第2話 戦っている者はいつも孤独なのかもしれない
暗い商店街を抜けて、コンビニとそれから本屋を通り過ぎ、1本の細い川を渡ると古くて小さな一軒家がある。これが、咲耶とその父親・和臣の家だ。
窓の外から明かりが漏れている。咲耶は、ほおっと息をついた。仕事が終わったのだと実感する。
「ただいま」
上着を脱ぎながらリビングに入る。台所の方から「おかえり」と低い声がした。あちらの世で、軍人を辞めてから何年も経つが、背筋はまだぴしっと姿勢が良く、声もよく通っている。
「ちょうどできたぞ。皿を取ってくれ」
「わかった」
2人で食卓につき、手を合わせてから生姜入りの温かいスープを飲む。大きなつくねと、春雨とこちらも大きめにちぎったキャベツ、それから刻んだ生姜にきのこ。味付けは中華だし。昔から、冬になるとよく食卓にならぶメニューである。
「今日は悪かったな。俺が行くはずの仕事だった」
「簡単だったし、その怪我じゃ仕方ないよ」
咲耶は、ちらりと父親の足を見る。まだ包帯を巻かれている足は、先日の仕事の際に、相手に切りつけられたものだった。思ったより深く傷ついていたようで、回復に時間がかかっている。
「父さんが作ってくれた短刀、役に立った」
「そうか」
「うん、でも弾かすったからあとで消毒しないと」
「咲耶は、回復が早いからすぐ治る。俺はもう歳だな…」
「歳ね」
もう若くない。もう歳だ。これが父親の口癖だった。咲耶は、父親が自分からの「そんなことない」という否定の言葉を待っているのを知っている。面倒だから言わないが。
食べ終わった食器を片付けようと台所に立つと、来客用のティーカップが置いてあった。
「誰かきてたの?」
「ん?ああ、詩季が来てた。お前たちによろしくと言っていたな」
「へえ…またすぐ会うのに」
「あいつらと遊びに行くのか?」
「うん。ケーキ食べに行く」
「そうか」
和臣は、そういったっきり黙って食事を続ける。咲耶は、彼も甘いものが好きなことを知っていたが、面倒だから何も言わなかった。
咲耶は、ふと父親に尋ねる。
「部下が元上司を訪ねるシチュエーションってドラマとか映画とかでしか見たことないけど、何話すの?詩季、結構頻繁に来てるよね?もう仕事の話もネタないでしょ。今の私たちの仕事に関わってるわけでもないし」
「近況報告だったり、向こうの様子とかだ。あいつは愚痴を言う方ではないが、色々と大変らしい」
咲耶は、あちらの軍で日々奮闘している彼に登場しながら、ふとあることを思った。
「友達いないんだ」
「詩季の前では絶対に言うなよ」
私達も詩季も、戦っている者はいつも孤独だ。と、咲耶は思った。しかし、直ぐにその考えは打ち消した。自分には、こちらの世に2人友達がいたことを思い出したからだ。
咲耶は、「軍の鬼上官は大変だ、味方がいなくなるから」と思い直した。ちなみに彼女は詩季の部下になったことはなく、彼が鬼なのかどうかは知らない。
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