第8話 クリスタ・ノレクライン
ノレクライン家は現在こそ貴族の中でも上級の家計に位置するが、元々は騎士として貴族に使える家系だった。
ノレクライン家初代当主は貴族からの不当な扱いから逃れるために自らの人生を捧げ、この地位を築き上げたという。
だからこそだろうか。
私の家は常に自分たちが没落することを恐れている。
今手にしている地位が脅かされてはいけないと、周りに少しでも弱みを見せてはいけないのだと。
だからこそ……私が学年1位を取れなかったなどという事実を彼らが許すわけがなかったのだ。
執事を通じて私の元に送られた家族からの言葉は「すぐにでも学年1位になれなければ勘当」という、16歳の少女に向けているとは思えない冷たい言葉。
私、クリスタ・ノレクラインは唐突に窮地に追い込まれることとなった。
「本当に……常に予想を超えてくるわね。」
ダイヤード君から溢れ出るプレッシャーに鳥肌が立つ。
膝から震えて気がついたら少しずつ足が勝手に後退しようとしている。
(本当に……なんでこんなことになってるのかしら。)
改めて考えたら酷い話だ。
学年1位を取れながらって勘当するなんて流石におかしくない?
どれだけ酷い家庭なのだ私の家は。
裕福な生活はもちろんさせてもらえていたが、昔から剣術と勉強ばかりを強制的にやらされて自由な時間なんか殆どなかった。
すべてはノレクライン家の名を汚さないため、その為だけに生きていた。
なのに入学してすぐ失敗して……。
もちろん彼が悪いわけではない。
入学試験の結果が彼より劣っていた私が悪いのだ。
いやそれでも悔しいものは悔しいし、恨めしい気持ちもほんのちょっぴりあるけれど。
何より彼も私の家庭事情に巻き込まれた被害者である。
(あ、あと彼の友達も。)
周りの貴族達の噂好きを舐めていた。
まさか挑発のために言った話があそこまで広まってしまうとは思っていなかった。
この戦いが終わったら噂の訂正と彼への謝罪をしないと。
……色々なことを考えていると少しだけ、本当に少しだけ緊張が解けた気がした。
「……よし。」
心の準備は完了した。
後は身体がアレを受け止めるだけだ。
瞬間、ダイヤード君の手から巨大な火球が放たれる。
チャンスでありピンチ、この一撃を喰らえば致命傷は間違いない。
かと言って避けても勝ち目なんてない。
耐えるのだ、唯一残された自身のスキルの為にこの一撃を受け止めるしかない。
歯を食いしばり腰を低く落とし、手を交差して少しでも守りの構えを取る。
そしてそのまま私は巨大な火球に飲み込まれた。
闘技場の中心で巨大な火球が爆発し、大量の砂埃が闘技場内を包んでいる。
その衝撃は観客席にも余波が届くほど強力だ。
「どうなったんだ?」
一応クリスタは防御姿勢を取っていたけど、正直大した効果は見込めないだろう。
もしも耐えていたなら今が好機。
ダイヤは恐らく魔法の反動ですぐには動けない。
ゆっくりと砂埃が晴れてきて……。
「はっ!」
掛け声とともに砂埃から一閃。
クリスタが凄まじい速さで駆け抜け、ダイヤとの距離を一瞬で詰める。
(耐えきったのか!)
そしてその勢いのまま剣を突き刺すように構え……。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「……!」
ぎょっとした表情のダイヤは未だに動く様子はない。
いや、まだ動けないのか。
(当たる……!)
先ほどとは比べ物にならない勢いで巻き上がってくる砂埃で、つい二人から目を逸らしてしまいそうになる。
(駄目だ!目を逸らすな!)
まだ晴れない砂埃に抗うように目を凝らし、二人がいたであろう場所を見つめる。
クリスタの決死の一撃は……すんでのところで避けられてしまった。
ダイヤはギリギリ身体をのけぞらせていたようだ。
首元には軽く掠った跡があり、身につけていたネックレスがポトリと地面に落ちる。
(やっば!?)
あのネックレスは確か攻撃力を下げて防御力を上げる装備だったはずだ。
あれが壊れて身体から離れてしまったということは……以降の攻撃は今までとは違う。
純粋なダイヤのフルパワーをクリスタが喰らうことになってしまう。
クリスタは今、力を使い果たして座り込んでいる。
とても避けたりガードしたりできる状態じゃない。
(ダイヤはネックレスの事気づいてるのか!?)
今いる場所からダイヤの表情は見えない。
ダイヤはゆっくりとクリスタに近づきながら拳を振り上げ、そのまま勢いよく振り下ろして……。
「……これで終わりだ。」
あぁ……最後のチャンスを取りこぼしてしまった。
彼が拳を勢いよく振り下ろす。
なんとなく今までの攻撃とは違うことを察したものの、私はそれを甘んじて受けることしかできなかった。
一切の手加減がない攻撃を見るに、どうやら相当嫌われてしまったようだ。
(まぁ勝つためとはいえ、あんなに酷い挑発したんだもの。当然よね。)
恐らくこの攻撃を喰らえば大怪我は必須だろう。
いや、当たりどころが悪ければ最悪の場合……。
(……もういいか。)
なんだか疲れてしまった。
どうせ私はこの後勘当されるのだ。
ここで生き残っても後で社会的に死ぬだろう。
今まで不便もなく生きてきた私には外の世界で一人で生きていく自信もない。
私はゆっくりと瞳を閉じ、決闘の終わりを待つ。
その瞬間、一気に身体が突き飛ばされるような感覚を感じた。
「ガハッ!」
ダイヤードの攻撃を喰らったのだろうか?
いや、それにしては思っていたより威力がないような気が……?
ゆっくりと目を開ける。
すると先程まで近くにいたはずのダイヤードが遠くで伸びているではないか。
「なん……で?」
攻撃が失敗した?外からの妨害?それとも自爆?
色々と頭を回転させるものの、どうやら私も限界のようで……。
すぐに私の意識も暗闇の中に落ちていった。
「んん……。」
起きると白い天井が真っ先に目に入った。
確か僕はさっきまでクリスタと決闘をしていて……。
「お、起きてんじゃん。」
扉が開いて、そこから気の抜けた声がする。
「あ……クレイ。」
「思ったより元気そうだな。よし!というわけで……。」
朗らかな笑みをしたクレイがどっしりと椅子に座る。
表情の割になんだかプレッシャーを感じるような……。
「正座。」
「へ?」
「正座。」
そういえばクレイのことを放置して決闘に向かってしまったのだった。
「えっとクレイ?少し言い訳がしたいというか……。」
「正座。」
「あ、はい。」
このままでは正座としか言ってくれそうにないので、僕は大人しくベッドの上に正座することになった。
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