第52話 ミス茶道部
僕が放課後、部室にやってくると、今日は珍しく先輩方全員そろっていた。
あぁ……帰ろうかな。
みんながいる時は、たいていひどい目にあう。
なんだか危険な香りがするので、そっと帰ろうとする。
「春山くん、おはよう」
「……おはようございます」
秋芳部長にいち早く発見されたので、僕の逃げるタイミングが失われてしまった。
部長と深谷先輩はこちら側に座っているのだが、奥の方では南先輩が、しかも水着にスカートという謎の格好でフラフラしてる。
「よぉ、春山。久しぶり」
「あの、なんですか? その格好は?」
「ああ、これか?」
そう言って南先輩はスカートを持ち上げる。
「今日は水泳部の練習なんだよ。だから、悪いけど、お茶飲んだら行くわ」
「はあ……」
仮にも年頃の男子がいるので、こんなところで、そんな格好でうろうろしないでもらいたい。
せめて上に何か着るかなんかしてくださいよ。
南先輩から視線を下げれば、今度は遠野先輩は座りながら、ずーっと髪の毛をいじってる。
よく見ると化粧をしていないし、髪の毛も湿っているようだ。
「お久しぶりです。遠野先輩」
「あー 春くん。おはよー」
いつものように、気だるそうに答える遠野先輩。
「あの、どうしたんですか?」
「今日は水泳やったからさー 髪がねー」
なるほど。それで化粧してないわけか。
そっちの方が素朴で好きなんだか、本人的にはそれは許されないのだろう。
「水泳の授業だと、髪の毛、困るよね」
と、部長も髪の毛をくるくるしながら話しかける。
髪の毛の長い人は大変そうだ。
「もー 水泳とか、めんどいんだけどー」
「そうか? 泳ぐの楽しいだろ?」
「お化粧、落ちちゃうしー 髪の毛乾かさないといけないしー 肌が荒れるしー 臭くなるしー」
遠野先輩が南先輩に、ブーブー愚痴を言っている
僕は、そんなみんなの影に隠れて、一人稽古の準備をする。
「だいたいさー なんでこんな授業しないといけないわけ?」
「そりゃー 泳げるように、だろ?」
「そんなの、生きてくのに必要ないじゃん」
「スポーツとして、必要なんじゃね?」
「そもそも、なんで男子と合同の授業なのよ!」
それを聞いていた深谷先輩も静かにうなずく。
「ホント、気持ち悪いんだけど!」
「まー 視線とかキモいよな。明らかに、こっちのこと見てんの分かるしさ」
「香奈ちゃんも気をつけないと、可愛いから変態男に狙われるよ」
「ん?」
そんな部長は、のんきにお菓子を頬張ってる。
「もー おんなじプールに入ってるだけでも、キモい!」
「よく考えりゃ、同じ水を共有してるから、あいつらの浸かった水に触れてるわけだしな」
「同じ水の中にいるだけでも最悪! 妊娠しちゃう!」
「きったねー 男子とかいるからな」
「もしかして、お風呂替わりにプール入ってんじゃない?」
「塩素と一緒に消毒されねーかな」
……酷い言われようだな。
その男子が、ここに一人いるっていうのに。
ただ、うちのクラスの水泳の授業で、あの三馬鹿の様子を見ると、女子の気持ちも分からなくはない。
あいつら、明らかに視線が反対側のプールサイドに集合している女子たちの、恥ずかしい部分に向けられてるし。
それも他から見ても凝視しているのが分かるくらいに……
胸がー! 尻がー! と、恥ずかしい言葉を連呼するし、水の中を潜水して女子のグループの近くまで忍び込もうとするし。
……確かにキモいわ、男って。
そして遠野先輩の愚痴はヒートアップする。
「水着になるのだってさー 無駄毛の処理とかしないといけないし」
「まあな」
「見せる努力と、見られる努力、女の子は両方やらなきダメだし」
……大変なんですね、女子って。
僕たちは、あの子は可愛いとか、綺麗だなー って簡単にすませられるけど。
ということは部長も可愛いけど、努力してるのかな?
無駄毛とか……生えるのかな……
やっぱり、処理とかしてるのかな?
……と、チラッと部長のことを見たら、
「どうしたの?」
「な、なんでもないです」
目が合ってしまったので、慌てて反らした。
「しょうがねーよな、男は基本、体力バカってことだよ。だよな、春山」
「………」
だよな、って言われても、僕は男だし……
「あー お前、男だったな。わるいわるい」
「春くんって、全然男の子ぽくないよねー」
もう、なんだよそれ。褒めてるのか、けなしてるのか……
「春山くん大人しいから、女の子みたいだよね。春山ちゃんだね」
そう部長がフォローしてくれるけど、大人しいから女の子みたいというのは、どうかと……
そんなこと言ったら、先輩たちは喧しいのでみんな男ということになる。
「なんかさー 春くんには抵抗ないんだよね。いても」
それは男として見られてないと言う意味か?
