第51話 文化祭にむけて

 今日は午後の終わりのホームルームが長引いてしまった。


 その理由は、9月に行う文化祭のクラスの出し物を決めていたからだ。


 まったく、あの三馬鹿が騒ぐから……


 クラスの話し合いは紛糾した。


 大きく分けて屋台や飲食系をやりたい派と、発表や創作、展示系を企画したい派で、どちらにするかで大いにもめた。


 僕は別に何をやってもよかったのだが。

 イベントでも屋台でも映画でも展示でも。


 そういうお祭り好きな人もいるのは確かだ。

 でも僕は、そういったイベントには消極的だし、熱心になるタイプでもないし。


 僕にとっては、文化祭のクラスの出し物などは、これといって重要ではなかった。

 そしてなによりも僕が優先しなくてはいけないことが。

 茶道部としての、お茶会でのお点前披露という、一大イベントが控えていたからだ。


 クラスのみんなが二分されて、どんな出し物にするか白熱する議論の中、僕はただ一人の傍観者として黙って見ているだけだった。

 結局、僕たちのクラスはたこ焼きの屋台を出すようだ。

 あの三馬鹿が、押し切った形で決着がついた。


 どちらにしろ僕は茶道部としてのお茶会の方に全力を注ぐので、何になっても構わない。

 むしろ当日はほとんど参加できないので、裏方として協力すればいいだけの話。

 当日はみんなに任せよう。


 そんなことをしていたために、もう時刻は17時を過ぎていた。


 もう、部活する時間ないじゃん……


 とりあえず顔を出しに、僕は部室へと向かう。


「すみません、遅くなりました」

「おはよう、というより、おそようだね」


 和室では秋芳部長と深谷先輩が、のんきに向かい合って、お菓子を食べお茶を飲んでいた。


「どうしたの?」

「いや、ちょっと、ホームルームの時間が……」


「何か話し合ってたの?」

「文化祭の出し物で……」

「ああ、そっかー なるほどね」


 僕は荷物を置いて、二人のもとへ向かうと、なぜかすでに僕のお茶とお菓子が用意されていた。


「で、春山くんのクラスは、何やることに決まったの?」

「たこ焼き屋……らしいです」


 よくよく考えたら、恥ずかしいわ。

 うちのクラスの出し物はたこ焼き屋です、なんて。

 もう少し、なんか良いのなかったのか?


「いいなー たこ焼き食べたい!」

「…………部長のところは何をやるんですか?」


「私たちのところは、メイド喫茶だよ」

「メイド……喫茶?」


 そのー ずいぶんと、やっちゃった感が、あるのだが……

 やばいなー うちのクラスよりも恥ずかしい出し物、決めてきたクラスがあるなんて。


「春山くん来てくれたら、私がお茶ご馳走するよ」

「いや、遠慮しておきます」


 部長がメイド服着て接客するの?

 なにその、東京の秋葉原にありそうな店。

 見たいような見たくないような……


 そんな僕たちの会話を、冷静に遮って話始める深谷先輩。


「春山君、そろそろあなたも、文化祭のお点前に向けて稽古しないと」

「そうですね、文化祭が9月なんで、あと……1ヵ月もないじゃないですか!?」


 今日から7月。文化祭が9月。8月は夏休みだし、今月期末テストがあって部活出来ないから、実質1ヵ月すらない。

 これ、やばいんじゃない?

 大丈夫なのか? 自分。


「えー どうしよう、間に合わないですよ、僕……」

「大丈夫だよ、春山くん。1ヵ月じゃなくて2ヵ月あるよ」


「え? 2ヶ月? だって……夏休み中は……」

「合宿があるよ」

「……合宿?」


 そういえば、たびたび会話の中で出てきた合宿という言葉。

 茶道部の合宿なんて、聞いたことない。


「夏休みにするんですか? そんなこと?」

「今年はやろうかなーって」


「はー で、どこでやるんです?」

「みーちゃんとこの田舎。というか別荘?」

「別荘とか立派なものじゃないわよ。昔、お祖母ちゃんが暮らしていた家で、今は空き家になってるだけの代物よ」


「へー」

「家が広くてね。お茶のお稽古できるんだよ。海の近くで、いいところだよ」

「香奈衣、まだ行くって決まってないでしょ」


「もしかして、僕も行くんですか?」

「そうだよ。茶道部のみんな全員で」


 なんかちょっと、団体で宿泊は嫌だな。

 しかも女の子と?

 なおかつ、先輩たちと……


 絶対、事件が起きる!


