第53話 雑誌グラビア
昼休み、僕は自分の席で問題集を見ながら、持ってきたパンをかじる。
もうすぐ期末テスト。さすがに勉強しないと。
だんだん内容が高校っぽくなって、難易度が少し増してきている。
ちょっとでも空いている時間を勉強に使おうと思い、机に分厚い資料集や問題集を置いて軽く目を通す。
こんな重い本を家に持って帰るのも一苦労なので、なるべく学校に置きっぱなしにして、ここで勉強していきたい。
ので、教室にいる間はこれを使って勉強することに。
しかし、そんな僕の目の前では、テストなんて関係なさそうな三馬鹿が騒ぎながらお昼を取っている。
なんでいつも僕の前に集合しているわけ?
しかもこっちは勉強しているので、静かにしてもらいたい。
でも、さすがにこの三人もテスト対策をしているようだ。
机に本を高く積み上げて、一人一人本を手に取り勉強を……
……いや、違う。
よく見ると机の上の本は、全部雑誌だ。
表紙に可愛らしい水着になった女の子のグラビアが載っている。
どうやら積み上げられた本は、全部週刊マンガ雑誌のようだ。
なにやってるんだ? この三馬鹿は?
三人は昼ごはんを食べるよりも、雑誌を食い入るように覗き込み、そして批評する。
「このアイちゃん、可愛いよな。絶対売れるぜ」
「これ見てみろよ。やべーよな」
「うっわ、もうこれ、AVじゃん」
馬鹿だなー 本当に馬鹿だなー この三人。
周りの女子から白い眼で見られているにも関わらず。
近くにいると、同じ仲間だと思われ、嫌なんだけど。
僕は無視して資料集に目を向ける。
「おい春山、これどう思う?」
やば。なんか、バカの一人の千葉が話しかけてきた。
千葉はいきなり僕の見ている資料集とすり替えて、一冊の雑誌を開いて見せてくる。
否応なく目に飛び込んでくるビキニを着た若い女の子の……
……って、顔が僕の女装した時の写真なんですけど!
なにこの雑なコラ写真?
「どうだ? すげー可愛いだろ」
いや、すごく不愉快なんですけど。
普通に気持ち悪い。
「なに? これ?」
「俺の女神ちゃん、自信作」
うっわ――
「きっと、こんな体してるんだぜ。胸もさ、こんだけあってさ。肌もすげーきれいで……」
これは、だいぶ病んでるわ。おだいじに……
アイドルって、男からこんな風に見られてるんだ。
かわいそうだな、絶対やりたくない。
「ほかにもあるんだぜ」
そういって積み上げられた雑誌のうちの一冊を僕に渡す。
別に、いらないんだけど。
とりあえずページをめくって見るが……
あれ?
読もうと思ったマンガがない?
めくると全部グラビアの写真。
全部、違う子の、違う見出しの……
これ……
マンガだけくり抜いて、巻頭のグラビア写真だけを集めて、一冊にまとめたの!?
馬鹿じゃないの!?
馬鹿でしょ!
勉強しろよ、バカ!!
「お前にも一冊やるよ。ダブって買っちまったから」
そういって新品同様の雑誌を勝手に机に置かれる。
こんなのもらってもなー
困るんだけどなー
でもとりあえずマンガは勉強の気分転換として、読んだ後で捨てることにした。
放課後、恒例の勉強会と称した茶道部の部活へと向かう。
「失礼します」
「おはよー」
和室の真ん中では、ちゃぶ台を囲んで秋芳(あきよし)部長がふらふらし、深谷先輩は静かにノートに向かって手を動かしていた。
僕も奥で準備しようと、カバンから教科書やノート、筆記用具を出そうとする。
……が、なかなか出てこない。
ああ、これが詰まってるのか。
もらった雑誌が中を圧迫して取り出しにくくなっていた。
いったんその雑誌を出して、教科書を探す。
そうだなー 今日は数学でもやろうかな。
数学の勉強道具一式を取り出し、カバンを整理する。
よし、さっきより、すっきりした。
って、ああ、そうか、雑誌戻してなかった。
……
……あれ?
