第61話 泳ぎに行こう?
一学期も残すところ、後わずか。
残り少ない部活動で、なんとか文化祭までに上達しなくては。
そう思い僕は意気込み、気合を入れて部室の扉を開ける。
「おはようございます!」
そんな僕の目に飛び込んできた光景は……
難しい顔をしながら腕組みをする
その様子を黙って見ている深谷先輩。
うわぁー
なにこれ?
どんな状況だよ。
へんなの見ちゃったなー
唖然としていたであろう僕の存在に気付いた南先輩は、すぐに駆け寄ってきて言った。
「おい春山からも頼んでくれよ」
「あの~ まったく現状が理解できないんですけど」
部長はその場で立ったまま「ん~」と唸り声をあげている。
「いやさぁー 今度の日曜日に、うちの学校で水泳部の練習試合をやるんだよ」
「はい」
「4校くらいから、水泳部の連中がやってくるんだよ」
「へー」
というか、そんな格好で僕の前に出てこないでもらいたい。
さすがに目のやり場に困る。
「でもさ、肝心のうちの水泳部で欠員がでちまってさ」
「はー」
「足りないんだよ、人数が」
「それで?」
「で、秋芳さんに代わりに出てくれないか、頼んでたんだよ」
「はぁ……」
僕には関係のなさそうな話だったので、そのまま座って稽古の準備をすることにした。
「おい! 聞いてるのかよ、春山」
「僕に言われましても」
だって、僕にはどうしようもできないし。
それに水泳のような個人競技で、なんで部長が必要なんだ?
「水泳なら個人種目なんで、一人いなくても別にレースには影響しないんじゃないですか?」
「女子のメドレーができないんだよ」
「メドレーですか……」
水泳のメドレーって4人必要なんだっけ?
「もともと一人用事があって出られなくて、うちが助っ人で出るっていうのに、さらに一人足りなくなってな」
「ほかに生徒はいないんですか?」
「ほかもこの時期、試合だったりして出れないんだよ」
じゃあ、もうやめればいいのに、と思っても言わないでおく。
まぁ、部長に頼むくらいだから、ほかの手段はもう考えられないのだろう。
「もともと、うちの水泳部が他校に依頼して実現した練習試合に、うちの水泳部が出ないっておかしいだろ?」
「事情が事情なんで、しょうがないんじゃないですか?」
うちは茶道部だし、早く文化祭に向けての稽古したいし。
「それと、部長じゃなくて、深谷先輩はダメなんですか?」
「はあ?」
深谷先輩の名前を出したら、本人にめちゃくちゃ怖い目で睨まれた。
「私がやるわけないでしょ。それにその日は用事があるから」
「ですよね、諦めるしかないですね」
「この際、春山君が出ればいいんじゃない?」
「……え?」
「そうか、それしかないか……」
「なに本気で考えてるんですか! 南先輩!」
「春山なら、ワンチャンばれないかも」
「ばれますって、男ですよ、僕は!」
「水着もさ、フィットネス水着なら、ばれねーかも」
「落ち着いてください! 絶対にやりません。嫌です!」
「なんだよ! じゃあ秋芳さんを説得しろよ!」
もう、なに逆切れしてんだよ。
「と、いうことらしいですよ。部長」
ずーと腕組みして唸ってる部長に話を振る。
そしてひらめいたかのように、突然口を開く。
「……春山くんが、応援に来てくれたら、出るかも」
え?
「よし、春山、応援に来い!」
「え? ちょっと、なんで?」
なんで僕が? 巻き込まれる?
「部長! どういうことです?」
「一人じゃ恥ずかしいし、心細いから」
「いやいやいや、それは」
「それに、朝起きれないかもしれないから、起こしに来てもらわないと」
「……」
「よっしゃ! これで決まり!」
「ちょっと、南先輩?」
南先輩はすぐさまバスタオルをはおると、そのまま部室から出て行ってしまった。
「南せんぱーい!」
どうしてくれるんだよ……
僕には残された時間がわずかしかない。9月の文化祭まで部室に来れる回数はもう限られていた。
来れるうちに出来るだけ練習しないと。
しかしそんな僕の気持ちとは裏腹に、部長はもう次の水泳部の練習試合の件で頭がいっぱいのようだった。
僕が稽古をしている横で部長は、
「ちょっと練習しようかな」
「練習って、どこで、なにを?」
畳の上に、ベターっとうつ伏せになった。
まさかここで?
足をバタバタさせ、腕を回し、クロールをする。
「ちょっと、香奈衣! ここで暴れないでよ!」
「部長、ここでそれは、ちょっと違うんじゃないですか?」
こんなところで水泳の練習とかありえないし。
「そっか、私、平泳ぎやるんだった」
そういって今度は足を折りたたむ。
「部長、ちょっと待ってください!」
いや、やばいって。
制服で、スカートで平泳ぎの真似をされると。
ちょっと、いろいろ危ないから。
「部長、今日はおとなしくお茶飲んで帰りましょう!」
~そして部活も終わり、三人での下校。
校舎の外に出ると、生暖かい空気に包まれる。
この時間になっても涼しくなることはなく、今からでも服を脱いでプールで泳ぎたい気分にさせる。
そんな中、隣で歩く部長は本当に水で泳いでいるかのように、両腕をカバンを持ったままくるくる回してクロールしている。
さっきからこんな調子でいるもんだから、結局今日も稽古らしいことは出来なかった。
「あっ、そうだ。平泳ぎだった」
部長は腕をクロールの動きから平泳ぎに変える。
何回目だよ、間違えるの。
もうどっちでもいいよ。
それより道中でそんなことやって、恥ずかしいから、やめてもらいたい。
僕はそんな部長に改めて尋ねる。
「よく、出るなんて言いましたね。部長」
「え?」
腕を止めて僕を見つめる部長。
「だって、南さん、困ってたし」
「にしてもですねぇ」
「放っておけないのよね、そういうの、香奈衣は」
深谷先輩が慣れた感じで、あきれたように言う。
「それに、春山くんが応援してくれるって言うし、がんばれるよ」
と、両手を握りこぶしにして、胸の前にかかげる。
なんで僕も、こんなことに……
は―― っと、深いため息が、臓器と一緒に出てきそうに口から漏れ出す。
「それに、春山くん?」
「はい?」
「これがチャンスだよ」
「え? チャンス?」
部長は僕を見ることなく空を仰ぎ、歩きながらつぶやくように言う。
「……見れるの」
「はい?」
「プールで泳ぐ私の水着姿……見れるの」
「!?」
そんな言葉を発した部長は含み笑いをし、そのまま空を眺めている。
部長の、水着姿、だと?
ぜんぜん意識していなかった。
そういえば僕は部長とクラスも学年も違う。
こんな機会がなければ、学校のプールで部長のスクール水着を着ている姿を目にすることは、まず不可能だ。
まさか、これを狙っていたのか?
部長はそれ以降、何も言わなくなり、ただただ、遠くを見つめながら歩いている。
この無言の時間が、いっそう僕の妄想を進ませる。
プールサイドにたたずむ水着姿の部長の姿。
水の中を気持ちよさそうに泳ぐ部長の姿。
布一枚で包まれた胸のふくらみ。
学校指定の紺の水着から生える白い腕と太もも……
なんだよ……
こっちのほうが緊張して、
恥ずかしくなってきたじゃないか……
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