第14話:運命の終着点

 ――光里を救出してから一ヶ月後。

 

 カルマシティを覆う夜の霧は、ただ静かではなかった。濃密な影が蠢き、まるで街そのものが生きているかのような不気味な雰囲気を漂わせていた。その中心には「奈落の意思」と呼ばれる艶消しの黒い正八面体が宙に浮き、ゆっくりと回転していた。その動きは異様で、まるで街の鼓動そのものを司っているかのようだ。


 凛たちは、その場で立ち尽くしていた。空気は重く、喉を締め付けるような圧力が四人の体を覆う。それでも、彼らの目は諦めることなく、前方の脅威に立ち向かう決意で燃えていた。


「これが……奈落の意思……」光里が呟くように声を漏らした。


 玲音が眉間に皺を寄せ、冷静な声で分析を始める。「ただの敵ではない。この街の負の感情すべてが形を持ったようなもの。この威圧感……通常の攻撃では通じない可能性が高い」


「すげぇ奴だな、冗談が一つも出てこねぇ」カゲモンが漂いながら軽くつぶやくも、その表情はいつになく真剣だった。


 凛は一歩前に進み、刀を握り直した。「俺たちがここで止めなければ、この街は終わる。それだけだ」


 奈落の意思が回転を加速させ、その黒い表面に小さなひび割れが走る。その亀裂から黒い霧が溢れ出し、空間そのものを歪ませていくようだった。そして、不気味な音を立てながら無数の触手のような影が放射状に伸び、凛たちに向かって襲いかかる。


「来るぞ!」凛が叫ぶと同時に、触手が四方八方から迫ってきた。それはただの物理的な攻撃ではなく、空間そのものを引き裂くような破壊力を秘めている。


 玲音が即座に術を展開した。「結界を張る!全員、持ちこたえて!」


 白い光の壁が凛たちを包み込む。しかし、触手の一撃は強力で、結界が音を立ててひび割れを起こし始める。


「このままじゃ持たない!」光里が焦りの声を上げる。


「なら攻めるしかない!」凛が叫び、前に進み出た。


 無明の力を解放し、黒いオーラが凛の体を包み込む。その姿で刀を振り抜き、触手を一撃で斬り裂く。だが、切られた触手は即座に再生し、さらなる猛攻を加える。


「こいつ、無限に再生しやがる……」凛が歯を食いしばりながら呟く。


 光里が白い光の矢を放ち、触手の一つを粉砕する。「凛さん、一人で抱え込まないで!」


「すまない。だが、この相手には全力で立ち向かうしかない!」


 凛は再び刀を高く掲げ、力強い声で叫ぶ。


「夜叉、参る!」


 黒いオーラが爆発的に広がり、凛の体を覆う全身鎧が現れる。黒と金の光沢が交差するその姿は、圧倒的な存在感を放っていた。赤い光を放つ瞳が奈落の意思を射抜き、黒いマントが風に舞った。


「これで終わらせる!」凛は力強く前を見据え、奈落の意思に向かって突進する。


 奈落の意思は回転を加速させ、正八面体が細かく分裂を始めた。無数の小さな八面体が宙を舞い、それぞれが触手のような黒い光線を放つ。


「数が多すぎる!」光里が声を上げる。


 玲音が術を再展開し、小さな八面体を一つ拘束する。「動きを止めていくしかない。光里、援護を!」


 光里が白い光を放ち、玲音の術と共に一つの八面体を破壊する。しかし、次々と現れる分裂体に対し、凛たちは防戦一方となっていた。


「このままじゃキリがない!」凛が叫びながらも、刀を振り続ける。


 その時、分裂した八面体が再び融合を始め、巨大な影の塊を形成した。それは奈落の意思の最終形態だった。


 巨大な影の塊となった奈落の意思は、まるで深淵そのものを具現化したかのようだった。腕のような影が地面を叩きつけると、それだけで街全体が揺れ動く。


「次元が違いすぎる……」玲音が冷静な表情を崩さずに呟く。


「どうすれば勝てるの……!」光里が声を震わせる。


「弱点を狙え!」カゲモンが叫ぶ。「赤い本体を叩き込め!」


 凛は刀を握り直し、影の中心部を見据えた。「光里、玲音、俺を援護してくれ!」


 光里が白い光を放ち、奈落の意思の動きを一時的に拘束する。その隙を突き、玲音が術を展開し、影の防御を弱めた。


「今しかない!」玲音が叫ぶ。


 凛は全力で跳躍し、影の中心部へと向かう。しかし、影の核は堅く、刀が弾かれてしまう。


「くそっ……!」


 凛が再び地面に叩きつけられる。その時、光里の声が響いた。


「凛さん、あなたの力は影だけじゃない! 光と共に戦って!」


 その言葉に呼応するように、光里から放たれる淡い光が凛の体にまとわりつき、新たな力が生まれた。影と光が融合し、刀が白と黒のオーラに包まれる。


「行くぞ!」凛は覚醒した力を持って再び跳躍し、奈落の意思の赤い核を一刀両断した。


 その瞬間、奈落の意思は断末魔のように震え、砂が崩れ去るように崩壊していった。


 奈落の意思が完全に消え去り、霧が晴れたカルマシティに朝の光が差し込む。住人たちは恐る恐る姿を現し、影が消えたことを確認すると、歓声と涙が広がった。


 凛は膝をつき、荒い息を吐いた。「終わった……」


 光里が優しく支えながら微笑む。「凛さん、本当にありがとう」


 玲音が街を見渡し、「これで本当に平和が戻ったのね」と静かに呟く。


 カゲモンが軽い調子で言う。「よくやったな、凛。まぁ、俺のサポートがあったおかげだけどな」


 凛は苦笑いしながら答えた。「そうだな。みんなのおかげだ」


 数日後、凛たちは街を見渡しながら新たな決意を胸に誓う。


「俺たちがここにいる限り、この街の光は消えない」凛が静かに呟く。


 光里が微笑み、「これからも守り続けましょう」と力強く頷く。


 玲音が冷静に続ける。「影が再び現れる日が来るとしても、私たちは屈しない」


 カゲモンが軽い口調でまとめる。「お前らがいる限り、影なんて怖くねぇさ」


 彼らは笑い合いながら、新たな未来に向けて歩みを進めた。


 影との激闘が終わり復興が始まる中、カルマシティは再び活気を取り戻しつつあった。市場の賑わい、子どもたちの笑い声、穏やかな日常風景が街のいたるところで見られるようになった。


