殺し屋と軍人。その距離、危険です。

長月六花

第1話 正々堂々じゃないと、ダメですか?

 逝く、永眠、他界、往生、亡くなる、儚くなる。死にまつわる言葉は多く存在する。


『人間は、自分たちが思っているより死に関心があるんですねえ』


「何の話?」 


『私達の世の薬で儲けようなんて、よほど生に興味がないんだと思いまして』


「金儲けに興味がありすぎるだけでは」


『咲耶。あなたは死に近い仕事をしてますよね?死ぬことについてどう思いますか?』


「急に何?蘭、死は死でしょ」


『その言葉、安心しました。本日は、お仕事よろしくお願いしますね』


「了解」

 

 通信が切れると、咲耶の目の前に貼ってあった御札から光が消える。彼女は雑に電柱から御札を剥がした。


「絶対にスマホのほうがいい」 


 咲耶は、銃を手にして本日の仕事場、廃墟のビルの中に入っていった。

 

******



 目の前の敵に銃口を突きつけて引き金を引く。


1人アウト。


 後ろから襲いかかってきた男の攻撃を振り向きながら身をかがめて避け、そのまま身体を突っ込ませバランスを崩させる。


 男が倒れる前に襟首を掴み、左側へと引っ張った。左方向から放たれた弾丸が男の体を貫く。


 1人アウト。


 死体を捨て、撃ってきた男を撃とうとすると後ろから首を腕で絞められた。銃を取り上げられ、腕から逃れようと何度も殴りつけるが、びくともしない。


 目の前の男が銃を向けてくる。


腰に忍ばせた短刀を取り出し、後ろの男の体を切りつける。


 一発の銃声。 


 弾は、肩にかすり、脇腹を切りつけられ、バランスを崩した後ろの男の体を貫いた。


 1人アウト。


 咲耶は目の前の男と何も言葉をかわさずに睨み合う。


「お嬢ちゃんさあ、ヒトのアジトで大暴れしちゃってどうすの?これ。もう、ボスになんて説明すればいいのかなあ」


 男は大げさにため息をついた。


「あの、こんなに古いビルをアジトにすると地震とか来た時に危ないのでは」


 バカ真面目に答える咲耶を見て、気に入らなかったのか男の右側の広角がピクリとあがる。


 咲耶は、男に短刀を構えたままじっと機会をうかがっている。


「もう、いいや。お嬢ちゃん。とりあえず、死のっか。」


 男の纏う空気が少しだけ変わった。


 先に行動を起こしたのは、咲耶だ。


 男に向かって素早く走る。 

 

 男の前に到達する前に、数発の銃弾が飛ぶ。


 どれも咲耶には当たらない。


 男の銃口を腕でずらし、短刀で脇腹を狙うが、到達する前に反対の手で防がれる。


 そのまま足で男の脛を狙う。 


 入った。


 男は少しだけうめき、だが、直ぐに体制を立て直した。


 緩んだ男の手に短刀で切り傷をつける。


 男は銃を持った手で、咲耶の頬を力一杯殴る。


 咲耶は、受けた衝撃で、後ろによろけて尻餅をついた。


 男が銃を構え直し、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


 そして、引き金に指をかけ、そのままゆっくりと地面に倒れる。


 1人アウト。


「ああ、終わった。毒が効いて良かった。」


 咲耶は、短刀を慎重に脇腹の鞘に戻すと、自分の銃を拾って埃を払う。


 ポケットから御札を取り出すとに壁に貼り付けた。御札から柔らかい光が生まれる。


「蘭、終わった」


『終わりました?お疲れ様です。いつもお仕事が早くて助かってますよ』


「死体の処理してくれるんだよね」


『勿論です。今からそちらに向かいます』


柔らかい光が消えると、また雑に御札を剥がす。


「自然に消えてくれればいいのに。ポケットがこれでパンパンなんだけど。なんで使い捨てなわけ?」


 使い終わったゴミの御札を見つめながら長いため息をついた。


 ふと部屋の隅を見ると、食べかけのカップラーメンが、死体の数だけ机の上に置かれていた。


「ラーメンか、いいな」


 程なくして部屋の入り口からノックの音が聞こえる。開けっ放しのドアを一度閉じて開け直す。先ほど通話した男、蘭が立っていた。


「派手にやりましたね。あ、あそこの2人短刀で殺しました?あれやられると処理が大変で困るのですが」


「銃取られて仕方なく」


「それは、大変でした」


「全然思ってないじゃん」


「そんなことございませんよ」


 蘭は大げさな表情を作って大げさに手を顔の前で振る。


 読めない男。蘭はそういう男だった。


「いつも思うのですが、あなたは小物に頼りますね」


「え?」


「私がいる世では、戦うときは正々堂々が信念の方が多いですから。そういう小物は嫌厭されがちでして」


「面倒くさい。それってあんたのところの軍人の話?殺せればいいでしょ、お金の振り込み忘れないで」


 咲耶は、そのまま蘭の横を通り過ぎようとする。


「待ってください」


 咲耶は、くるりと蘭に向き直った。


「何?」


 蘭は、ポケットから白いハンカチを取り出した。


「顔の血だけでも」


「ありがとう」


 私は蘭のハンカチで乱暴に血をぬぐう。


「洗って返す」  


「いりません。お疲れ様でした」


「あのさ」


「なんです?」


「今どき真っ白のハンカチ持ち歩いてるのは英国紳士とあんたくらいだよね」


 咲耶は、血がついてまだら模様になったハンカチを振りながら部屋を出ると、後ろから「私は紳士ですから」と大きな声が響いた。


 今度こそ無視して、ビルをあとにする。


 暗い商店街を一人で歩く。


 スマホがポケットの中でブルブルと震えた。


 「父さん?うん。今仕事終わったよ。あと10分くらいで帰るから」


 電話を切ったあとで、なぜか蘭の言葉を思い出した。


『私がいる世では、戦うときは正々堂々が信念の方が多いですから。そういう小物は嫌厭されがちでして』


 咲耶は、今はあちらの世で軍人として活躍している、幼なじみの顔が浮かぶ。確かに、と彼女は思った。あの幼なじみなら正々堂々敵に立ち向かうだろう。


(でも、私はあいつら高貴な軍人と違ってただの殺し屋。底辺が底辺と戦うってだけなのに)


正々堂々、じゃないとダメですか?








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

殺し屋と軍人。その距離、危険です。 長月六花 @nagatsuki0906

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る