辺境の村のオークに転生したので善良に生きることにしました

異端者

第1話 オークに転生、そして……

 最期に目にしたのは、二つのライトだった。

 ふと深夜にコンビニに行きたくなって、家を出た時。

 横断歩道を渡っている最中に、信号無視したトラックが突っ込んできた。

 そこで俺、高校二年、岸原翔太きしはらしょうたの人生は終わりを告げた。


 次に目が覚めた時は、粗末な小屋だった。

 体はなんともない。傷一つない緑の皮膚……って、緑いいいいっ!

 よく見れば、手には図太い棍棒みたいなのを握ってるし、おかしい! なんか知らんけど、おかしい!

 落ち着け! 落ち着くんだ、俺! こんな時は素数を数えて、一……って、一は素数じゃなーい!

 とにかく鏡、いや、なんでもいいから姿が確認できる物を!

 小屋中を探し回るが、そんな物はない。なんだこの小屋、日本家屋というよりも中世ヨーロッパのファンタジー世界みたいな……木の椅子とかテーブルとか……いや、そんなことはどうでもいい! とにかくどうなっているか知りたい! さっきからなんか視点が妙に高いし!

 俺はようやく、水がめのような物を見つけるとそこに映った姿を見た。


 何これえええええええっ!?


 俺は声にならない悲鳴を上げた。

 俺の姿は巨体をしたオークだった。ゲームとかに出てくるアレだ。緑色の大柄な体に半裸の姿、そして棍棒。主に中世ヨーロッパ風の世界観のゲームでおなじみのモンスターだ。


 こうして、俺は自分がオークに転生したのだと知った。


 はあ…………どうして、こうなった……。

 俺は棍棒を放り出して深いため息を付いた。外は明るいのに、俺の気分は暗かった。

 異世界転生って……もっとこう、勇者とか英雄とかエリートになるものじゃないのか!? それが、オーク!? オークとかファンタジー世界では嫌われ者のモンスターじゃないか!?

 トラックか!? あのトラックが悪いのか!? 別のトラックだったら、もう少しマシな姿に転生できたのか!?

 答えは出ない。さっきから同じ問いを繰り返している。


 トントン!


 ふいに、ドアがノックされた。

 遠慮がちなノックだ。

「……ドウゾ」

 俺はぶっきらぼうにそう言った――が、出てきたのは転生前と似ても似つかぬ片言のざらついた声だった。

「あの……」

 おずおずと少女が入ってくる。年の頃は十四、五歳ぐらいだろうか?

 顔はまだ幼さの残る愛らしい感じで、ちょっと癖の付いた茶色の髪の毛をしている。衣類は肩紐で留められた薄汚れた灰色の服を着ている。

「あ……あの……オーク様……」

 少女は俺の目の前に立つともじもじした。

 彼女は肩紐に手を伸ばすと片側を外した。

「オーク様、今回の生贄は私で……っ!」

「駄目ダ!」

 もう片側に手を伸ばして脱ごうとした彼女を俺は腕をつかんで止めた。

 少女は裸になろうとしている――そう分かった時に、少しだけ期待してしまったが……。

「イケナイ!」

 俺は彼女の腕をつかんだまま言った。

「あの……やはり私のような薄汚い小娘では不十分だったでしょうか? お気に召さないと言われるのなら……いいえ、私はどんなことでもします! どうかオーク様の好きに……っ!」

 彼女の目には涙が浮かんでいた。

「生贄トハ、ナンダ?」

 俺は片言で聞いた。

「え? 村長様が、今日は二十年に一度のオーク様への生贄を捧げる日だと――」

 彼女は説明を始めた。

 それによると、村の近くに棲むオークにこうして、二十年ごとに村は生贄を捧げ続けてきたのだという。生贄を捧げている間は、村を襲わない――それがオーク族との取り決めらしかった。生贄は身体共にボロボロになるまで「奉仕」させられ、子を産ませられるそうだ。