 凛たちはその中を静かに歩き、影の守人としての役目を続けていた。その途中、凛の前に一人の少年が駆け寄ってきた。少年は憧れの目で凛を見つめ、大きな声で言った。


「影の守人さん! 僕もいつか、あなたみたいに街を守りたいです!」


 凛は少年の純粋な眼差しに一瞬驚いたが、すぐに膝をつき、少年と目線を合わせた。「守りたいものがあるのか?」


 少年は少し考えた後、はっきりと答えた。「お父さんとお母さん! それと友達! 僕が強くなれば、みんなを守れると思うから!」


 その言葉に凛は微笑みながら頷いた。「その気持ちを忘れるな。それが本当の強さだ。守るってことは、ただ戦うだけじゃない。相手を思いやる心が、その強さの根本にあるんだ」


 少年は真剣にその言葉を聞き、大きく頷いた。「僕、がんばるよ!」


 少年が駆け去る後ろ姿を見つめながら、光里が微笑みを浮かべて呟いた。「あの子も、未来の守人になるかもしれませんね」


 凛は遠くを見つめながら静かに答えた。「俺たちが守るのは、この街だけじゃない。この想いを次の世代に繋げることも、俺たちの使命だ」


 玲音が少し柔らかい口調で続ける。「影との戦いが完全に終わることはない。でも、未来の守人が育つなら、私たちも安心して役目を果たせるわ」


 夕方、カルマシティは茜色に染まり、街並みを優しい光が包み込んでいた。凛たちは静かに街を巡回し、その空気を感じていた。


「凛さん、この街を守るってどういうことなんでしょう?」光里が静かに問いかける。


 凛は立ち止まり、少し考えてから答えた。「守るってのは、ただ戦うだけじゃない。みんなが安心して笑って暮らせる環境を作ることだと思う。それは、俺たちだけじゃなく、街のみんなで支えるものだ」


 玲音がその言葉を受けて冷静に続ける。「影が完全に消えることはない。だからこそ、私たちが屈しないことが、この街を守ることに繋がるのよ」


 カゲモンがふわりと浮きながら笑う。「けどまぁ、あんまり難しいこと考えるなよ。影が来たら斬る。それだけで十分だろ?」


 凛は小さく笑いながら答えた。「そうだな。でも、俺たちはただ斬るだけじゃない。この街の柱として、ここにいることが大事なんだ」


 光里が優しく微笑みを浮かべて言った。「その柱がある限り、この街の光は絶えませんね」


 凛たちは再び歩き出し、静かな夕暮れの中に消えていった。


 夜が更け、街は静寂に包まれていた。霧が薄く立ち込める中、凛たちは巡回を続けていた。その足取りには、影の守人としての覚悟が確かに感じられる。


「どれだけ暗い影が訪れようとも、俺たちはここにいる。この街を守るために」


 凛の言葉に、光里、玲音、カゲモンがそれぞれ力強く頷く。その姿は、街の希望そのものだった。


 霧の中から、街灯の明かりが静かに浮かび上がり、その光が街を包むように広がっていく。その風景を見つめながら、凛たちは次の一歩を踏み出した。


 ――そして再び迎えた朝。


 夜が明け、カルマシティに柔らかな朝の光が降り注ぐ。街の石畳は陽光を受けて輝き、住人たちが一日を始める活気ある姿が見られた。


 凛たちは高台に立ち、街全体を見渡していた。その風景は、かつて彼らが命を懸けて守ったものだった。


「これが俺たちが守った街だな」凛が静かに呟く。


 光里が隣で微笑み、「これからも守り続けましょう」と答えた。


 玲音が冷静な目で街を見つめながら付け加えた。「影が再び現れる日が来るかもしれない。でも、その時も私たちは屈しない」


 カゲモンが軽い調子で笑う。「お前らがいりゃ、影なんて怖くねぇさ。俺も手伝ってやるから安心しな」


 凛は仲間たちを見渡し、静かに前を向いた。「俺たちがここにいる限り、この街の光は消えない」


 仲間たちはそれぞれ力強く頷き、再び新たな一日への一歩を踏み出した。


 平和を取り戻したカルマシティ。その穏やかな日常が続く中でも、凛たちは新たな影の兆候がいつ訪れるか分からないことを知っていた。


「影が訪れる限り、俺たちは戦う。でも、この街のみんなが繋いでいく光がある限り、俺たちはその希望を守り続ける」


 凛の言葉に光里が微笑み、玲音が冷静に頷いた。カゲモンもふわりと浮きながら軽く笑う。「どんな影だろうと、俺たちなら大丈夫さ」


 新たな一日が始まり、朝の光が街全体を包む中、凛たちは静かに未来への歩みを続けた。その背中には、影との戦いを乗り越えた者たちの強さと、街の平和を守り抜く覚悟が刻まれていた。


 たとえどれほどの影が迫ろうとも――。

 この街の光は、決して消えることはない。

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