横に置いてた雑誌がない?
見渡すと、雑誌のかわりに部長の足があった。
見上げると、そこには雑誌を手にした部長が。
「ぶ、部長!?」
よりにもよって部長に見つかるなんて……
「あ、あの、それもらったやつで、捨てようと思って、あの、そのまま捨ててください」
「ふーん」
部長はそれを食い入るように見つめて、そのまま戻っていってしまった。
「あ、あのー 部長?」
ちょっとまずいなー
深谷先輩に見つかったら……
部長は雑誌から目を放すことなく深谷先輩の隣に座るが、これではすぐに深谷先輩に教科書じゃないものを見ているのが、ばれてしまう。
「ちょっと香奈衣、なに読んでるのよ!」
「え? 女の子の写真」
そう言って、いたいけな少女の、あられもない姿をしたグラビアのページを見開いて見せた。
「春山君!」
「あー はい」
「あなた!? こんな汚いもの神聖な茶室に持ち込んだのは!」
「あ、いえ、はい、すみません」
あーあ、また怒られちゃったよ……
「香奈衣、こっちによこしなさい。燃やしてくるから」
燃やすって……穏やかじゃない。
「もうちょっと見せて」
「香奈衣!」
結局、部長は手に持ったまま放さなかった。
それどころか、なぜか僕たちが勉強している間、ずーっとそれを見ていた。
なんでそんなに興味津々なんだよ。
小学生の男の子じゃないんだからさー
目の前でそんなことされて、こっちの方が集中できない。
でも正直、写真の女の子には悪いが、部長のほうが何倍も可愛いと思う。
むしろ部長が表紙を飾らないのが不思議なくらいだ。
もし部長がスカウトとかされたら、いきなり表紙を飾るだろうな。
そんな妄想をして、勉強が全然はかどらないなか……
「ねえ、春山くん」
「なんですか?」
しばらく無言で読んでいた部長が声をかけてきた。
「この子と、こっちの子、どっちが好き?」
「……いや、別に、どっちも……」
ページをめくりながら、見比べようとする部長。
どっちも知らない子だし、いきなり聞かれても。
というか、今まで何考えてたの?
そんなやり取りをしているところ、深谷先輩が僕をにらむ。
なんで僕を見るんだよ。
そしてまたしばらくすると……
「ねぇ」
「なんですか今度は」
「どの水着が好み?」
「知らないですよ!」
また部長がページをめくって僕に見せてくる。
「これは? 胸のところにフリルがついてるの。可愛くない?」
「分からないです」
「これとか、横が紐みたい」
「はいはい、そうですね」
「それとも普通にワンピースがいいかな?」
隣で聞いてる深谷先輩の筆圧が強くなっているのが分かる。
そのうちペンが机を貫通しそうなくらいの勢いだ。
「部長、真面目に勉強しましょう」
そういわれ部長は、いったんは雑誌をたたんで置くのだが、またしばらくすると開いているのだ。
そしてまた忘れたころに……
「ねぇねぇ」
「なんですか!?」
「これ、どうかな」
顔を上げると、部長が両腕を伸ばしながら机に手を突き、グラビアアイドルのように胸を突き上げるようにして強調させていた。
「……なに……してるんですか?」
「……そっか~ 水着じゃないと、だめか~」
そういう問題ではない。
なんでこんな時に、そんなポーズするんですかと。
いや、本当はかわいいですよ。
水着でやったら、それはもう、学校中の男子生徒は喜ぶでしょうよ。
でも今は違うでしょ。
和室で勉強中で、しかも深谷先輩もいるところで、そんなことやったらダメでしょ?
