第10話 奥方達と翠

「それでは今日はこの辺で終わりにしときましょう。皆、ちょっといいかしら、翠も手を止めて聞いてちょうだい」

 黄竜家の当主の母、真江さなえが作業をしている奥方達に声をかけた。その声を聞いてもまだせわしなく動いている翠の動きも止めさせた。

「祭りまであと少し、おもだった準備はあらかた済んで、残ってるのは調整と手直しだけになったわ」

「今回は早く進んで良かったですわ。真江様の手ほどきと翠の働きのおかげですわね」

 白姫家の奥方、香鈴かりんが言うと横にいた黒岩家と碧泉家の奥方も大きく頷いた。

「手ほどきなんてなにも…みんなの働きのおかげよ、ありがとう。…でも本当に今回は翠がいてくれて助かったわ」

「私なんかが奥様方のお力になれたのでしょうか…」

「何言ってるの、翠がいろんなことに気を回して私達が動く前に動いてくれたから、今回は楽だったわ」

「そうよ翠さんの仕事ぶりみたらは誰も文句言えないわよ」

 黒岩家の奥方、恵那えなと碧泉家の奥方、早季さきが満面の笑みで言うと翠は少し照れて微笑んだ。


「それにしても紫雲の奥方はいつになったら元気になるのかしら、ご当主も大変ね」

 片付けが終わった座敷で恵那がぼそっと嫌味を言う。

「私達が嫌いなんでしょ、そもそも妖がお嫌いなようだから」

 追い打ちをかけるように香鈴が言い放った。

「先日デパートでお見かけした時はお嬢さんとお買い物されててお元気そうでしたよ。翠さんもご一緒でしたよね?」

「…あの日はお嬢様がどうしてもとわがままを言われたので奥様が仕方なく…」

「いいのよ翠、大然様も奥方には甘いのでしょう」

「…」

「奥方の振る舞いに紫雲の家の者たちからも不満がでていると聞いていますよ」

「そ、そんなことは…決して…」

「翠、あなた一人が隠したところでほころびは自然とでてくるものよ」

「真江様の言う通り、灯子様が立派な方だっただけに…ね?翠、辛かったらいつでも黒岩家に来なさい。翠なら大歓迎よ」

「恵那様抜けがけはずるいです。翠さん、うちに来て。そうね颯様と月さんと三人で来てくれれば主人も大喜びよ」

 甥の颯を可愛がっている白姫家の当主から話を聞いている奥方が颯や月の名前まで出してきたので翠は言葉がでなかった。

「香鈴様、それぐらいにしないと翠さんが困ってますわ」

「そんなことは…困ってなど…ないです」

「でも、うちも大歓迎よ。翠さんさえ良ければね」

 優しい微笑みの早季が言うと翠もつられて笑った。

「みんなで翠を困らせないの」

「ふふ、真江様冗談ですわ。困らせるつもりなど少しも…でも紫雲家での翠さんの立場と扱いを聞けば言いたくなる気持ちになるのは致し方ないのでは?」

 紫雲伸子の代理として来た翠のことを白姫家の香鈴が知らないわけがなかった。灯子が実の子同然に育てていた双子を伸子が使用人にしたこと、自分の子の側使えにしてこき使っていることも知っていた。何度も灯子と一緒に来ていた双子が使用人になったと聞いた時、白姫家の当主、炎蔵えんぞうは颯と双子を引き取ると紫雲家に申し出た。双子はともかく跡取りの颯を手放すことなど無茶な話だと大然は相手にもしなかった。それ以来炎蔵は紫雲家と距離を置いている。そんな経緯もあって香鈴が翠のこと、これまでの事を全て奥方達に話したのだった。

「そうね翠、こうして知り合ったのも何かの縁、相談があればいつでも聞くし、私達は味方だと覚えておいて」

 真江の言葉に皆が素直に頷いたのは、仕事ぶりだけでなく翠のひたむきさや優しさに触れたからだろう。そして翠の持つ気品のようなものが皆を惹きつけていた。

「ありがとうございます」

「皆も本番まであと少し、何か気づいたら連絡し合うようにしましょう」

 真江の言葉で締めくくった後、奥方達は黄竜家の門を出た。その後を気づかれぬように追う怪しい影に誰も気づかなかった。

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