第2話 オーク、ボランティア活動する

「ショータ様! 村の荒れ地を――」

 翌朝。そう言いながら、ティアが俺の小屋に飛び込んできた。

 そのままの勢いで俺に抱き着く。甘い匂いと柔らかな感触が伝わってくる。俺は理性を保とうと必死で努める。

「村の荒れ地を片付けてくださったんですね!?」

「ナゼ、俺ダト?」

「一晩であの土地をああまでできる力がある人なんて、ショータ様以外居ませんよ!」

 彼女は腰のあたりに抱き着いたまま、俺の顔を見上げて言う。う……可愛い、が我慢だ。ここで理性を失ったら、最初に止めた意味が……。

 昨晩、あの後に荒れ地を片付けたのだ。木の根を掘り起こし、岩を退けて――いかに腕力のあるオークでも一人では思っていたより簡単な作業ではなく、結局は一晩掛かってしまったが……。

「アレデ、畑デキルカ?」

 俺は恐る恐る聞いた。畑仕事の経験など、祖父母の家庭菜園を少し手伝った程度しかない。

「はい! 耕して種をまけば……ありがとうございます!」

 彼女は嬉しそうに言った。

 良かった。すぐにとはいかないが、これで村の生活も少しは楽になるだろう。


「上ゲテクレ」

 掘った土を入れた桶がロープに繋がれて上がっていく。

 あれから、村人との距離は一層縮まった。

 ティアが俺のことを村中に伝えたので、オークといっても恐れるような存在ではなく、むしろ味方だと思う人間が出てくるようになったのだ。それでも古い人間は恐れる者も居なくはなかったが、村長が俺を認める発言をしたことでそのわだかまりもほぼなくなったらしかった。

 今では村の中央広場で、村人たちと一緒に井戸掘りをしている最中だった。

 今まで井戸がないこの村では、離れた川まで水を汲みに行く必要があった。それを井戸が村の中心にできれば生活はぐっと楽になる。

 俺は今、井戸の底をどんどん掘り下げている。もし、生き埋めにして殺したいと村人が思うならば、今しかないだろう。

「はは、ショータ様の掘るのが早すぎて付いていくのが大変でさあ」

 一緒に掘っている中年男、ヘーゲルが言った。

 いつの間にか「オーク」様という種族名ではなく、「ショータ」様と名前でティア以外の村人も呼ぶようになっていた。

「アト、ドノグライカナ?」

「さあ……正確には分かりませんが、もうそろそろじゃないですかね?」

 ヘーゲルが満足げに答える。確かに、かなり掘ったはずだ。

 それからまた、二人で掘り進めていく。

 すぐに泥水が出てきた。

「おお、こいつは!?」

 彼が驚いているうちに泥水は真水へと変わっていく。

「やったぞ! 水だ! 水が出てきた!」

 彼は嬉しそうに、井戸の上に向かって叫んだ。

 上の方から歓声が聞こえてきた。その歓声が井戸の中に延々と響く。

 その晩はお祭り騒ぎだった。村では珍しいご馳走ちそうと共に、村長の家で村人と一緒にテーブルを囲んだ。


 あれから、村は豊かになり始めた。

 畑も広くなり、水も井戸から汲めるようになった。すぐに……とはいかなかったが、近いうちに豊かな暮らしができることは予想できた。

「ショータ様も村で暮らせば良いのでは?」

 ティアが度々そう言ったが、俺は相変わらず小屋に留まり続けた。

 自分はあくまでオークであり、このまま村人たちと良好な関係が築ければそれでいい――そう思っていた。


 俺は収穫期に向けて、壊れかけた家屋の補修作業を手伝っていた。

 収穫期――九月頃には、大風が多いから古い家は補習が必要とか……日本でいう台風の時期のような物だろうか?

 俺は梁に使う長い木材を持ち上げると、肩に担いだ。

「おおい、貴様ら!」

 背後から威圧的な声が掛かった。

 振り向くと、木材がぐるりと半回転した。悲鳴が上がる。まずい、肩に乗せたままだった。

 俺は木材を地面に置いた。

「何ノ用ダ?」

「黙れ! 魔物! 貴様には聞いとらん!」

 馬に乗ったずんぐりむっくりした男が言った。着ている服が村人よりも上質な物だとは分かった。左右には歩兵が一人ずつ付いていた。

「お前、ショータ様に――」

「これはこれはお役人様、お勤めご苦労様です!」

 若者が非難しようとしたところを、中年男が遮って言った。

「ふん……分かればいい。村長の家はどこだ?」

「はい、それならあちらに……」

「全く、都ならすぐに目に付くところにある物を田舎はこれだから――」

 役人はぶつくさと文句を言いながら去っていった。一言の礼もなかった。

「おい、どうして止めた?」

「馬鹿! あいつは国の役人だぞ! 下手をしたら罪状をでっちあげて捕まえられるぞ!」

 中年男は声を潜めていった。

「アイツ、悪イ奴カ?」

 俺が聞くと、小声で同意しながら頷いた。

「ずっと放りっぱなしだったのに、今になってなんで……」

 若者には理解できないようだった。

 しかし、嫌な予感はその場にいる誰もが感じているようだった。


「本当ですか!? それは!?」

 村長の言葉を聞いた者たちから非難の声が上がった。

 村長の家では、各家の代表たちが集められていた。

「ああ、本当だ。王はこの村に更に課税すると言ってきた」

「そんな!? 無茶苦茶じゃないですか!? 今まで、ずっと放っておいて何もしてくれなかったのに税だけは取るんですか!?」

 村長の言葉を聞いていた者の一人が言った。皆が同意するように頷く。

「向こうが言うには、今までは貧しい村だから特別に免除してやっていたらしい。それが、畑が広まって生産量が上がったから元に戻して当然だ、と」

「はあ!? 免除とか、今までどれだけ重税を課してきたか……頭おかしいですよ! あいつら!」

 それに同意する声が続く。村長は静かにそれを見ていた。

「それで……村長はどのようなご返答を?」

「何もしてくれなかったのに、税だけ増やすというのは了承できない。せめて谷川の壊れた橋ぐらいは直してから言えと、言ってやった」

 はは……その通り。周囲からも賛同する声が上がる。

 いっそのことこの際、税なんか無視してやりましょうや――そんな威勢のいい声も聞こえる。

「だが……」

 村長は皆が少し落ち着くのを待って、次の言葉を紡ぐ。

「だが、私はおそらく捕まるだろう。そして、向こうの言いなりになる人間を村長に据えようとするだろう」

 その言葉に皆、静まり返った。


「それで、村長様が――」

 ティアは父親が村長の家で聞いてきたことを俺に話してくれた。

 無茶苦茶だ。詳しく聞いたところによると、畑の生産量の上がった分、丸々追加課税分として取られる。これでは、皆が苦労した意味が……。

「酷いですよね。せっかくショータ様や皆が頑張って楽に暮らせるようにしてくれたのに、こんなのって……」

 彼女の目には涙が浮かんでいる。俺はそれをそっとぬぐうと頭をでた。

「……サセナイ」

「……え?」

「ソンナ酷イコト、サセナイ!」

 俺は決意を込めて言った。国がなんだ! 王がなんだ! もう人間でなくなった俺には関係ない!

「ショータ様!」

 その後は、彼女は俺にしがみつくようにして泣き続けた。

 俺はその頭を優しく撫で続けた。

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