僕はまた教科書に目を戻すが、もう気が散って勉強どころじゃない。
「ねぇ、春山くん」
「もー なんですか?」
今度は部長が四つん這いになってお尻を持ち上げてる、いわゆる女豹のポーズを横でやっている。
「どうかな?」
そんな制服でやると、後ろからお尻が丸見えになりますよ。
「どうかな? じゃないですって! 真面目に勉強してください」
そんな呆れた部長の行動に、ついに深谷先輩のペンを持つ手が止まった。
「春山君、香奈衣が追試だったら、あなたも同じ格好してもらって写真とるからね」
「部長! 早く勉強してください!!」
「えー」
「ぶちょう!」
「春山くんの好きな格好ってなんだろう……」
なんて世話のかかる先輩なんだ。
「僕は、静かに机に向かって勉強している部長が好きです」
「本当?」
僕は静かに、うなづく。
「そっかー 勉強か…… じゃあ、がんばろう!」
恥ずかしい言葉を言わせられて、勘弁してもらいたい。
それからは静かに勉強をする部長。
だが、たびたび手を止めては僕の方を見て、さりげなく可愛いアピールをしてしてくる。
くっそー
ぜんぜん集中できないよ
これじゃあ、僕が追試になってしまう。
そんなことが続き、部室では全く勉強に身が入らないまま、下校となってしまった。
しかし部長は、帰りの道でさえも、その雑誌を手放さなかった。
「春山君、責任取りなさいよ」
「はぁ……」
深谷先輩が部長を叱るのを諦めたかわりに、僕を蔑むような目で見る。
部長も懲りずに同じ雑誌を見ながら歩く。
グラビアアイドルのような部長が、学校帰りに歩きながら週刊誌のグラビアを見ながら帰ってるなんて。
こんな姿を誰かに見られてほしくない。
結局、会話もないまま、別れの十字路までついてしまう。
「では、僕はこのへんで」
「また明日ね」
「お疲れ様」
しまいには部長は雑誌を読んだまま、持って帰ってしまった。
別に欲しくはないけど、なにがあそこまで部長をそうさせたのかと……
家に帰ってくると自室に戻り、教科書などを机に広げる。
結局ここでしか落ち着いて勉強できない。
まったく。結局、家で勉強するしかないのか。
そのまま寝っ転がるとやる気がなくなるので、椅子に座って勉強を始める。
……しばらく机で勉強していると、
スマホに着信音が。
どうやら部長がメールを送ってきたようだ。
どうしたんだ? こんな時に……
確認して見ると、なにやら画像が送られてきている。
それは、さっきのグラビア写真の女の子に……部長の顔を合成した、できの悪い画像。
『この水着、どうかな? 似合うかな?』
やってることが三馬鹿と変わらないのが悲しい。
『なにを着ても似合うので、気にしないでください』
面倒なのでそれだけ打ち込んで送る。
しかし数分して、また部長からメールが。
今度はなんだよー もう。
見るとまた画像が。
ムキムキのボディービルダーの体に、僕の顔写真を重ねたお粗末な合成写真。
『じゃあ、春山くんはこの水着、着てね』
なにやってるんだよ、この人。暇なのか?
こんなことする時間と労力があるなら、勉強に使っていただきたい。
『なんでも似合うっていうなら、私、これ着ちゃうよ』
……
……なんて面倒くさいんだ……
『勉強、がんばってください』
それだけの文字を打ち込んで送信する。
あー もー 気が散るなー
気を取り直して教科書に目を戻す。
戻すが、ぜんぜん集中できなくなってしまった。
いくら教科書を前にしても、さっきの出来の悪い画像が、目の奥に張り付いて消えない。
部長も、あんな体してるのかな?
普段、分からないけど、胸もあんなに大きいのかな?
足も手も白くてきれいだけど、部長はもっと細くて柔らかそうだな……
……結局、学校でも家にいても、勉強がはかどることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます