第55話 音楽

 今日もテスト期間なので午前で授業が終わった。

 そのまま部室に行って、お昼を食べてそのまま勉強するつもりが、三馬鹿どもにつかまってしまった。


 文化祭に向けての作戦会議。

 だとか、夏休みに向けてのナンパ大作戦会議とか……

 訳の分からん話に付き合っていたら、お昼を回ってしまった。


 遅れながらも部室の前にたどり着き戸を開け、

「失礼します」

 と挨拶して入るも、中から返事がない。


 鍵が開いてて、明かりがついているのに無人?


 そのまま入っていくと、ちゃぶ台を抱えるようにして、うっぷした秋芳部長がいた。

 寝ている……のだろうか?


 深谷先輩は見当たらない。

 でも荷物はあるので、トイレでも行っているのだろうか?


 僕は部長が寝ているのかどうか、寝息を確認するために近づく。

 ちゃぶ台の上には、散らかった文房具とイヤホンのついたスマホが。

 部長の寝息のかわりに、イヤホンから音楽がかすかに流れ出ていた。


 聴きながら勉強して、そのまま寝てしまったのだろう。


「部長、起きてください」


 耳元でそう呼びかけるも、そんなことで部長が起きるはずもない。


 しょうがない。深谷先輩が戻ってくるまで、そっとしておこう。


 しかし……

 何の曲、聞いてたんだろう?


 普段そんな光景見たことなかったから、部長が音楽を聴く印象がない。

 よく考えたら、そんなことはないだろう。

 僕だって家では聞くし、部長も年頃の女の子なら、まったく聞かないということはないだろう。


 でも、いったいどんな曲を?


 知りたい。ような、知りたくないような……

 興味がないというと嘘になるが。


 今、はやりの曲かな?

 それともアイドルグループとか?

 クラシックとか。

 洋楽……

 演歌!?


 今ならのぞける。

 スマホの中身だって。

 でもそれは、部長のプライバシーが。


 でも……

 どんな曲を聞いてるかだけは……

 いいよね。


 僕は深谷先輩がいつ戻ってくるか分からないので、入り口に目を向けながら……

 ゆっくりと片方のイヤホンを耳に入れた。


 ……


 僕の聞いたことのない曲。


 今 流行りのものではない。

 ひと昔前の歌謡曲というか……


 男性の優しく広がるような、そして深く美しい声。


 ゆっくりと落ち着いた優しくも悲しい歌詞のバラード。


 恋愛の? 失恋の? 歌なのだろうか……


 それを叙情的に、心地よい男性ボーカルの低音域で歌い上げている。


 ……部長って、こういう曲、好きなのかな?


 普段の明るい振るまいとは裏腹に、実は切なく繊細な女の子なのかもしれない。

 ちょっと意外だった。

 もっとワイワイ騒いでいる曲かと思ったのに。


 まあ、数有るフォルダの中の一つの曲が、たまたま今流れているこの曲だったかもしれないし。

 もしかするとロックやヘビメタなんか好きだったり。


 よく分からないからなー この人は……


 と、入り口に向けていた視線を、部長に戻すと……





 ……部長と目があった……





 あれ…… いつの間に…… 起きてたの?


「んー 春山くん? おはよう」

「おはよう……ございます……」


 部長はおおきく腕を振りかぶって 、んーという声と共に身体を上に伸ばした。


 それと同時に僕は慌ててイヤホンを外した。


 やばい。見られた?

 非常にまずい……

 また変に、からかってくるよ、きっと……

 どうする? どうしよう?