 酷い取り決めもあったものだ。俺は彼女をあわれみの目で見た。

「私では、お気に召されなかったでしょうか?」

 説明を終えた彼女が心配そうに聞いてくる。

 俺を見上げるその顔は……うん、可愛い。人間だった頃には相手にもされなかっただろう美少女だ。だが……

「名前ハ?」

「え、名前……ですか?」

「ソウダ」

「私はティアと言います」

「俺……翔太」

「は、はいっ! ショータ様ですね!」

 彼女はそう答えながらも、意図が分からないと言った様子だ。

「村……案内シロ!」

「え!? やはり私では不十分――」

「安心シロ。村、襲ワナイ。案内シテホシイ」

「はい! すぐ西に……きゃ!」

 俺は彼女をひょいと持ち上げると肩に乗せた。軽い。人間だった時なら、考えられない力だ。


 俺が村へ向かうと、畑を耕していた村人たちが悲鳴を上げた。

「オーク様だ!」

「ああ、やはりティアでは不足だったか!?」

「村が滅びる!」

 村人たちは口々にそう叫ぶ。逃げ出そうとする輩も居る。

「皆のもの、落ち着け!」

 そう言って、堂々とやって来た老人が居た。

「オーク様、村長のオリバーです。今回の生贄はその娘だけでは不足でしたでしょうか? ですが、これ以上――」

「必要ナイ」

「は? しかし、村は――」

「俺、村襲ワナイ。生贄、モウ必要ナイ」

 俺はそう言うと、肩に乗せていたティアを下ろした。

「は、はあ……それでよろしいのですか?」

 村長は怪訝な顔をして確認する。

「ソレデイイ。約束……守ル」

 聞いていた村人たちから歓声が上がった。

 こうして、生贄の慣習は終わりを告げた。


「もう少しで、ご飯ができますからね」

 ティアが料理しながらそう言う。

 あれから数ヶ月が経った。

 あの一件以降、彼女は俺に懐いてしまったようで、度々訪れては俺の身の回りの世話をしてくれる。

 そして、村のことをいろいろと話してくれるのだが、その中で俺は彼女の村が辺境の貧しい村であることを知った。

 あの村、ヒーコンはゴーマ王国の辺境にあり、年寄りばかりで何の生産性もない村だということで王国からは半ば見捨てられた状態らしかった。それなのに、税だけはキッチリ取っていくらしく、貧しくなる一方だという話だった。

 今まで、村の近くに棲むオークに生贄を捧げ続けてきたのも、そんな悪環境で生き抜くための苦肉の策らしかった。

「温かいうちに食べちゃってください」

 テーブルの上に野菜のスープが置かれる。

 そんな貧しい中なのに、彼女はこうして俺の面倒を見に来てくれる。

 俺は申し訳なく思った。

 こんな良い子がどうしてそんな恵まれない環境に生まれたのか――。

 俺は彼女と二人で食事を終えると、送っていくことにした。

 外はもう薄暗く、夜になると狼の類も出ると聞いていたからだ。

 慣れた様子で、俺は彼女を肩に乗せる。

 そのまま村まで数分で着いた。村人たちを刺激せぬよう、村の入口で下ろす。

「アッシュ、こんな夜まで何をしてるの?」

 村端の荒れ地で、何やら作業をしている男に彼女が言った。

 もう農作業には不向きな時間帯だった。そもそもここは農地ですらない。

「いや、この辺りの土地をなんとか畑にできないかと思ってね、気が付いたらこんな時間に……オーク様、ティアを送っていただきありがとうございます!」

 その辺りは、木の根やら岩やらが転がっていて、人力ではなかなか農地にはできそうになかったが、以前にティアから農地を広げようと努力していると話を聞いていた。

「夜、危ナイ。オ前モ、帰ル」

「あ、はい……分かりました」

 アッシュは素直に従った。最初の頃と比べると、村人たちとも会話できるようになった。

 二人が帰るのを見届けると、俺はその土地を眺めた。

「サテ……」

 確かに人力なら大変な作業だろうが、今の俺になら――

 俺は試しに足元の岩を持ち上げてみた。あっけない程に軽々と持ち上がった。

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