第58話 浴衣を作ろう その2

 今日のホームルームの時間も、文化祭の決め事が長引いてしまい、終わるのが遅くなってしまった。


 僕は息をきらせ、遅れながらも部室に到着したのだが。


 あれ? 鍵、かかってる。

 扉が開かない。


 そして部室の中も暗く、人の気配がない。


 どうしたんだろう……

 と、スマホを取り出すと、

 メールがきている事に今、気がついた。


 部長からの『被服室にいるよ』のメッセージ。


 直接、被服室に行けばいいのか。


 というわけで、引き返して被服室へ。


 だいぶ遅れて被服室にたどり着き、中に入ると、


 ひとつの長い作業台にみんなが集まって、なにやら騒いでる。



「春山くーん。こっちこっち」


 端の方に深谷先輩と一緒に座っていた秋芳部長が、僕を見つけると手招きする。


 なんか嫌な予感しかしないけど、みんなの居る所へと向かうしかない。


「なにしてるんですか? 部長」


 作業台にはお菓子が広がり、部員のみんながお茶を飲みながらお菓子をつまみ、雑談している。。


「おやつの時間だよ」

「浴衣を作りに来てるんじゃないんですか?」


「春山君もどうぞ座って。これ、私が焼いてみた試作品だけど。よかったらどうぞ」


 えぇ……花堂先輩も?


 中央に座っていた花堂先輩は、そう言ってお皿に乗せたクッキーを差し出してくれる。


「ありがとうございます」


 花堂先輩に言われたらしょうがない。


 こっちでは部長が僕のお茶入れてるし。


 他の部員は、おのおのおしゃべりして騒いでいる。

 どうやら女の子は、部活に関係なく、噂話とお菓子が大好きなようだ。


 もー 早く続きをしたいんですが、ねー


 僕はまだほんのり温かいクッキーと、入れたての熱々のお茶を手に、みんなが作業に移るのを待っていた。


 ぼんやりと座っていると、嫌でも入ってくる、みんなの甲高い話し声。


「そっちの文化祭の準備、どう?」

「私んとこ、映画、撮るとかいっちゃってさ。夏休みその為に登校だってさー」

「うわー それはだるい」


「メイド喫茶もどうかと思うけどね」

「あっそっか、そこのクラス、メイド喫茶なんだっけ?」


「完全に男子どもの欲求を具現化しただけよね」

「えー 私は着てみたいけど。だってこんな機会ないと、着れないでしょ?」

「あー そういえばあんた、コスプレが趣味よね」


「メイド服もいいけど、茶道部の浴衣もいいわよね~」

「それね~ 私も作ろうかしら? 夏祭りとかで使えるわけでしょ?」

「それ着て彼氏とデート? うわぁー」

「うるさいぞ、黙れって」


 ……


 …………


 ……家庭科部は、花堂先輩みたいな家庭的な人ばかりかと思ったら、


 ……そうでもなかった。


 うちの茶道部と変わんないじゃないか。


 というか、女子高生って、たいていこんな感じなの?

 三馬鹿が女子高に憧れを抱いていたが、きっと現実はこんなもんだよ。


「春山君?、私のこと知ってる?」

「え?」


 急に僕の名前を呼ばれ、僕は声の方に顔を向けた。


 制服からして一年生だけど、もしかして同じクラス?


 小柄で肩にかかる程度の髪をもった、普通の大人しそうな女の子だけど、あんまり見覚えはない。


「私、同じ3組の柳田だけど……」

「そう……だっけ?」


「ひどーい。もう7月なのにクラスメイトの顔と名前、まだ覚えてないなんて」

「……すいません」


「なんだ、やなぎーと、同じクラスなんだ」

「そうなの。でね、春山君ってそんなに目立たないけど真面目なんだよ」


 あんまりそんなこと言わないでよ。


「日直の仕事とか、しっかりこなすし、掃除も一人真面目にやるしね」

「へー」


 部長がなぜか、食べかけのお菓子をほったらかして、この話に食いついてる。

 花堂先輩も静かに耳をかたむけてるし。


「この前ね、昼休み中に私たちが、春山君が席はずした隙に場所占領しちゃって、春山君帰ってくる場所無くなっちゃって、何も言わずうろうろしてたよ」

「可哀そうー なにしてんのよー」

「全然気がつかなくてー」


 僕の噂は、僕本人のいないところでやってもらいたい。 

 恥ずかしいじゃないですか。


「でも、茶道部だったとはねー」


 と、柳田さんは、いやらしい目を僕に向けてくる。


「もしかして秋芳先輩が目当てで、入ったの?」


「それは、違いますねー」

 と、はっきり否定しておく。


「えー こんな大人しくて真面目そうなのが?」

「女目当てで部活選び、なんてね」

「そういうのに限って、変態なのよ」

「それは、あんたの彼氏でしょ」

「あいつ、ほんっと変態だから。ヤバイって」


 ……全然僕の話、聞いてないし。


「女の子目当てなら、うちだって花堂部長がいるじゃん」

「そうよねー 部長以外にもこんな大勢、美人女子高生がいるっていうのに」

「なんで男子が一人も来ないのかしらね」


 たぶんこんな感じだから、入りたくないのでは?


「そうそう、春山君だっけ? 今からでも家庭科部に入れば?」

「僕ですか? いやー 茶道部で忙しくて、ですね……」


 っていうか、いつまでお茶してるの?

 早く続きをしたいんですけど。


「男物の服も作ってみたいわー」

「そんなの作ってどうすんのよ」

「クリスマスにセーターじゃなくてパーカーとか作ってあげたいよね」

「あんた、あげる彼氏なんて、いないじゃん」

「出来る予定なの! それに今から作れば冬に間に合うでしょ。ちょうど、春山君の体型に合わせて作ればよさそうだし」


 もうお菓子もお茶も尽きてるのに、ずーっと世間話してる。


「あーあ、どこかに、いい男、落ちてないかなー」

「せめてこの部活に、誰か入ってくれればね」


「そうよね、一人くらいいてもいいのに、なんで誰も入らないのかしら」

「男の人がエプロンして料理する姿って、なんか、いいわよねー」

「朝起きたらキッチンに、上半身ムキムキの裸にエプロンして『おはよう、朝食できてるよ』って」

「ヤバ――」


 ……早くこの時間、終わらないかな。

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