「春山さー お前、ほんとに付いてんのか?」
……南先輩、それは女の子が聞くような質問ではないです。
「お前、茶道部には、こんなに美人がそろってるってゆーのに、ぜんぜん興味なさそーだよな」
「いや、別に興味ないわけでは……」
「なんか腹立つわねー それはそれでー」
「あ、あの……遠野先輩?」
だんだん雲行きが怪しくなってきた。
「ねえ、春くんは私のこと、どう思ってるー?」
と、遠野先輩は厳しい顔で迫ってくる。
「いや、別に、いい先輩ですよ」
「なにその当たり障りのない答え。女の子として、どおなのー?」
「いや、可愛いですって」
「てきとー に答えてるでしょ!」
「そうだ! 誰がさー 春山にとって一番魅力的な女か、決めてみないか?」
「どーゆー こと?」
「それぞれ水着になってさ、春山が誰で一番反応するか調べるんだよ」
なに言ってるんだよ、この人!
というか、早く行きなよ、水泳部に!
「水着になって、春くんが一番興奮した人が、一番セクシーってこと?」
やっば! 遠野先輩もまんざらじゃない。
「面白そう! 私もやる!」
「部長! 面白くなんかない! とめてください!」
なに、しゃしゃり出てきてるんですか? 部長?
「でもどうしよう……私、今日水着持ってきてない」
「うちが水泳部に行って、借りてくっか?」
なに部長もやる気になってるんだよ!
「よし、じゃあ、ミス茶道部、やるか!」
「やるか、じゃないですよ! ちゃんと稽古しましょう。茶道の!」
「でもー 誰が一番って決めるのー? 春くんの独断とー 偏見?」
「それは……あれだよ。春山の興奮した度合いだよ」
「興奮した?」
「興奮する所、あるじゃんかよ。それを見ればいいんじゃね」
「あたしたちの水着をみて、春くんのあそこが一番興奮した人が、ミス茶道部ってこと?」
「だな」
これはヤバい! 非常にヤバい展開だ!!
「あの……深谷先輩……」
早めに僕は深谷先輩に助けを求めた。
「みーちゃんも、水着になるでしょ?」
「なるわけないでしょ!」
よかった……
「春山君はね、女子には興味ないのよ。だからそんなの見ても、なんの反応もないわよ」
え? どうしたの深谷先輩?
「だから逆に、女子用の水着を身に付けると興奮するから、私の代わりに本人が着ればいいわよ」
えええ!? なに言ってるの!?
なに言ってんだよ! この人!
「やっば! 春くん、キモ」
「だから、うちらに興味なかったのか」
「ち、違いますよ、そんな変態じゃないですって!」
「じゃあ、春山くんも女の子の水着姿、見たら嬉しい?」
「いや、その、えーと……」
いったい部長はどっちの味方なんだよ。
「春山くん喜ぶなら、水着、借りてこようかな」
「やめてください、部長」
「で、春山はこの茶道部で、誰が一番可愛いと思うんだ?」
「へ?」
「一番じゃなくてもいーよ、春くんの好きな子で」
「いやいやいや、そんなの選べないですって」
「選べないって、みんな不細工ってことかよ!」
「そういうわけじゃなくて、ですね……みんな、みんな、可愛いですって!」
「誤魔化すんじゃねーよ」
そんな事……問い詰められても……
いつの間にか僕は、先輩たちに取り囲まれ、逃げる機会を失っていた。
あー ここは、何て言えば正解なんだ?
誰の名前を言っても、不正解だろう。きっと……
適当にクラスの子の名前でも言っておこうか?
あー だめだ。自分のクラスの女の子の名前と顔が思い出せない。
自分の交友関係の乏しさを呪う。
南先輩はむきになってるし、遠野先輩は詰め寄ってくるし、部長は興味津々でこっちを見てるし、深谷先輩は他人事のように傍観者を決め込んでるし。
どうすれば……
どうすればいいんだ。
誰に決めれば……
でなければ僕は、水着を見せられて、あそこを興奮させられる羽目に……
そうだ!
この学校で、
僕の知っている女子生徒で、
名前と顔が一致して、
なおかつ僕と少なからず関わりのある人。
「あ、あのー 花堂先輩です!!」
……………
……
あれ?
なに、この空気?
もしかして最悪の選択肢を選んでしまった?
「んだょ、逃げやがって、つまんねーな、」
「春くん、最低―― 花堂さん、茶道部でもないし」
部室は先ほどの騒がしさとは、打って変わって静まり返っている。
完全にしらけている……
「うち、そろそろ水泳部いってくるわ」
「あたし、お手洗ー 化粧直ししないとー」
最悪の雰囲気に……
なんで? なんか僕、悪いことしたのか?
「ねえ、春山くんって、花堂さんのこと好きなの?」
「えっ? なにを言って……」
いつの間にか、部長の真顔が目の前にあった。
「花堂さんの水着姿、見たいの?」
「べ、別に、そんな意味で、言ったわけでは……」
「でも、気になるんでしょ?」
なんか……怖い。
いつもと違う。
なんだか真剣な部長が……すごく、怖い。
「もう、やめましょう。今のは間違いです、言い間違いです」
「まちがい?」
「本当は……」
「ほんとうは?」
「あ……の……そ、の」
「うん」
「ぁぁ、ぁ、ぁきょし……」
「あきよし?」
「ぶぅちょぅ………………ですぅ」
「わたし!?」
僕は答えるかわりに、小さくうなずいた。
「私なんだー!」
そう言うと、部長はいつもの明るい笑顔の戻った。
「やっぱり今度一緒に水着、買いに行かないとね」
「……そうですね」
「みーちゃんも一緒に行こうね」
「はいはい、そうですね」
すっかり機嫌を取り戻した部長は、深谷先輩と水着を買いに行く相談をし始めた。
あ―――
今日は、なんて面倒くさい日なんだ。
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