がこの街を脅かそうと、俺は守り抜く。この街も、光里と玲音も、カゲモンも……」


 その言葉に光里と玲音とカゲモンも互いに目を合わせ、凛と共にこの街を守るという強い意志を新たにした。彼らは無言のまま、次に訪れるであろう影との戦いに向けて静かに意識を高めていく。


 夜が明け、雨がようやく止んだ頃、街にはまだ暗雲が垂れ込め、空気は重く淀んでいた。凛、光里、玲音、カゲモンは再び巡回に出る準備を整え、影の存在に対する警戒を新たにしていた。


「凛さん、どんなに暗い影が忍び寄ろうとも、私たちはこの街を守り続けますよね」


 光里が決意のこもった眼差しで凛に問いかける。凛は静かにうなずき、守護者として街を見守り抜くことを胸に誓う。


 暗雲が広がる空の下、凛たちは再び影の守人として歩み始めた。その先には、まだ見ぬ影の脅威が待ち受けているかもしれない。しかし、彼らは決して揺るがず、影に立ち向かうことを選び続ける。


 カルマシティに降り注ぐ朝の光が、街に再び明るさをもたらしたが、住人たちの顔には不安の影が残っていた。凛たちは影の守人として再び巡回を開始し、街全体を静かに見守っていた。


 その先には再び影との戦いが訪れるかもしれないが、凛、光里、カゲモンは影の守護者としての使命を胸に抱き、新たな日常を歩み続ける覚悟を決めていた。


 そして、影が近づく静かな音に、凛は目を細めた――。

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