第3話 オークと王国役人たち

 一週間後、以前の役人が兵士たち八人を連れてやって来た。

 役人は村長宅前で馬を降りて仰々しく罪状を読み上げると、その家に押し入った。

 額から血を流しながら後ろ手に縛られた村長が姿を現す。

 周囲から非難の声が上がるが、兵士たちがわざとらしく槍を振り回して追い払おうとする。石を投げつける者も居たが、甲冑に身を包んだ兵士たちには大して効いていないようだった。役人はその陰に身を潜めて投石から逃れた。

 その様子を見ていたティアは走っていた。行くべき所は一つしかなかった。


「待テ!」

 なんとか間に合った。

 俺が駆けつけたのは、兵士たちが村長に槍を突きつけて連れていくところだった。

「あ……お前は以前の魔物! ここの田舎者は魔物を飼っているのか? 早く飼い主に――」

「村長ヲ放セ」

 全てを言い終える前にそう言った。

 その声に役人は怯んだようだった。

「ええい! しつけのなっていない家畜が! やってしまえ!」

 その声と共に、六人の兵士が俺を取り囲む。二人は役人の傍に残った。流れるように無駄のない動き。どうやら兵士たちは引き連れている役人よりは腐っていないようだ。


 周囲一帯から一斉に突き出される槍、避ける間もなく腹部に――ポキン!


 槍は刺さらなかった。いや、少しは刺さった感触があったが、皮膚のすぐ下の筋肉を貫通することができず、折れた。

 それでも、折れたのは四本。残り二本を手にした兵士が居たが――俺は両手でそれを掴むと取り上げた。二本を束ねるように持ち、ボキン!

 これで、俺を取り囲んでいた兵士の槍は全て折れた。

「ば、化け物……」

 兵士の一人がこらえきれずにそう言った。

 他の兵士たちも呆然と立ち尽くしている。役人を護衛している二人も、だ。

 俺は囲んでいる兵士の一人から兜を取り上げると、両手で握って力を込める。

「フン!」

 ベキ……グシャ……パキ……。

 見る間に兜が小さくなって金属屑の塊になっていく。

 ソフトボールぐらいの大きさまで丸めると、兜を取り上げた兵士の足元に軽く放り投げた。

 けたたましい金属音と共に地面に転がるかつての兜の金属屑。

 それを見た役人と兵士には、恐怖の表情が浮かんでいた。

「いいぞお! ショータ様!」

「権力を振りかざす役人なんかやっちまってくだせえ!」

 村人たちが声を上げる。

「お前ら、こんなことをしてタダで済むと思うな!」

 役人がそう言ったが、足がガタガタと震えているのが丸わかりだ。

「ジャア、オ前ノ頭モコノ兜ミタイニスルカ?」

 俺は平然と包囲を抜けて、役人に迫った。

「何をしている!? お前たち、私を守れ!」

 護衛の残り二人は何もできずに立ち尽くしている。

「む、無茶です! こんな槍も通らない相手にどうやって――」

「だから、安物の装備は嫌だって言って――」

「ひっ! 何をする!?」

 俺は役人の頭を片手で掴むと、そのまま自分の頭の高さまで持ち上げた。

 役人の足がプラプラと宙を泳いでいる。足を伝うように液体が流れる。漏らしたのだろう。

 一言だけ告げる。

「帰レ」

「は、は……はひっ!」

 役人は自分だけ馬で走り出すと、兵士たちは慌てて後を追って去っていった。

 その姿は、恥も外聞もなく、どことなく滑稽だった。

 俺はそれを見届けると、村長の手首を縛っていた縄を解いた。

 周囲からは歓声が上がった。

「あの……ショータ様。大丈夫でしたか?」

 ティアが駆けつけていった。

 よく見ると、槍が刺さった箇所にわずかだが血がにじんでいた。

「カスリ傷ダ」

「それなら……良かったです。でも、念のため薬を塗っておきましょう」

 彼女は安心したように言った。


 くっちゃくっちゃと、食べ物を咀嚼そしゃくする音が響いていた。

 ここは王城の謁見の間。その玉座には、豚のように太った男が座している。

 その脇には大量の食べ物の皿を抱えた者が左右に二人。右にはお菓子を、左には肉を。

 この堕落しきって、怠惰の象徴ともいえる贅肉の塊が、現国王ヒマーン四世だった。

「で、何? 君は魔物に言われて逃げ帰ってきた、と?」

 真っ向から見下す視線を送る先には、ひざまずいたあの役人、コアクトーが居た。

「逃げ帰ったのではありません! 戦略的撤退と言っていただきたい!」

「でもさ~結局は同じだよねえ……。兵士八人連れてって、あんなド田舎の村に棲みついていた魔物一匹に脅されて帰ってきたって……」

「ですから!」

 ぺちん!

 コアクトーの額にスペアリブが直撃した。そのままずるりと床に落ちる。

「でもも、だっても、ない! あんな小さな村一つ掌握できない無能が!」

 ――お前はそれ以上に無能だろうが!

 コアクトーはそう叫びたくなるのをぐっと堪えた。

 ここでこれ以上機嫌を損ねては、自身が甘い汁を吸えなくなってしまう! ――彼は自分の利を守ることには、全力を尽くす男だった。

 いや、彼だけではない。王国の名のある役人は三世四世の世襲が当たり前。親に甘やかされ、権力の座を約束されて育ってきた者ばかりだった。

 今や王国幹部は腐敗しきっていた。

「でさ~どうするの? まさか、もうできませんなんて……言わないよね?」

 権威ある大人とは言い難い、軽くてねちっこい言い回しだった。

「……奴には、兵士の槍は通りませんでした。ですが、もっと強力な武器を持った腕の立つ者なら――」

 ぱしゃん!

 今度はプリンが顔面に直撃する。砕けたプリンが顔中に付いた。

「何? お前、失敗しておいて、余の直属の騎士を貸してほしいと……でも?」

「さ、流石王! 話がお早い!」

 ――くそっ! いつか殺してやる!

「騎士かあ……どうしよっかなあ……」

「王! そこをなにとぞ!」

 コアクトーは低くしていた頭を更に下げて言った。

 彼の目の前に、靴を履いた王の足が差し出された。

めろ」

 コアクトー、彼は自分の利を守ることには、全力を尽くす男……。

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