第54話 七夕

 期末テストも始まる。しかし、部室にはやってくる。

 恒例の勉強会のため。


 家帰っても勉強しないけど、でも、ここでやっても集中しないんだよなー


 そんなことを考えつつ、いつもの和室の中へとやってくる。


「おはようございます……」


 のだが……


 ただいつもと違っていたのは、床の間に立派な竹が一本そびえ立っていたことだ。

 僕の腕よりも太く、そして僕の背よりも高いそれは、天井までとどいてしまっている。


「部長、これ、なんですか?」

「竹だよ」


 立派な竹に、誇らしげな視線を向ける部長に尋ねるも、ありふれた答えしか返ってこなかった。

 そんなことは、見れば分かりますって。

 なんでこんな、一本の竹が存在するのかと?

 まぁ、短冊ついてるし、今日が七月七日だから、七夕だってことは分かりますが。


「これ、部長が持ってきたんですか?」

「そうだよ」


 この前の部活の時には無かったから、きっと今日の朝にでも持ってきたのだろう。

 静かに座る深谷先輩を見ると、遠い向こうの彼方を見ていた。

 きっと秋芳部長と一緒に運ばされたのだろう。

 お疲れ様です。


「しかし立派な竹ですね。部室にパンダでも飼うんですか?」

「大きい方が願い事かなうかなー ってね」


 そういう問題ではないと思うけど。

 こんな床の間に竹一本なんか置いたりして、千利休が見たら竹槍で刺されるよ、きっと。


「今日は七夕だから、ですか?」

「うん」


 うなずいた部長は、まるで少女マンガのヒロインのような目をしながら語りだす。


「ロマンチックだよね、一年に一回、織姫と彦星が出会うなんて」


「星の寿命に比べたら、地球上の太陽暦の一年なんて、毎日会ってるようなもんですけどね」


 すかさず深谷先輩が、ロマンの欠片もないことを言い放った。


「春山くんも早く願い事しないと」

「僕もですか? 僕は別に……」

「みんな書いてるよ」


 確かに笹には短冊が、全部で四つ? ぶら下がっている。

 もしかして先輩たち、一人ずつそれぞれ願い事を書いたのだろうか?


「はい、これ、春山くんの分」

「あー はい」


 なにこれ? 紫の短冊。

 これに僕の願い事を書けというの?

 面倒くさいし、竹にぶら下げるの恥ずかしいんですけど……


 僕のことをジーッと見つめる部長。

 書かないほうが、後々面倒になりそうなので、しょうがなく願い事を書くことに。


 とはいっても、なー

 願い事なんて、特に……


 僕が短冊を前にして悩んでいる間、部長たちはお茶を飲みながら言葉を交わしている。


「でも、かわいそうだよね一年に一回しかあえないなんて」

「そう? 毎日会うのも飽きるけれど」


「私なら毎日、顔合わせないと死んじゃうかもしれない!」

「まあ、こんなことになったのは、二人の自業自得なんですけどね」


「それに今日は曇りで、かわいそうだよねっ」

「天の川は、雲よりも、太陽系よりも遠くにあるから、別にここが曇っていても関係ないわよ」


 なんの話をしてるんだ? この二人は?


 そういえば、みんなはどんなことを書いているのだろう?

 僕だけ真面目に願い事を書いて、馬鹿にされるのもいやだし。


 僕は二人に気づかれないように、静かに床の間に向かうと、笹にぶら下がった短冊を手にした。


 一番手前にあった白い短冊には……


『金』


 なにこれ……

 お金ってこと?

 遠野先輩のかな?


 こんなこと、お願いされても、織姫彦星も管轄外だよなー

 単純でいいけど。



 で、次は……赤い短冊。


『インターハイ出場!」


 これは、南先輩か?

 茶道部のこと、じゃないよね。

 茶道部の全国大会なんて聞いたことないし。

 応援先の部活のことかな?



 この青いのは?


『一学期は好成績で』


 深谷先輩ね、はい。

 実に現実的だ。


 ということは残りの黄色い短冊は、部長の?