 行きたくない!


「それ以外にも、夏休み中、何日かは学校に来てお稽古したり、それ以外は私の部屋とかでやったり」


 ……夏休み中の学校?

 部長の部屋?

 なんだか変な話になってきたぞ。


「そうそう、浴衣も作らないと」

「え? 浴衣を?」


 浴衣? それも、たびたび話の中に出てきていた。


「浴衣なんて、作るんですか?」

「そうだよ。作った浴衣を着て、文化祭のお茶会やるんだよ」


「へー なるほど。茶道って浴衣でやるんですか?」


「違うわよ」

「……」


 深谷先輩が普通に否定してきた。


「じゃあ、なんで……」


「お祭りだから!」

「はあ、そうですか」


 部長が元気に答える。

 まあ、どうぞご自由に。僕には関係ないから。


「去年の文化祭の写真あるよ」

「本当ですか?」


 そういって部長からスマホの中の写真を見せてもらう。


 画面の中には、ピンクの浴衣を着てお点前する部長の姿が。


 おー 雰囲気出てる。

 深谷先輩も、南先輩、遠野先輩も浴衣姿だ。


 浴衣姿の先輩たちは、いつも以上にかわいく見える。

 というか見方を変えると、新宿歌舞伎町とかにありそうな、怪しくて変なお店の店内に見えなくもない。


 ……というか、すごい数のお客さん。

 ここの和室が、ほとんど人で埋まってる。


「これ、すごい人ですね」

「そうだね」


「こんな中、浴衣でお点前なんて、恥ずかしいし緊張しませんか?」

「そうかな? 楽しいよ」


 そういうものなのだろうか?

 僕はこんな数の人前で、お茶を点てる度胸はない。

 緊張するって、これ、絶対に。


「春山くんも、こんな感じでお点前するんだよ。楽しみだね」

「楽しいというか、緊張と不安しかないですよ」

「大丈夫! 春山くんも浴衣でのお点前、似合うと思うよ」


 ん? 


 ……浴衣での?


 …………お点前??


「…………え? 似合うって、なにがです?」

「浴衣が」


「誰の? 浴衣が?」

「春山くんの、浴衣を着た、姿」


「はあ!? 僕も浴衣、着るんですか!?」

「そうだよ」


「え? だって、僕、男ですよ!」

「知ってるよ」


「いやいやいや、なんで僕も?」


 聞いてないって、そんなこと!

 文化祭は浴衣着てお点前するなんて!

 浴衣着て人前出るだけでも恥ずかしいのに。

 しかもこんな人数の前で。


「あの……僕だけ、制服で……」


 と、言い終わるより早く、僕の肩が深谷先輩につかまれる。


 痛たたたっ! すごい力だ!


「あなた一人だけ抜け駆けは許さないわよ」


 あ――― 深谷先輩も嫌なんだな、浴衣着るの……きっと。


「テストが終わったら、みんなで生地を買いに行こうね」

「もう……買った方が早いでしょ、部長?」


「自分で好きな柄を選べるから。春山くんのも選んであげるね」

「はー そうですか」


 いやだなー 

 文化祭。

 本当に、いやだなー


「それで、生地買って、どうするんです?」

「学校の被服室、借りて作るよ。早ければ2日でできちゃうよ」


 被服室って、

 また……

 また、あそこに行くのかい。


 被服室と聞いて真っ先に、花堂先輩の姿が脳内を駆け巡った。


「浴衣作ったら、それ着て花火大会も行ったり、夏祭り行ったり……」

「部長、それもう、部活と関係ないじゃないですか」


「そうだ! 浴衣の生地、見に行くときに水着も見ようか?」

「は? 水着?」


 それもどこかの話で、出てきたような……


「合宿行ったら海にも行くから、水着用意しないとね」

「それも、茶道の稽古と関係ないじゃないですか?」


「春山くんも、ちゃんと用意してきてね、水着」

「いや、ちょっと待ってくださいよ」


 と、その時、またしても深谷先輩の手が、僕の肩に……


「ちょ、痛たたたー」

「あなた一人、逃がさないわよ」


 あ――― 深谷先輩も嫌なんだな、水着着るの……きっと。


「さあ、今日から忙しくなるね」


 と、張り切って両手をあげ、満面の笑みを浮かべる部長。


 なんかこれ、すごく充実してないか?

 この数カ月、やること多すぎないか?


 なんだか当初僕が描いていた高校生活とは、

 全く違う夏を、

 これからみんなで、

 迎えようとしていた。

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