 いや、まてよ。ワンチャン見られてない可能性も。

 よし、何も言わずに黙っていよう。


「ん~ 音楽聞きながら勉強してたら、いつの間にか寝ちゃったみたい」

「どうやらそうみたいですね」


 心臓がドキドキと音を立てているのが分かる。

 イヤホンから漏れ出す音よりも、大きいんじゃないかと心配になる。


「あの、深谷先輩は?」

「なんか、図書室に調べものとか言ってたかな」

 と、目を擦りながら答える。


 よし、なんとかやり過ごせそうだ。

 僕は何事もなかったかのように座って、カバンから教科書を取り出す。



「で、春山くん? なんで私の音楽聞いてたの?」


 あ―――


 そうですよねー

 やっぱり見てましたよねー


 部長はニヤニヤしながら、こっちを見てくる。

「いや別に、ちょっと、なに聞いてるのかなー と思っただけですよ」


「ふーん、私がどんなの聞いてるか、気になったの?」


 と、頬杖つきながら笑顔で尋問してくる。


「勝手に私の曲、聞かれて恥ずかしいなー 女の子の私物、盗み聞きするなんて」

「……知らない曲が流れてきてたんで、気になっただけです」

「聞いてみる?」

 と、イヤホンの片側を渡してきたので、やんわりと断る。


 が、部長が無理やり僕の耳にねじ込もうと、身を乗り出してくるので、しかたなく受け取って自分で耳に差し込む。


「この曲、私の好きな曲」

「そうなんですか。いい曲ですね」


「古い曲だけどね」

「ちょっと前の曲ですか?」


「お父さんお母さんが聞いてたのを、子どもの時からずっと聞いてたからね」

「へー」


「だから、この曲聞いてると、昔家族で仲良く遊んでた時を思い出すの」

「……そうですか」


「失恋の歌だけどね」


 今、僕たち二人は同じイヤホンを共有し、同じ曲を耳にしていた。

 それがまるで、部長の思い出までも共有しているような錯覚を感じさせる。


「音楽っていいよね」


 流れる歌詞に合わさるように、自然と、そして唐突にそんな言葉を出す部長。


 曲の流れに身体の全てをまかせるかのように、力を抜き、まぶたの半分を閉じて、聴き入る部長。


「曲は年月が経っても色褪せないし、その時の、その一瞬のままが残り続けるし……」


 まるで香りのように、その匂いが記憶と密接に結ぶように……


「曲を聴いていた時の思いも、一緒に記憶に残るからね」


 それはまるで写真のように、一期一会の出来事を、いつまでも残し続けるかのように……


「悲しい時に聞いた曲とか、がんばるぞって時に聞いた曲とか、ずーっと聞くたびに思い出すもんね」

「そう……ですね」


「そういえば、春山くんはどんな曲、聞いてるの?」

「え?」


 驚いて、おもわずイヤホンを落としてしまう。

 まさかゲームとかアニメの曲が大半とは言えまい。


「僕のは……普通のですよ」

「聞きたいなー」


「あー すみません、スマホには入れてないんですよ」

「そっかー 残念。今度聞かせてね」


「はぃ」


「今度はこの曲、どお?」


 そしてまた、いきなりイヤホンをねじ込もうとしてくる。

「もういいですって」

「これ、不器用な子が、がんばる内容の歌だよ」

 

 初めて一緒に聞いた曲。

 部長の言う通り、曲が色褪せないものだとしたら……

 僕はこれから一生、この曲を聞くたびに今の、この出来事の、部長とのことを思い出してしまうのではないだろうか。


「さっきの曲、誰の、なんていう歌ですか?」


「さっきのはね……」

 

 そう部長が言いかけたところで、部室の戸が開く音が聞こえた

 深谷先輩が帰ってきたようだ。


「また、今度、教えて上げるね」


「あら春山君」

「おはようございます」


「香奈衣、ちゃんと勉強してたの?」

「してたよ。寝てなんかいないって」


「その割には……散らかってるし、はかどってないみたいだけど」


「してたよ、春山くんと音楽の勉強、ね」


 そう言って部長は僕に笑いかける。


「……ええ、まぁ」


 そんな僕たちを見て深谷先輩は首をかしげる。


「おんがく?」

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