 ただ、黄色い短冊は竹の一番上についているので、普通にやってもとどかない。


 いったいどうやって、頂上にくくり付けたんだ?

 呆然と僕が竹のてっぺんにぶら下がった黄色い短冊を眺めていると……


「春山くん、書けたの?」

「え? あ、いや、まだです」


 僕が竹の前でうろうろしているところを、部長に見つかり声をかけられる。


「願い事、ないの?」

「急に言われましても……」


「女の子の友達が欲しいとか、お姉ちゃんが欲しいとか、彼女が欲しいとか、ないの?」

「何ですかそれ?」


 少なくとも、そんな願望はないですよ。


 いつまでも、こんな事していられないので、早いとこ書いて終わらせなくては。

 折角、部室に来たのに勉強する時間がなくなってしまう。


 僕は適当に短冊に願い事を書きなぐる。


『茶道のお手前が上達しますように』


 ……これでいいでしょ。


「できた?」


 ニコニコの部長が駆け寄ってくる。

 そして、僕が短冊を笹につけるところを、楽しそうに覗いている。


「願い事、叶うといいね」

「まあ、気休め程度ですけどね」


「じゃあ、勉強しようか」

「そうですね」


 そうして、僕たちはいつも通りちゃぶ台を囲んで勉強をする。


 のだが……


 しかし、気になる。

 部長がどんな願い事をしているのか……

 あの部長の望むものって、いったい?


 僕の部長の願望を知りたいという欲求は、押さえ込もうとするほど膨れ上がり、時間がたつほど暴れだすようになる。


 もう、ここにいる間、そのことばかり気になって、ぜんぜん勉強に集中できなかった。


 今日が終われば、きっと見る機会はなくなってしまう。

 何とかして、帰るまでに覗く方法を考えなくては。


 そして僕が欲求との葛藤を抱えている間に、今日も帰りの時間が迫ってくる。


 どこかで、覗き見るチャンスはないだろうか?


 チラッと回りを見ると、部長たち二人は片づけと掃除をしている。


 今しか……ないか……?


 みんなの目を盗んで、僕は竹の前にやって来る。

 僕は、気付かれないように、素早くスマホを取り出す。

 そして……

 部長の願い事の書かれた短冊に向けて、ズームして写真を撮った。

 そして何食わぬ顔をして掃除を始める。


 よし、部長にもバレてないぞ。


 僕は物陰に隠れて、画像を確認する。


 いったい部長の願いとは……?



『みんなと いつまでも 一緒に 仲良くいられますように』


 ……これは確かに部長の字である。


 みんなと……いつまでも、か……


 本気でそう書いたのだろうか?


 そんな、ささやかな願い。


 もっとあるはずだ。願い事なんて。


 もっと……


 床の間の竹に隠れて見えなかったが、後ろには掛け軸が掛かっている。

 その掛け軸に書かれた、一期一会の文字が目に入る。


 一生に一度しかない出会い。


 出会いがあれば、いつかは別れがある。


 会者定離えしゃじょうり


 部長の願いは、きっと叶わない。いつまでもみんなと一緒とは、難しい話だ。

 なぜなら、部長たち先輩方が卒業すれば、きっと今いる茶道部のメンバーはバラバラになってしまうだろう。


 それを知っていて、分かっていての、部長の願い。


 叶えて上げたい。

 せめて、その最後の時まで僕でよければ、一緒に……


 部長が話していた言葉が、僕の頭のなかで再び再生される。


『かわいそうだよね一年に一回しかあえないなんて』

『私なら毎日、顔合わせないと死んじゃうかもしれない』


 いつの間にか僕は、茫然と立ち尽くしていたようで、そんな様子を心配して、部長がやってきてくれた。


「どうしたの? 春山くん?」

「あ…… いえ、なんでもないです」


 僕だって、いつまでも一緒にいたい気持ちはありますよ。

 でも、それは……


 それが例え無理であったとしても、

 一年に一度、織姫と彦星のように集まれれば、

 みんなでお茶会など開いて、

 楽しむのもいいのではないだろうか……


 僕の願い事が一つ増えた。

『これからも部長と、茶道部のみんなと……』

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